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11章 花が咲く前に
⑤
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「いただきます。先ずは尚希の作った筑前煮からだな」
雪哉が筑前煮を口に入れる。雪哉の尚希に対する呼び方は、尚希君から尚希に変わっている。自分の時もそうだったと、蒼は気付いていた。それもあっての先程の会話だったのだ。
「おっ! 美味い! 良く出来ているぞ!」
「そうだな、雪哉の味に似ているじゃないか」
「母さんの味を僕が引き継いで、それを尚希君にも伝えたから、父さんにそう言ってもらうと僕も嬉しい」
「尚希君才能あるよ。短期間で上達したから」
「蒼先生と結惟さんの教え方が上手だから。そのおかげです」
「嫁二人が上出来で、うちは恵まれているなぁ……ねえ、高久さん」
「ああ、二人共良く出来た嫁だ。北畠家の嫁が出来の良いのは、雪哉からの伝統だな」
子供たちは可愛い。孫は特に可愛い。だが、それも全ては伴侶の雪哉のおかげ。高久は常々そう思っている。年を重ねても、雪哉に対する愛情は変わらない。むしろ、年々その絆は深まっているのだった。
「おじい様とおばあ様のおかげでお父様とお母様がいる。お父様とお母様のおかげで僕がいる。全てはおじい様とおばあ様のおかげなんだと思うよ」
「春久の言う通りだ。全ては父さんと母さんのおかげ。父さんと母さんは北畠家の基で、中心だよ」
彰久の言葉に皆深く頷いた。誰もが北畠家の一員であることを誇り、そして幸せに思っているのだ。
尚希も明日、正式に北畠家の一員になる。嬉しいし、幸せいっぱいだが、同時に身の引き締まる思いにもなるのだった。
「明日からは、尚久と尚希の二人がいなくなるのか……淋しくなるな」
食後、蒼の淹れたお茶を飲みながら雪哉がしみじみと言う。
「平日は二人も忙しいだろうが、週末は遊びに来なさい」
「ええ、そうしますよ」
「はい、まだまだ蒼先生や結惟さんに教わりたいことがいっぱいなんで、僕も来たいです」
「尚希は向上心があるな。だから上達も早いのだろう」
実は、雪哉は尚希に対して見直す気持ちでいた。
尚希のことは優しく大人しい子だが消極的な子だと思っていた。積極的に料理を習っている姿に意外な思いを持ったのだった。それが、尚久への愛情所以のためと思うと、俄然可愛く思えた。雪哉にとって尚久は可愛い息子。それは間違いないこと。
雪哉は母として、おおらかな気持ちで尚希を見守ってきた。蒼に対する思いとはまた違った思いではあった。
尚久と尚希の独身最後の夕餉は和やかな雰囲気のままお開きになった。
彰久と蒼、春久の親子三人が離れへ去っていくと、尚希も、最早自分の部屋と化した客室へと引き上げた。ここで過ごすのも今晩が最後。
そう思うと感慨深いものがある。
尚久を好きだった。好きと言うよりも、憧れに近い思いだった。
その尚久も自分のことを好きだと――。最初は半信半疑だった。
未だに、どうして尚久が自分を好いてくれるのか分からない。自分のどこに魅力があるのかも分からない。
けれど、尚久の気持ちは疑っていない。愛されている自覚も漸く持てるようになった。
思えば、結婚相手の実家で、独身最後の夜を過ごす。普通じゃないよね――そう思いながら、その普通じゃない自分の身の上に、幸せを感じるのだった。
尚さん、大好きだ――ずっと側にいたい。いさせてね。
尚希は、尚久への思いを胸に、心安らかな気持ちで眠りについた。
雪哉が筑前煮を口に入れる。雪哉の尚希に対する呼び方は、尚希君から尚希に変わっている。自分の時もそうだったと、蒼は気付いていた。それもあっての先程の会話だったのだ。
「おっ! 美味い! 良く出来ているぞ!」
「そうだな、雪哉の味に似ているじゃないか」
「母さんの味を僕が引き継いで、それを尚希君にも伝えたから、父さんにそう言ってもらうと僕も嬉しい」
「尚希君才能あるよ。短期間で上達したから」
「蒼先生と結惟さんの教え方が上手だから。そのおかげです」
「嫁二人が上出来で、うちは恵まれているなぁ……ねえ、高久さん」
「ああ、二人共良く出来た嫁だ。北畠家の嫁が出来の良いのは、雪哉からの伝統だな」
子供たちは可愛い。孫は特に可愛い。だが、それも全ては伴侶の雪哉のおかげ。高久は常々そう思っている。年を重ねても、雪哉に対する愛情は変わらない。むしろ、年々その絆は深まっているのだった。
「おじい様とおばあ様のおかげでお父様とお母様がいる。お父様とお母様のおかげで僕がいる。全てはおじい様とおばあ様のおかげなんだと思うよ」
「春久の言う通りだ。全ては父さんと母さんのおかげ。父さんと母さんは北畠家の基で、中心だよ」
彰久の言葉に皆深く頷いた。誰もが北畠家の一員であることを誇り、そして幸せに思っているのだ。
尚希も明日、正式に北畠家の一員になる。嬉しいし、幸せいっぱいだが、同時に身の引き締まる思いにもなるのだった。
「明日からは、尚久と尚希の二人がいなくなるのか……淋しくなるな」
食後、蒼の淹れたお茶を飲みながら雪哉がしみじみと言う。
「平日は二人も忙しいだろうが、週末は遊びに来なさい」
「ええ、そうしますよ」
「はい、まだまだ蒼先生や結惟さんに教わりたいことがいっぱいなんで、僕も来たいです」
「尚希は向上心があるな。だから上達も早いのだろう」
実は、雪哉は尚希に対して見直す気持ちでいた。
尚希のことは優しく大人しい子だが消極的な子だと思っていた。積極的に料理を習っている姿に意外な思いを持ったのだった。それが、尚久への愛情所以のためと思うと、俄然可愛く思えた。雪哉にとって尚久は可愛い息子。それは間違いないこと。
雪哉は母として、おおらかな気持ちで尚希を見守ってきた。蒼に対する思いとはまた違った思いではあった。
尚久と尚希の独身最後の夕餉は和やかな雰囲気のままお開きになった。
彰久と蒼、春久の親子三人が離れへ去っていくと、尚希も、最早自分の部屋と化した客室へと引き上げた。ここで過ごすのも今晩が最後。
そう思うと感慨深いものがある。
尚久を好きだった。好きと言うよりも、憧れに近い思いだった。
その尚久も自分のことを好きだと――。最初は半信半疑だった。
未だに、どうして尚久が自分を好いてくれるのか分からない。自分のどこに魅力があるのかも分からない。
けれど、尚久の気持ちは疑っていない。愛されている自覚も漸く持てるようになった。
思えば、結婚相手の実家で、独身最後の夜を過ごす。普通じゃないよね――そう思いながら、その普通じゃない自分の身の上に、幸せを感じるのだった。
尚さん、大好きだ――ずっと側にいたい。いさせてね。
尚希は、尚久への思いを胸に、心安らかな気持ちで眠りについた。
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