上 下
61 / 88
9章 久世長澄

しおりを挟む
「殿! 上様はなんと」
「ああ、すぐに城に戻り、大高城へ出陣じゃ!」
 久世長澄の小姓、万田力丸は、主の言葉に我が耳を疑った。
「ええっ! 上様が大高城への出陣をお命じになられたのでございますか!」
「阿呆っ! そんなわけあるか! わしが願い出たのじゃ!」
 そうだろうな、そんなわけあるはずがない。なにせ、今は四国攻めの最中。いくら人使いが荒い上様とて、それは無いだろう。
 しかし、そもそもなぜここまで来たのか? それも解せぬと思いながらここまで来た。上様からの命令だと思って来たのだった。
 が、はあーっ! 殿が願い出た?! 何故だ! 嘘だろう! 益々分からなくなる。
「ええっ! 何故に殿が願い出られたのでございますか?」
「大事な城だからじゃ」
「ですから、なぜ大高城が大事な城なのでございますか?」
 疑問を繰り出す力丸に、長澄は焦れた。今ここでそれを説明している暇はない。ことは一刻を争うのだ。
「今は問答無用! 急がねばならぬ! 力丸急ぐぞ!」
 そう言いながら走り出す主長澄の後ろを、力丸も懸命に追いかける。疑問は尽きないが、長澄が問答無用と言うからには、今は、黙って従うよりほかなかった。

 力丸にとって、長澄は敬愛する主君だった。朝頼と松寿のような甘い関係ではなかったが、長澄は力丸を信頼し、力丸も献身的に仕えていた。
 実は、力丸も最初に不寝番を言いつかった時は、夜のお相手を覚悟した。それは、通常珍しいことではなかったからだ。
 主君の夜の相手を務める小姓は数多いる。むしろ名誉なことでもあった。
 まして、長澄には正室がいまだいない。何人か手を付けている女はいるようだが、正式な側室もいない。ならば、寵童がお相手を務めるは当然と考えた。
 力丸自身、そうなってもいいように準備をして赴いた。体の準備は勿論、心の準備もしていた。
 しかし、何もなかった。長澄は、何もせず一人で寝た。意外そうなそぶりの力丸に、そう言った務めは必要ないとはっきりと言ったのだ。
 結局、不寝番の文字通り、一晩中眠ることなく力丸は、主の眠る部屋の片隅に控えているだけだった。
 いささか拍子抜けしたが、ないならないでいいとも思う。甘い関係は無くても、主の信頼が己にあれば満足じゃと思っている。
 長澄は仕えやすい主君だった。気難しいところもなく、気が短いところもない。
 気さくに話しかける人柄は、慕われてもいた。力丸も、主として長澄を慕っていた。
 力丸の主の主である津田朝頼は、聞くところによると、中々に気難しく、気も短いという。
 気働きの無い小姓や、家臣が手打ちにあうという話も漏れ聞いている。
 それを思うと、我が主はありがたい。そう常日頃思っていた。
 そして、長澄のすることに、疑問を感じたこともなかった。率直に、力丸は、己の主長澄を尊敬していた。
 さすがに、身一つでここまで昇ってこられたお方と思っている。力丸には、ひいき目なく、津田の渦中で長澄が一番優れた武将と思っているのだ。
 そして力丸は、常に主のすることを理解できたし、だからこそ、先回りして考えることもできた。
 そういう、力丸を長澄も重用していた。多くを語らずとも理解する聡明さが長澄にはよかった。

 それが、今回はさっぱり分からない。力丸は、困惑していた。このようなこと、長澄に仕え始めて、過去にはない事だった。
 大高城が大事な城! 何故じゃ? 言ってはなんだが、小さい城だ。確かに国境にあるとはいえ、さして重要な城とも思えない。まして、あの場所は、朝行様の管轄。
 朝行様の管轄に手を出すことにならないか、との懸念もある。それはさすがに、おわかりになっているとは思うが。
 しかも、これほど逸る長澄も珍しい。何か、特別な理由でもおありになるのか……。そうとしか思えぬが、それが何かは、分からない。今は、従うのみだ。
 わけは分からぬでも、主に従って間違いはないという、強い信頼はあった。その強い信頼で、力丸は長澄の後を追った。

 久世長澄は、己の城に着くなり、先ずは朝行へ急使を送った。
 朝行の管轄へ軍を進めるのだ。それを察知される前に、断りを入れておかねばならない。勿論、大高城への救援の件も知らせねばならない。
 大高城へは、久世が行くと知らせる。
 慌ただしくもそれを命じると、すぐに大高城へ向けて出陣した。それを、部下たちが慌てて追いかける構図であった。

 久世長澄は、全力で大高城を助けるために走った。
 逸る気持ちごと愛馬に乗せて、大高城へ向かう。愛馬も、主の思いが分かるのか、滑るようにを走っていく。
『どうか、間に合ってくれ! 必ず、必ず我が助けに行く! 待っていてくれ!』
 祈るような思い。その言葉を、何度も呟きながら大高城へ急いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

勢いで寝てしまった親友との関係にけじめをつけます

noriko
BL
大助が引き当てた、高級ホテルのペアチケット旅。 ダブルベッドの上で、民人は親友である大助と、一線を超えてしまった。 ――でも、実はそれから、大助と民人の関係に、進展はなかった。 あの一件から大助への親友を超えた感情に気づいた民人は、ある決意をするが。 ※「親友と訪れた旅行先のホテルがダブルベッドの部屋でした」の続きですが、単体でもお楽しみいただけます。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

上の階のおにいちゃん

らーゆ
BL
マンションの上階に住むおにいちゃんにエッチなことをされたショタがあんあん♡言ってるだけ

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

工事会社OLの奮闘記

wan
BL
佐藤美咲は可愛らしい名前だが、男の子だった。 毎朝スカートスーツに身を包み、ハイヒールを履い て会社に向かう。彼女の職場は工事会社で、事務仕事を担当してい る。美咲は、バッチリメイクをしてデスクに座り、パソコンに向か って仕事を始める。 しかし、美咲の仕事はデスクワークだけではない。工具や材料の 在庫を調べるために、埃だらけで蒸し暑い倉庫に入らなければな らないのだ。倉庫に入ると、スーツが埃まみれになり、汗が滲んで くる。それでも、美咲は綺麗好き。笑顔を絶やさず、仕事に取り組 む。

オークなんかにメス墜ちさせられるわけがない!

空倉改称
BL
 異世界転生した少年、茂宮ミノル。彼は目覚めてみると、オークの腕の中にいた。そして群れのリーダーだったオークに、無理やりながらに性行為へと発展する。  しかしやはりと言うべきか、ミノルがオークに敵うはずがなく。ミノルはメス墜ちしてしまった。そしてオークの中でも名器という噂が広まり、なんやかんやでミノルは彼らの中でも立場が上になっていく。  そしてある日、リーダーのオークがミノルに結婚を申し入れた。しかしそれをキッカケに、オークの中でミノルの奪い合いが始まってしまい……。 (のんびりペースで更新してます、すみません(汗))

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...