上 下
49 / 88
7章 大高城主

しおりを挟む
 三郎にとっても、言われるまでもないことだった。羽島の動きに強い疑念を抱いていた。今のところ、謀反までは、さすがに考えてはいないようだった。しかし、それはあくまで『今のところは』であった。
 野心に溢れた人間が、主家に叛意を露わにすることは、この乱世の次代、珍しいことではない。壮年の家臣が、若い主君に対して思うが儘ふるまうこともよくある事だった。
 筆頭家老の柴田をはじめ、高階家の重臣には、際立った個性の者はいない。上品で淡泊、裏を返せば押しに弱く流されやすい。羽島のような人間が台頭する土壌があると言えた。
 羽島の好きにはさせない。殿は、己が守る! 
 命を掛けてでも守る存在が、三郎にとって主君成利だった。常に苦楽を共にしてきた主だった。主が身を震わせ忍び泣く姿も見てきた。成利の涙を知っているのは、今この城に自分しかいない。
 つまり、自分以上に成利を知っている者はいないということだ。
 三郎にとっては、成利の喜びは己の喜び。悲しみは、それ以上に己の悲しみだった。
 他の家臣にはない、強い思いが三郎にはあった。そして、強い絆もあると自負している。
 羽島やその追従たちが、成利のことを、女を抱けないなど、男じゃないと揶揄しているのも知っている。そこまでは無くても、女を近づけない成利に対しての中傷は様々あるのも知っていた。
 その全てに対して、時に三郎は身体を張って、成利を守ってきた。成利を守られるのは自分だけだ。

 かっては、もう一人いた。ある意味、自分以上に成利を守り切れる人がいた。
 しかし、今その人はいなかった。その喪失は、深くそして大きい。
 三郎も、佑三の訪れを待っていた。待ちわびていた。別れた時は、まさかここまで現れないとは、思いもしなかった。だから、あんなにもあっさりと別れてしまった。もう少し、強く引き止めるか、せめて行き先を聞いておくべきだったと、自分の迂闊さを強く後悔した。
 一年が過ぎた頃から、ひょっとしてどこかで命を落としたのか? と思うようになった。何せこの戦乱の世だ。人が、命を落とすきっかけは、山ほどある。
 三郎は、成利と違い、佑三は命を落とした可能性が強いと思っている。なぜなら、あれほど強く成利を思っていた佑三が、来ないのはそれしか考えられないとの思いだ。
 生きているなら、必ず来るはずだと思いからだ。
 松川での三年、側で見ていて、佑三の成利への思いは本物だった。それを否定することはできない。真摯で、滅私的な愛だった。
 自分も、成利を命かけても守る気概はある。だが、その自分から見ても、佑三の成利への思いはそれ以上のものに思えた。
 故に、佑三がいれば安心できた。佑さんがいれば大丈夫だと。
 三郎にとっても、佑三の喪失は大きく深い。この十二年忘れたことはなかった。
 しかし、成利には佑三のことを話題にすることはできなかった。
 おそらく、いや確実に自分以上に、佑三を待ち焦がれる成利に対して、佑三の話は出来なかった。
 口には出さないが、成利の佑三への思いも強い。自分にさえ肌を見せるのを厭うのに、佑三には全く平気だったことからも分かる。
 幼い時から側にいる己以上の、信頼感を成利は佑三に対して持っていた。
 全てを、体ごと預けても大丈夫だと思える信頼感だ。
 それは、最初嫉妬を感じるほどであった。しかし、それはいつしか己も佑三を頼ることで、消えていった。
『佑さんどこにいるのじゃ。早う来て、殿を守ってくださらんか。そなたがいないから、わし一人でお守りしているが……助けて下さらんか』
 三郎は、心の中で姿の見えぬ佑三に語りかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...