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12章 春遠き、春近き
⑥
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「殿のご帰還でございます!」
小姓の声掛けに、成利は急ぎ出迎えに出る。
「お帰りなさいませ」
「うむ。上様より、正式に駿河、甲斐討伐への従軍を命じられた。わしは、副大将として朝行様を補佐する。目付も兼ねておる」
「それは誠に重要なお役目、殿に相応しゅうございます」
副大将、目付を兼ねた補佐役。久世の立場の重さが分かろうというもの。成利は率直に感服する思いになる。
そして、久世自ら松川の仇を取ってくれることに、深く安堵した。
実は、朝頼の当初の目論見では、久世は討伐軍には入っていなかった。朝行を総大将に、配下の若い者達。それが今回の討伐軍だった。無論、熟練の目付は付けるつもりでいたが、久世よりは、かなり軽輩の者だった。
つまり、久世ほどの大物が行く必要はない。それが朝頼の考えだった。それは、久世にも分かっていた。分かっていたから、押し切る策も考えていた。
実際、久世は押し切った。朝頼も久世の心情を思いやった。詳しいことは知らないが、久世が過去、松川に遺恨があるだろうとの認識はある。己の手で仇を取りたいのだろうなら、そうしてやっていいと考えた。
さらには、若い朝行が、久世から学ぶことも、益になるだろうとの親心もあった。今、最も勢いのある武将、久世に学ぶことは多い。それを、側で感じて欲しいとの思いだ。
「来月終わりには、出陣せねばならぬ。準備で慌ただしくなるが、そなたも頼んだぞ」
「勿論でございます。私に出来ることは、精一杯務めさせていただく所存でございます」
出陣が決まった久世には、一つ大いなる懸案事項があった。
無論、成利のことである。
成利が、夜半うなされたのを久世が宥めた。その後も二度あったが、年が明けてからは、落ち着いてはいた。
久世は、三郎を呼んだ。
「その後、仙の様子はどうじゃ? 落ち着いているのか?」
「はい、ありがたいことに、落ち着いております。年明けからは一度もありませんので」
「そうか、このまま落ち着いてくれれば良いがの」
それは、三郎も同じだった。ただし、三郎の懸念は、久世の出陣。成利の落ち着きは、久世に対する信頼の証。その久世の不在がどう影響するかは、正直分からない、それが三郎の心配だった。
「もし、わしがいない間に、うなされるようなことがあれば困るの……。世話役の老女を、交代で待機させろ。老女なら、宥められるのではないか」
いないよりはましだろうし、現状それしか方法はないと、三郎も思った。
「かしこまりました。そのように手配いたします」
「他にも何かあれば、すぐに早馬を飛ばせ! よいか、すぐにじゃ。何度も言っているが、仙のことで、わしに隠し立てや、遠慮はいらない。よいか!」
「ははっ! 承知いたしました!」
「三郎、よろしく頼むぞ」
最後に久世は静かに言った。その久世の言葉に、三郎は、胸が一杯になった。立場は大きく違えども、仙千代を思う気持ちの上では、三郎と久世は同志と言える。それを、深く感じられる言葉だった。
再会した時、佑三だった久世の余りの変貌ぶりに、三郎は驚いた、まさに驚愕したといっていい。しかし、立場は大きく変わったが、彼は間違いなく佑三だった。そのことに、三郎は大きく安堵し、そして深く感謝した。
三郎にとって、今の佑三は、頼れる主であった。
小姓の声掛けに、成利は急ぎ出迎えに出る。
「お帰りなさいませ」
「うむ。上様より、正式に駿河、甲斐討伐への従軍を命じられた。わしは、副大将として朝行様を補佐する。目付も兼ねておる」
「それは誠に重要なお役目、殿に相応しゅうございます」
副大将、目付を兼ねた補佐役。久世の立場の重さが分かろうというもの。成利は率直に感服する思いになる。
そして、久世自ら松川の仇を取ってくれることに、深く安堵した。
実は、朝頼の当初の目論見では、久世は討伐軍には入っていなかった。朝行を総大将に、配下の若い者達。それが今回の討伐軍だった。無論、熟練の目付は付けるつもりでいたが、久世よりは、かなり軽輩の者だった。
つまり、久世ほどの大物が行く必要はない。それが朝頼の考えだった。それは、久世にも分かっていた。分かっていたから、押し切る策も考えていた。
実際、久世は押し切った。朝頼も久世の心情を思いやった。詳しいことは知らないが、久世が過去、松川に遺恨があるだろうとの認識はある。己の手で仇を取りたいのだろうなら、そうしてやっていいと考えた。
さらには、若い朝行が、久世から学ぶことも、益になるだろうとの親心もあった。今、最も勢いのある武将、久世に学ぶことは多い。それを、側で感じて欲しいとの思いだ。
「来月終わりには、出陣せねばならぬ。準備で慌ただしくなるが、そなたも頼んだぞ」
「勿論でございます。私に出来ることは、精一杯務めさせていただく所存でございます」
出陣が決まった久世には、一つ大いなる懸案事項があった。
無論、成利のことである。
成利が、夜半うなされたのを久世が宥めた。その後も二度あったが、年が明けてからは、落ち着いてはいた。
久世は、三郎を呼んだ。
「その後、仙の様子はどうじゃ? 落ち着いているのか?」
「はい、ありがたいことに、落ち着いております。年明けからは一度もありませんので」
「そうか、このまま落ち着いてくれれば良いがの」
それは、三郎も同じだった。ただし、三郎の懸念は、久世の出陣。成利の落ち着きは、久世に対する信頼の証。その久世の不在がどう影響するかは、正直分からない、それが三郎の心配だった。
「もし、わしがいない間に、うなされるようなことがあれば困るの……。世話役の老女を、交代で待機させろ。老女なら、宥められるのではないか」
いないよりはましだろうし、現状それしか方法はないと、三郎も思った。
「かしこまりました。そのように手配いたします」
「他にも何かあれば、すぐに早馬を飛ばせ! よいか、すぐにじゃ。何度も言っているが、仙のことで、わしに隠し立てや、遠慮はいらない。よいか!」
「ははっ! 承知いたしました!」
「三郎、よろしく頼むぞ」
最後に久世は静かに言った。その久世の言葉に、三郎は、胸が一杯になった。立場は大きく違えども、仙千代を思う気持ちの上では、三郎と久世は同志と言える。それを、深く感じられる言葉だった。
再会した時、佑三だった久世の余りの変貌ぶりに、三郎は驚いた、まさに驚愕したといっていい。しかし、立場は大きく変わったが、彼は間違いなく佑三だった。そのことに、三郎は大きく安堵し、そして深く感謝した。
三郎にとって、今の佑三は、頼れる主であった。
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