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8章 絶望

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 古城は、成川菊之助との逢瀬から、香を連れ帰ったことを、宗家へ報告する。
「菊之助さんも相当な執着じゃな」 
「はい、相当焦れておられましたから、菊之助さんとしては漸くの逢瀬だったかと」
「田中会長や棚瀬社長もだな」
「はい、皆さん焦れておられます」
 大口出資者三人共に、香に夢中なのは確か。それがあるからかなりの額の援助を受けてきた。それだからこそ、深い懸念が宗家にはあった。
「来春、香が秋好へ戻れば、皆うちから離れる恐れがあるとは思わんか」
 それこそ古城が思っていることだ。三人共に香の色、香を抱くことを代償に大金を出しているのだ。
「はい、皆さん秋好へ流れると思われます」
 問題はそれだけではない。公演のチケットの売り上げにも影響が出るだろう。色が目的ではなくとも、純粋に香の才能に魅了された出資者も多い。それらは小口であっても、合わせれば相当な額になる。
 香が秋好に戻ることで、神林はそれらを失うのだ。悲しいことに東月には、色は論外でも、その才能で出資者を募ることはできない。
 今となっては詮無きことではあるが、昭月には忸怩たる思いがある。古城洋一、昭月が愛した女弟子に産ませた庶子。才能のある女だった。その母の血を引いたのか、古城の才能もかなりのもので、秋月より上かもしれない。
 どちらを自分の跡目にするか、昭月は悩んだが庶子である古城を跡目にするなら波紋を呼ぶ。秋月が明らかに劣っているならともかく、そうではなかったからだ。
 己の跡を継ぐ秋月には不足はない。問題はその後、東月なのだ。今となっては、古城を若宗家にすべきだったか……いや違う。若宗家は秋月でも、古城にも子供がいれば、その子に才能があったかもしれない。
 今更ながら、この年まで独身なのが悔やまれる。無理にでも、結婚させるべきだった。いずれにせよそれを今悔やんでも仕方ない。

 香が欲しい……昭月は心底そう思う。あの美貌と才能が何故大樹である神林ではなく、枝の秋好に生まれたのか……羨む思いはどうしようもない。
 このまま成すがままに時が過ぎれば、秋好流は隆盛の波に乗り、神林流は衰退し、その立場が入れ替わる恐れも無きにしも非ず。
「洋一、何か策はないか?」
「一つだけあります。しかし、若宗家がどう思われるか……」
「あるのか! 秋月のことはひとまずよい。策があるなら聞かせなさい」
「香さんを次の若宗家にするのです。涼子さんと結婚させ養子に迎え入れ、名前も香に月で香月かげつとするのです」
 昭月は驚きに目を見張る。なるほど、その手があったと正直思うのだった。
「そうか……確かにな。秋好の方はどうする?」
「香さんが神林の宗家になるのですから、吸収すればよろしいかと。桜也さんが健在のうちはそのままでもよろしいかと思いますが」
「うむ、そうだな……」
 昭月はそのまま、しばし考え込んだ。
 神林流は、日舞五大流派の中で所属員こそ多くはないが、歴史は一番古い。江戸時代から続き、その歴史は三百年に及ぶ。その伝統ある神林流をつぶすわけにはいかない。
 神林流十三代目の宗家昭月は、冷徹な決断を下す。そこには人としての温情は無い。
「秋月を呼びなさい」
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