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7章 囚われの小鳥

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 車の中で待機していた古城の車で田中の別邸を後にする。身も心も疲れる。香はシートに体を沈めて目を閉じる。
 舞台で踊る己は華やかだが、神林の人間には玩具にされ、こうして身を売られるのは、娼婦と同じことだ。𠮷原の花魁と何が違う……。
 家のため、苦界へ沈められた娼婦に自らをなぞらえる。祖父や父は、世阿弥とて権力者に身を任せて、能楽の隆盛を築いたと言うが、足利義満には世阿弥への愛があった。
 わたしは誰に愛されている……己の情欲の履け口にしている者ばかりじゃないか! 香は、溢れそうになる涙を堪えた。
 十二歳で神林に来た時、あの最初の晩香は、決して泣かないと己に誓った。その誓いは今もある。

 大学の最終学年に進学した年の六月のことだった。
「香さん、秋好から急ぎ連絡がありました。秋好の宗家が倒れられたと!」
「おじい様が!」
「救急車で病院へ運ばれたそうです。わたしが送りますから、急ぎましょう」
 古城の車で、祖父が運ばれた病院へ急ぐ。車の中で香の動機は収まらない。無事だろうか……三月の春の公演の時『あと一年だな、頑張りなさい』と声を掛けてもらった。それ以来会ってはいない。神林へ来てからの香は、両親や祖父と会うのもままらない身の上だった。

 古城と共に駆けつけた香を、若宗家である父が迎えた。その表情は青ざめている。
「おっ、お父様っ、おじい様は?」
 父は顔を横に振り、香を藤之助の眠るベットへ導く。藤之助は永遠の眠りについていた。
「おっ、おじいさまーっ」
 香は返事をしない祖父にしがみついて泣いた。
 香を神林へ供することを決断した祖父。秋好流を守るために非常な決断をした祖父。それでも、香には優しい祖父だった。
 祖父の決断の裏には、多くの苦悩があったと、それは香にも分かっていた。だから、香も耐えて忍んでいる。全ては秋好流のためと。

 その後、父から祖父の最後の状況を聞かされた。救急車で病院へ運ばれた時は既にこと切れていたと。おそらく倒れた時、ほぼ即死だったろうとのことだ。
「宗家は苦しまずに逝った、それを幸いに思うしかない」
 父の言葉に、香も泣きながら頷いた。死に目に会えなかったのは無念だが、そう思うより仕方ない。最後に会った時の祖父の優しい顔を思い出しながら香は思うのだった。


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