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4章 星夜の過去

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 だが、では誰がそれだけの人物に性加害を? それが可能だった人物など僅かなはずだ。
「それだよな。これだけの華々しい経歴ながら死のうとした。そこが最大の疑問ではある。」
 この秋好香にとって、神林流の次期若宗家の座を捨ててまで逃れたかったのは、何故か……。むしろ、次期若宗家の座こそ、死を選んだ原因か……。
「加害者は身近な人間だ。ひょっとしたら親兄弟か? とも思っていたが、秋好の方は、父親は亡くなっている。兄弟もいない。そうなれば、この神林の宗家が怪しいと思うな」
 それでこそ、死を選ぶ理由になる。神林からがんじがらめに縛られていたのか? あの組紐で縛められていたように。
「お前もか、俺もそう思う。引退を表明している前宗家。この現宗家。後、宗家の息子もだ。全員怪しい。その中の一人、あるいは複数、最悪全員かもしれない」
「おそらくな。それでいて、娘と婚約させる。星夜が死のうとするはずだ。まだ確定したわけじゃないが」
 そうであれば、最悪だ。地獄とも言える。死を選ぶのは当然とも言える。死ぬことでしか、逃れる術は無かったのか?
 余りに哀れだ。華やかな世界で、スポットライトを浴びる存在、その陰で、性的に長年蹂躙されてきたのか。どれくらい、それを耐えてきたのだろう。
 今すぐにでも、星夜を抱きしめてやりたい。お前には俺がいる。俺がお前を守ってやる。そうして安心させてやりたかった。
 そして思うのは、この判明している限りの、星夜の自殺未遂までの時系列。それを見ながら、彰吾は考える。
 直近の父親の死も大きかったのかもしれない。秋好香の父、桜也の死は単に急死とある。どういう死に方だったのだろう……そこにも疑問を感じるのだった。

「それで、どうするんだ。問題は今後だろ」
「ああ、直接星夜にこれを付きつける。正攻法でいく。策を講じても仕方ないと思うからな」
 彰吾らしいと成瀬は思う。同時に、それが最善とも思う。直接に向き合う、それが最善だろう。
「それでお前に質問だが、名前は変えられるか」
「改名か?」
「そうだ。星夜の本名は、秋好香だろう。それを正式に柏木星夜にしたいんだ。柏木姓は養子縁組すればいいだろうが、問題は星夜だ。それが可能か知りたい」
「養子縁組って、お前それは……」
「まだ同性結婚は認められていないからな。だからだ」
「そこまで本気なのか」
「当たり前だ。じゃなきゃお前にわざわざ依頼しない」

 星夜に対する気持ちが段々と大きくなっているのは、日々自覚している。単に同情などではない。
 地獄のような籠から必死に逃れてきた。瀕死の小鳥のようだった。それを保護し、少しずつ生気を取り戻させた。
 本当の名前も知らない。しかし、自分で『星夜』と名付けた。自分にとって、星夜は間違いなく星夜だ。
 息を吹き返した星夜は、少しずつ、ほんの少しずつだが、自分に慣れてきた。それが嬉しく、そして愛らしい。愛らしい、可愛いと思う気持ちは日々大きくなる。
 まだ、甘えるのは遠慮があるようだ。しかし、いずれは小鳥が親鳥を慕うように自分を頼って欲しい。彰吾はそう思っている。全身で受け止めて、そして守ってやりたいと思っている。
 星夜を、愛して守ってやれるのは自分しかいないとも思っている。
 いまだ、一度も肌を合わせたことはないのに、これだけ思うなど、自分でも意外だ。これはピュアな恋と、間違いなく言える。
 三十過ぎた男が、ピュアな恋かと、彰吾は自嘲気味に思う。いや、むしろこれは大人の恋なのだ。大人だからこそ、欲望を理性で抑えられる。
 無論、気持ちが通じ合えば、星夜の心も身体、全てを自分のものにしたい。それが真の男というものだ。決して枯れているから、手を出さないわけではない。むしろ、欲望は日々高まっている。すぐにでも抱きたい。星夜の全てを自分のものにしたい。それを必死に抑えているのだった。
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