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9章 絶望の先の光

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「お帰りなさいませ」
 小走りで玄関まで出迎えた星夜を、彰吾は抱きしめて軽く口付ける。
「ただいま、いい子にしていたか。昼にな、ベッドを買いに行った。今度の土曜に届くからな、あと少しの我慢だな」
 星夜としては、今のベッドもセミダブルだから、そこまで狭いとは思わない。むしろ、抱きしめられて寝るから、十分だとも思っている。
「どうした?」
「そこまで、狭いとは」
「まあ、寝る時はな。だけど抱く時は、落ちるかと思うと集中できないだろ」
「えっ! そ、そんなに暴れたりは……してないけど……」
「暴れはしないが、心ゆくまで乱れさせたいんだよ。俺がな」
 彰吾が、にやっとして言うので、星夜の顔はたちまち赤くなる。
「もっ、もうーっ知らない!」
「はははっ、なんだ照れるなよ」
 笑い声をあげる彰吾に、星夜は益々ふくれるが、彰吾にはそんな星夜が、益々可愛いと思うのだった。

 いつものように、二人で夕食の支度に取り掛かっていると、成瀬が訪ねてきた。
 以前会った時は、成瀬が弁護士とは知らなかった。ちゃんとした挨拶もしていない。星夜は、改めて成瀬に挨拶と礼を述べる。
「先日は弁護士の先生とは知らず失礼をしました。今日も、わざわざご足労いただきありがとうございます。そして、改めまして先日はご尽力頂いたそうで、ありがとうございました」
「そんな、丁寧にいいんですよ。俺も仕事で、ちゃんと報酬も貰っているから」
 その後、成瀬から、確認と今後の説明を受ける。成瀬は、彰吾から『秋好香』の件は聞いていたので、星夜に対しては、若干の確認だけで済んだ。なるべく、過去には触れさせたくないという、彰吾の意向からだ。星夜を、傷つけたくないという思いやりの気持ちだった。
「こちらが、改名の申立書になります。許可がおりるように、かなり盛っているので、中身は気にしないでください。これの許可が下りれば、後はさくっと進みます」
「大体どれ位の期間がかかる?」
 彰吾が、横から尋ねる。そこが重要だ。
「家裁に提出して、本籍地への変更届の受理、戸籍の変更まで、大体一ヶ月だな」
「そう そしてか、じゃあ一ヶ月後には入籍できそうだな」
「ああ、そうだな」
「よろしく頼むよ」
「ああ、任せろ。それにしても星夜くん、前に会った時より、随分なんというか、明るくなったね。色つやいいとうか、健康そうだ。さすが医者が付いているだけはあるな」
 いや、本当は色気がやばいと、成瀬は思うのだ。さすがにそれは、本人の前で指摘できない。後で、彰吾には指摘して、からかってやろう。この色気は、あいつが抱いたからだ。そうとしか思えない、この駄々洩れる色気。この子、男だよな。鬼畜な連中が執着するのも、分からんことはないなと思うのだった。
「そうだろ。外科医と言えど、医者だからな。健康には気遣っている」
 成瀬の真の思いを知らない彰吾は満足そうに答える。後日、成瀬の真の思いを聞いて、同時にからかわれて、「馬鹿野郎!」と言うことになる。
 同時に星夜を囲って、隠しておきたくなるが、それは、してはいかんだろうと、己を戒める。

 『秋好香』には全く自由がなかった。大学の学部の選択も、趣味で絵を描く自由もなく、それどころか出歩く自由もなかった。正に籠の鳥状態。
 だからこそ、星夜には自由を与えてやりたい。世間慣れしていない星夜に、危ういところがあるのも事実だ。そして、あの色気。全く男に興味のない成瀬が感じるのだから相当なものだ。
 神林の連中が、執着し、がんじがらめに囲い込んだ気持ちも分からんことはない。だからと言って、囲い込むのは違う。まして、罰だの躾だの、まるでSM、拷問だ。
 自分は、あの連中とは違う。決して同じ轍は踏まない。
 星夜が自由に生きられるよう見守ってやるのが、自分の役目であり、愛情だ。そうだ、そこが違う。連中には、秋好香に対する愛情はなかった。ただ、体に執着していただけ。人形と同じ扱いなのだ。
 己には、愛がある。星夜を愛していると、これは誓って言える。特別信じている神仏はいないけど、なんでもいい、どこの神仏でもいい。誓って言える。俺は、星夜を愛している。
 俺のこれからの生涯をかけて、愛し、守ってやる。
 
 髪を切りに行った後、海に連れて行ったら喜んだな。改めて、ああした経験は皆無だったんだと知った。
 籍を入れたら、例え神林に知れても、もう邪魔される恐れは皆無だ。
 かえって、連中に幸せな星夜を見せてやりたいくらいだ。
 心置きなく、色々な場所へ連れて行ってやろう。星夜が、喜び、いつも笑っていられるように、それが己の幸せでもある。
 人の幸せで、幸せを感じる、それが人を愛するということなんだな。ふふっ、この年になって初めて知るとは……でも、良かったと思う。一時は、一生愛に無縁で生きるのかと思った。
「星夜、俺も人を愛する気持ち初めて知ったよ。お前が俺の初恋だ」
 彰吾はひとりごちた。
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