転生…籠から逃げた小鳥の初恋

梅川 ノン

文字の大きさ
上 下
1 / 55
1章 美しい青年の秘密

しおりを挟む
「何をするっ!」
 まさに今、人生の全てを終わらせるために飛び降りようとした青年は、力強い手に掴まれた。
「離してくれっ!」
「そう言うわけにはいかん!」
「離してくれってっ! あなたには関係ないことだ!」
 飛び降りたい青年と、それを止める男。二人は激しくもみ合った。
 もみ合ううちに青年は、興奮状態のまま意識を失った。
 
 最初に見かけた時、その美しさに引き付けられた。女かっ⁈ とも思ったが腕を掴んだ時男と分かった。
 なぜ死のうとした? このままにしておくわけにはいかない。
 男は、意識を失った青年を自宅へ連れ帰った。

 見知らぬベッドで意識を取り戻した。ここはどこ? わたしは……。
「気が付いたか?」
「……あ、あなたは?」
「俺は柏木彰吾。昨夜のことは覚えているか? 君は昨夜飛び降りようとして俺ともみ合ううちに意識を失った。興奮からくるトランス状態だろうね。あと、貧血も影響しているかな」
 そうだ、昨日死のうとしてこの人に止められたんだ。忌々しい気持ちになる。ここがどこかは知らないが、とにかく外へ出なくては。体を起こしベッドから出ようとした。
「どこへ行く?」
「ここから出て行きます」
「一人で帰すわけにはいかない」
「どうしてっ⁈」
「自殺しようとした人間を一人にできない。君はここを出たらまた死のうとするだろう」
 それは図星だった。そもそも自分の命は昨夜終わっていたはずなのだ。今からすぐにも終わらせなければいけない。
「あなたには関係ないことだ。わたしはあなたを知らないし、あなたもわたしを知らない。とにかくわたしの邪魔をしないで欲しい」
「自殺の邪魔か、大いにするね。あいにく俺は医者だからな。人の命を救うのが仕事なんだよ。医者として自殺する人間を許すことはできない。俺が大丈夫だと判断するまではここにいてもらう。君、名前は?」
「……」
 そのまま美しい青年は、固く口を閉ざした。彰吾には名前を知られたくないのだろうと察せられた。

 夜目にも美しい黒髪に引き付けられた。すぐに様子がおかしいことに気付く。医者の勘かもしれない。後をつける。屋上へきた時に確信する。飛び降りるつもりだ。よじ登ろうとするのを腕を掴んで止めた。
 その後意識を失った青年を、自分のマンションへ連れ帰った。
 ベッドへ寝かせるのに、楽になるだろうと服を脱がせた。かなり弱った体の印象なので、医者として診察する思いもあった。その時下着の上からも明らかな秘密に息を吞む。いったいこれは何だっ!
 下着を下ろして確かめた。青年のそれは、組紐で縛められていた。一人で縛ることも、解くことも、できなくはないが難しいだろう。第一こんなものは拷問にも等しい。自分でやる人間はいない。つまり、誰か他人の仕業ということだ。おそらく貞操帯的な意味もあるのだろうとは思う。
 彰吾は後孔も確かめた。間違いない、男に抱かれている。バイセクシャルで男を抱いた経験のある彰吾には分かる。最近初めて襲われたわけではなく、もう長く経験しているだろうとも思われた。
 自殺を図った理由はこれか? この青年を抱き、このような事を施す男から逃れるために? 何か身元が分かるものはないかと、探ったが何も持っていない。携帯も、財布はおろか小銭も持っていない。いったいどこから来たのか? お金を持っていないのだから、そう遠くではないだろう。
 彰吾は、この見知らぬ青年に憐憫の情が湧き、庇護欲が掻き立てられた。何か檻のような鳥籠から必死に逃げてきた傷付いた小鳥を思わせる。
 守ってやりたいと思う。既にこの時彰吾は、この美しい青年に魅かれ初めていた。
 目覚める様子はない、よほど疲れているのだろう。貧血も見られるし、かなり細い。彰吾は、組紐を解いてやると、僅かに反応する。戒めを解かれて無意識にも安心したのだろう。このまま静かに眠るがいいと、布団を掛けてやった。

「黙秘権か……まあいい。君は、落ち着くまでここで生活しろ。とりあえず飯にしよう」
 ベッドから出たが下着姿だ。昨日来ていた服は? と思っていると「ああ、服がいるな。とりあえずこれを着ろ」とガウンを渡されたので着る。
 彰吾に促されダイニングへ行き、席に着く。少し待っているとスープとサンドイッチを出された。
 食欲は全くなかったが、せめてスープぐらいは飲めと言われ、一口飲んだら美味しかった。すーっと体に染み渡る。昨日から何も食べていないことを思いだした。顔を上げたら、にこっと微笑まれた。悪い人ではなさそうだ。そのままスープを飲みほした。
「ごちそうさまでした」

 彰吾は、青年の礼儀正しいのに感心する。育ちの良さを感じる。それと、あの秘密が結びつかない。いや、だからこそ死のうとしたのか……。
 多分、いや確実にこの青年は名前を言えば逃げてきた男へと連れ戻されることを恐れているのだろう。すぐには無理だが、徐々に心を開かせて、打ち明けてもらいたい。そうすれば助けてやれる方策も見つかるだろう。場合によっては弁護士をしている友人にも助力を頼もうと思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔術師の妻は夫に会えない

山河 枝
ファンタジー
 稀代の天才魔術師ウィルブローズに見初められ、求婚された孤児のニニ。こんな機会はもうないと、二つ返事で承諾した。  式を済ませ、住み慣れた孤児院から彼の屋敷へと移ったものの、夫はまったく姿を見せない。  大切にされていることを感じながらも、会えないことを訝しむニニは、一風変わった使用人たちから夫の行方を聞き出そうとする。 ★シリアス:コミカル=2:8

目立たないでと言われても

みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」 ****** 山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって…… 25話で本編完結+番外編4話

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

忘れられない君の香

秋月真鳥
BL
 バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。  両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。  母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。  アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。  最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。  政略結婚から始まるオメガバース。  受けがでかくてごついです! ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...