秋風の色

梅川 ノン

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11章 花が咲く前に

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 マンションのリフォーム工事が終わり、二人の新居が完成した。
 新しく選んだ家具の搬入も終わり、二人の荷物もそれぞれ運び込んだ。
「全て終わったな。これで後は式を済ませれば二人の新居だ」
「ここで尚さんと一緒に住む……なんだか夢のようだよ」
「ふふ、お前は……もう来週のことだぞ。あっという間のことだ」
 そうなのだ。来週の日曜日は結婚式。それまでは、尚希は引き続いて北畠家の客室に住む。なんだか、尚希にとっても実家のような雰囲気になっている。しかも、バージンロードは高久のエスコート。どちらが、北畠家の息子か分からない感じだ。
 尚希は母が亡くなって、今に至るまでを振り返り、心から北畠家の人達に感謝をする。寂しさは胸にあるが、こうして幸せな結婚式を待ち望むことが出来るのは、皆のおかげだからだ。
 無論、尚久の支えが一番大きかったが、それだけではないと理解していた。
「尚さん、本当にありがとう。そして、皆さんにも感謝の気持ちを伝えたいけど、僕、どうやって伝えたらいいのか分からない。社会人になったのに情けないね」
「お前の気持ちは分かっているよ。お前が口下手で、中々言葉に出せないってことも、皆分かっている。だから心配いらない。そうだな、新婚旅行でそれぞれに相応しいものをお土産に選ぼう。喜んでくれそうなものをな」
 尚希は大きく頷いた。やはり尚久は、尚希に大いなる安心感を与えてくれる。大好きだ――尚久が側にいてくれたらそれで良い。否、尚久がいなければ自分は生きていけない。
 ずっと側にいたい。
「尚さん、ずっと側にいて」
「当たり前だ。ずっと側にいる。私はお前を離さない」
 尚久は尚希を抱きしめる。そして頭をなで、顔を上向かせ口付ける。尚希の甘い口腔内を味わうように舌で愛撫していくと、尚希の足の力が抜けるのが分かる。感じているのだ。
 最初の時は鼻で息をすることも知らなかったが、キスは尚希も少しは慣れてきた。それでも尚久にされるがまま。そこが、尚久には可愛いと思うころでもある。

「結婚式、いよいよ明日だね」
 蒼がキッチンで尚希に声を掛ける。
 今日から尚久と尚希は九日間の結婚休暇。明日結婚式で、明後日からは新婚旅行だ。
 今日は朝から新居になるマンションへ行き、明日の式の後、直ぐ住めるように最後の準備を整えてきた。
 その後北畠家へ戻り、尚希は、蒼と結惟と三人でキッチンにいる。夕食の支度のためだ。
「はい、蒼先生や結惟さんたちのおかげです。ほんとにありがとうございます」
「尚希君が頑張ったからだよ。そしてね、僕の事、先生は卒業してくれると嬉しいな」
「あっ……」
「中々照れくさいのは分かるけどね。僕もそうだったから。父さん母さんって言うの勇気がいったから。僕とあき君のことは名前でも兄さんでもいいよ。そして父さん母さんって……ね」
 蒼がにっこり微笑みながら言う。
 そうだよね。義理の両親と兄になる人に先生呼びはおかしいな。
「あ、明日からでいいですか?」
「うん、勿論良いよ」と、ウインクされた。
 これはハードルが上がった。必ず、明日から変えないと――尚希は少しばかり悲壮に決意した。
 
「ほーっ、これは中々美味そうじゃないか。三人の合作か?」
 雪哉が感嘆の声を上げる。
「そうですよ、筑前煮は尚希君の力作ですよ」
「凄く良く出来てるじゃないか! これだけできれば上等だ」
 雪哉に褒めらえて、尚希は頬をほんのりと染める。
 母が多忙だったため、食事は一人でするのが日常だった。しかし、まともな料理を作ることはなかった。つまり、出来合いを買ってくるか、インスタントで簡単に済ますことがほとんどだったのだ。
 尚希は家庭の味を、北畠家の食卓で知ったのだった。出されるもの全てが美味しかったのだ。
 尚久との結婚が決まり、マンションで二人で住むと決まった時、尚希は食事のことを思った。二人で暮らすのなら、食事は自分が作らないといけない。尚久にちゃんとした食事を作るのは自分の義務だと。
 それは、蒼や雪哉を見ていて容易に理解できる。二人のように、美味しい食事を夫に作りたい。そして将来は子供にも――そう思うのだ。
 尚希は蒼に相談した。相談された蒼は、喜んで力になると言ってくれた。以来、食事の支度には必ず尚希も一緒に参加して、蒼や結惟から手ほどきを受けてきた。
 その甲斐あって最初のうちはおぼつかない手つきだったが、少しずつ上達してきたのだ。中でも難しい煮物に今日は挑戦し、何とか出来上がった。
 後は、味――それが一番肝心なこと。
 尚希は、独身最後の夕餉をドキドキしながら向かえるのだった。
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