上 下
15 / 55
3章 鳥はどこから来たのか

しおりを挟む
 彰吾と星夜の同居生活は、淡々と過ぎていく。奇妙と言えば奇妙な同居生活。何しろ彰吾は、星夜の本当の名前も、どこから来たかも未だ知らないのだから。
 彰吾には、星夜は鳥籠から逃げ出した鳥のように思われた。囚われの籠から逃げた鳥。あの組紐がその証拠だろうと思っている。おそらく、いや確実に星夜は、自分のことを明かせば籠へ連れ戻される、それを恐れているのだろう。
 星夜を籠に閉じ込め、組紐で縛めていた人物は、かなりの人物かもしれない。そして、あの組紐はかなりの執着の現われでもある。おそらく先方も必死に星夜の行方を捜しているだろう。下手に動けば危ういことになるだろう。慎重に動かねばと彰吾は思う。
 今のところ彰吾は、星夜の存在は誰にも話していない。星夜の事情が分からないうちは、極秘にしなければいけないと思っているからだ。しかし、一人だけ打ち明けて、そして助力を頼もうと考える人がいる。
 中学生以来の友人、親友とも言える存在の成瀬朝之。中学高校と一緒に学び、大学も学部は違ったが同じ大学。彰吾が家業とも言うべき医師になったように、成瀬も父親と同じ弁護士になった。
 成瀬の父親の弁護士事務所が柏木総合病院の顧問弁護士を請け負っている関係で、成瀬も顧問弁護士の一人でもある。つまり親子二代にわたって、柏木総合病院との関係は深いと言えた。
 成瀬だったら、弁護士として守秘義務もあるから、安心して星夜のことを話せる。そして法律面でもアドバイスを求められるのも心強い。
 早速彰吾は成瀬に連絡を入れると、翌日近くまで来るからと、ランチを一緒にとることになった。

「ランチにしてはまた大げさな店にしたな」
 店は彰吾が予約した。人に聞かれるのは避けたいと、個室のある店を予約したのだ。
「ああ、極秘の話だからな」
「極秘ってなんだよ、さすがに構えるな」
「実は今、ある青年と一緒に暮らしているんだが、その青年に関してお前の助力が欲しいんだ」
「青年って、彼氏か?」
「いや、それはまだというか……」
「なんだよ、煮え切らないな。お前らしくないだろ」
 彰吾は、星夜との出会いの経緯を成瀬に説明する。そう、だから個室にしたのだった。
「確かに、複雑と言うか、普通じゃないな。で、惚れてるのか? 凄い美形なんだろ」
「ああ、そうだ、惚れてるんだろうな。ただ、美形だからだけじゃない。まあ、最初それに惹かれたのは確かだが」
「お前が美形って言うんなら、相当な美形なんだろ。というか、話はそこじゃないな。要するにその青年の身元が知りたい、そういうことだろ」
「そうだ。ただ下手に動くとやばい気がする。あいつは、連れ戻されることを恐れている。だから頑なに名前を明かさない。あいつの側にいた男は普通じゃない。しかも、金も力もある、そう思うんだ」
「そうだろうな、貞操帯なんて普通じゃないぞ。相当な執着だ」
 彰吾は組紐の件も正直に明かした。相手側の異常が分かるエピソードだからだ。
「その青年、育ちがいいというか、上流階級の感じと言ったな」
「そうだ、何しろ母親のことを咄嗟にお母さまと言ったからな」
「そりゃ相当だ。病院長の御曹司のお前だってそんな呼び方したことないだろう」
「無いよ。熱でもあるのかと思われる」
「確かにな」
「まだある。一人称がわたしだ。俺はもちろん僕とも言わない。そして、車に乗る時、普通に後ろへ乗ろうとした。多分車は、運転手付きだったのだろう」
「益々上流階級だな。相当なお坊ちゃま育ちだぞ」
「成瀬、この件お前に、弁護士としてのお前に正式に依頼したい。だからすべて話したんだ。受けてくれるか?」
「ああ、そうだな。難しい案件ではあるが、とりあえず着手はするよ。弁護士には守秘義務がある。だからこの件は誰にも明かさない。そこは安心しろ」
 成瀬なら受けてくれると思った。そして守秘義務がなくとも、誰彼に話す人間ではない。そこは長年の付き合いで信用している。お互い言いたいことを言い合うが、それもまた親友たる所以でもある。
「一度その彼に合わせてくれるか? 直接会って、どう探るか考えたい」
 それは彰吾にも理解できた。そして成瀬の眼から見て気付くこともあるかもしれない。しかし、その場をどうセッティングするか……。
「俺がいきなり押しかけるってのはどうだ? 急に来たのは仕方がないから家に入れるって感じで」
 そうだな、それだったら星夜も事前に身構えることなく、受け入れざる負えない。それが最善かも……。
「そうだな、それがいいな。そうしよう」
 と言うわけで、次の休日の午後成瀬が家に来ることが決まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】狼獣人が俺を離してくれません。

福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。 俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。 今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。 …どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった… 訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者 NLカプ含む脇カプもあります。 人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。 このお話の獣人は人に近い方の獣人です。 全体的にフワッとしています。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

【完結】魔法薬師の恋の行方

つくも茄子
BL
魔法薬研究所で働くノアは、ある日、恋人の父親である侯爵に呼び出された。何故か若い美人の女性も同席していた。「彼女は息子の子供を妊娠している。息子とは別れてくれ」という寝耳に水の展開に驚く。というより、何故そんな重要な話を親と浮気相手にされるのか?胎ました本人は何処だ?!この事にノアの家族も職場の同僚も大激怒。数日後に現れた恋人のライアンは「あの女とは結婚しない」と言うではないか。どうせ、男の自分には彼と家族になどなれない。ネガティブ思考に陥ったノアが自分の殻に閉じこもっている間に世間を巻き込んだ泥沼のスキャンダルが展開されていく。

断罪ざまあ展開により俺と嫌々結婚するはずの王子のうきうきわくわくが全く隠し切れていない件について

あさ田ぱん
BL
 フランクール王国の第一王子のルシアンは夜会の席で婚約者アナスタシアを断罪し婚約破棄を宣言するが、浮気や金の使い込みを暴かれ逆に断罪され廃嫡のうえ、地方への追放が決定する。  ルシアンに長年思いを寄せていた、優秀な金庫番の男、ジルベールは国王陛下より、使い込みをしたルシアンと結婚してルシアンを見張るよう命令を受ける。  ルシアンは異性愛者だからと男同士の結婚に抵抗し、この結婚を『罰』だというのだが、何故かとっても楽しそうに夫夫生活の決め事を立案してくる。 断罪ざまあされた美形の王子様攻め×真面目で優秀な金庫番だけどちょっと鈍感受け ※異世界ですが魔法はありません ※R18は後半※でお知らせします

【R18/短編】僕はただの公爵令息様の取り巻きAなので!

ナイトウ
BL
傾向: ふんわり弟フェチお坊ちゃま攻め、鈍感弟受け、溺愛、義兄弟、身分差、乳首責め、前立腺責め、結腸責め、騎乗位

処理中です...