秋風の色

梅川 ノン

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10章 愛する人の支え

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 ここに両親が眠る。ほとんど記憶にない父。そして母――。
 母には生きていて欲しかった。
 無論、父にも生きていて欲しかった。父親に一度は甘えてみたかった。けれど、記憶にない父、その父に甘える自分は想像できない。
 しかし、母は違う。もっと生きて、そして穏やかに笑っていて欲しかった、母の優しい笑顔は想像できる。
 父亡き後、女手一つで自分を育ててくれた。言うに言えない苦労もあっただろう。夫を亡くして、その悲しみを封印して、自分を守ってくれたんだと今は理解できる。
 笑顔が無かったのは、自分に愛情が無かったわけではない。ただ、心のゆとりが無かっただけなのだろう。
 だからこそ、安心させて、そして親孝行したかった。漸く母を理解できて束の間、余りに別れが突然で、早すぎた。
 これからは、沢山笑って欲しい。いつも笑顔でいて欲しい。そう思っていたのに――。
 尚希は、墓前で手を合わせながら涙を溢れさせた。
 帰らぬ母への思慕――。

 身を震わせて泣く尚希を、尚久は抱きしめる。
 泣いていい。私の胸で、いつでも泣いていい。受け止めてやる。お前は一人じゃない。
 尚希の背を優しく撫でてやる。尚希が落ち着くように、安心できるように――。

「ごめん……泣いちゃって……」
「いいんだよ泣いて。私の胸はお前のものだから、いつでも泣きたい時は泣くといい」
 泣きぬれた顔で詫びる尚希に、尚久は優しく微笑みながら言う。尚希の涙を指で拭い、額に軽く口付ける。
 尚久の胸は広くて温かい。そして優しい口付け。それで漸く尚希も落ち着き、自分から離れる。

「ご両親に伝えたいこと、全て伝えられたか?」
「うん、ちゃんと報告できた。大丈夫だよ」
「そうか、じゃあ帰るか」
「尚さんも報告終わったの?」
「ああ、お前との結婚を許してくださいと伝えた。許してくださっていると感じたよ。だから、尚希のことは私が生涯守るから、安心してくださいと伝えた」
「なっ、尚さん!」
 尚久の報告は、それだったのか! 尚希は衝撃をうけ、そして自分の迂闊さを悔いる。
 そうなのだ。尚久はそういう人なのだ。こんな自分を愛して、その大きな愛でくるんでくれる。こんなにも器の大きい人。
 嬉しくて、感激して、尚希はまた涙を溢れさす。
「またお前は……」
 呆れたように言いながらも、尚久はそんな尚希の涙を拭い、優しく撫でてくれる。優しくて、温かい、僕が大好きな人。
 この人がいてくれたら、自分は大丈夫。どんな悲しみも乗り越えられると、心からそう思う。
 母を亡くし、天涯孤独にはなった。頼りになる親戚は誰もいないけれど、尚久がいれば大丈夫。否、尚久がいなければだめだ。尚久さえいてくれたら生きていける。
 ずっと一緒にいたい。一生そばにいたい。
 ベータでもいい。アルファの尚久がそう言ってくれた。正直今でも、オメガのようにフェロモンがあるわけでもない、ベータの自分に、なぜ尚久が惹かれるのか分からない。
 それが、以前は怖かった。いつか、強烈なフェロモンで尚久を誘うオメガが現れるようで――。
 でも、もう今はそれは思わないことにした。いるか、いないかもわからない運命の存在に怯えるのは不毛だ。尚希も、それを漸く悟っていた。それが、尚希の成長の証ではあった。
 尚久の愛で成長した証ともいえた。
『母さん、そして父さん、僕は大丈夫だよ。尚さんと結婚します。そして幸せになります。どうか天国で見守っていてね』
 尚希は心の中で、天国の両親へ語りかけるのだった。

 卒業が決まった学生は、卒業式までの期間、最後の学生生活を謳歌する。多くの学生は、卒業旅行を楽しむ。社会人になれば、中々ままならぬと、海外旅行を長く楽しむ学生も多い。
 しかし、尚希は楽しむ時間も余裕も無いと思っていた。旅行するなど、考えも及ばない。そんな、暇も、心の余裕も全くない。
 さすがに、就職してまでも、ここ北畠家でお世話になるのは気が引ける。北畠家の人達の優しさに甘えるのは良くない。いくら、尚久の婚約者と認められた立場と言えど、マンションに戻るのが筋だろうと思うのだ。
 いずれ、尚久と結婚したら、住まいはどうなるのかな? それは分からない。もしかしたら、ここで同居かもしれない。それはいい。むしろ嬉しい。それにしても、一度は戻らないと、尚希はそう思うのだった。
 この休暇はいい機会だ。マンションを含めて、諸々きちんとせねばと思っているのだ。先ずは、尚久に相談せねば、そう思っていた。


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