69 / 78
10章 愛する人の支え
⑥
しおりを挟む
ここに両親が眠る。ほとんど記憶にない父。そして母――。
母には生きていて欲しかった。
無論、父にも生きていて欲しかった。父親に一度は甘えてみたかった。けれど、記憶にない父、その父に甘える自分は想像できない。
しかし、母は違う。もっと生きて、そして穏やかに笑っていて欲しかった、母の優しい笑顔は想像できる。
父亡き後、女手一つで自分を育ててくれた。言うに言えない苦労もあっただろう。夫を亡くして、その悲しみを封印して、自分を守ってくれたんだと今は理解できる。
笑顔が無かったのは、自分に愛情が無かったわけではない。ただ、心のゆとりが無かっただけなのだろう。
だからこそ、安心させて、そして親孝行したかった。漸く母を理解できて束の間、余りに別れが突然で、早すぎた。
これからは、沢山笑って欲しい。いつも笑顔でいて欲しい。そう思っていたのに――。
尚希は、墓前で手を合わせながら涙を溢れさせた。
帰らぬ母への思慕――。
身を震わせて泣く尚希を、尚久は抱きしめる。
泣いていい。私の胸で、いつでも泣いていい。受け止めてやる。お前は一人じゃない。
尚希の背を優しく撫でてやる。尚希が落ち着くように、安心できるように――。
「ごめん……泣いちゃって……」
「いいんだよ泣いて。私の胸はお前のものだから、いつでも泣きたい時は泣くといい」
泣きぬれた顔で詫びる尚希に、尚久は優しく微笑みながら言う。尚希の涙を指で拭い、額に軽く口付ける。
尚久の胸は広くて温かい。そして優しい口付け。それで漸く尚希も落ち着き、自分から離れる。
「ご両親に伝えたいこと、全て伝えられたか?」
「うん、ちゃんと報告できた。大丈夫だよ」
「そうか、じゃあ帰るか」
「尚さんも報告終わったの?」
「ああ、お前との結婚を許してくださいと伝えた。許してくださっていると感じたよ。だから、尚希のことは私が生涯守るから、安心してくださいと伝えた」
「なっ、尚さん!」
尚久の報告は、それだったのか! 尚希は衝撃をうけ、そして自分の迂闊さを悔いる。
そうなのだ。尚久はそういう人なのだ。こんな自分を愛して、その大きな愛でくるんでくれる。こんなにも器の大きい人。
嬉しくて、感激して、尚希はまた涙を溢れさす。
「またお前は……」
呆れたように言いながらも、尚久はそんな尚希の涙を拭い、優しく撫でてくれる。優しくて、温かい、僕が大好きな人。
この人がいてくれたら、自分は大丈夫。どんな悲しみも乗り越えられると、心からそう思う。
母を亡くし、天涯孤独にはなった。頼りになる親戚は誰もいないけれど、尚久がいれば大丈夫。否、尚久がいなければだめだ。尚久さえいてくれたら生きていける。
ずっと一緒にいたい。一生そばにいたい。
ベータでもいい。アルファの尚久がそう言ってくれた。正直今でも、オメガのようにフェロモンがあるわけでもない、ベータの自分に、なぜ尚久が惹かれるのか分からない。
それが、以前は怖かった。いつか、強烈なフェロモンで尚久を誘うオメガが現れるようで――。
でも、もう今はそれは思わないことにした。いるか、いないかもわからない運命の存在に怯えるのは不毛だ。尚希も、それを漸く悟っていた。それが、尚希の成長の証ではあった。
尚久の愛で成長した証ともいえた。
『母さん、そして父さん、僕は大丈夫だよ。尚さんと結婚します。そして幸せになります。どうか天国で見守っていてね』
尚希は心の中で、天国の両親へ語りかけるのだった。
卒業が決まった学生は、卒業式までの期間、最後の学生生活を謳歌する。多くの学生は、卒業旅行を楽しむ。社会人になれば、中々ままならぬと、海外旅行を長く楽しむ学生も多い。
しかし、尚希は楽しむ時間も余裕も無いと思っていた。旅行するなど、考えも及ばない。そんな、暇も、心の余裕も全くない。
さすがに、就職してまでも、ここ北畠家でお世話になるのは気が引ける。北畠家の人達の優しさに甘えるのは良くない。いくら、尚久の婚約者と認められた立場と言えど、マンションに戻るのが筋だろうと思うのだ。
いずれ、尚久と結婚したら、住まいはどうなるのかな? それは分からない。もしかしたら、ここで同居かもしれない。それはいい。むしろ嬉しい。それにしても、一度は戻らないと、尚希はそう思うのだった。
この休暇はいい機会だ。マンションを含めて、諸々きちんとせねばと思っているのだ。先ずは、尚久に相談せねば、そう思っていた。
母には生きていて欲しかった。
無論、父にも生きていて欲しかった。父親に一度は甘えてみたかった。けれど、記憶にない父、その父に甘える自分は想像できない。
しかし、母は違う。もっと生きて、そして穏やかに笑っていて欲しかった、母の優しい笑顔は想像できる。
父亡き後、女手一つで自分を育ててくれた。言うに言えない苦労もあっただろう。夫を亡くして、その悲しみを封印して、自分を守ってくれたんだと今は理解できる。
笑顔が無かったのは、自分に愛情が無かったわけではない。ただ、心のゆとりが無かっただけなのだろう。
だからこそ、安心させて、そして親孝行したかった。漸く母を理解できて束の間、余りに別れが突然で、早すぎた。
これからは、沢山笑って欲しい。いつも笑顔でいて欲しい。そう思っていたのに――。
尚希は、墓前で手を合わせながら涙を溢れさせた。
帰らぬ母への思慕――。
身を震わせて泣く尚希を、尚久は抱きしめる。
泣いていい。私の胸で、いつでも泣いていい。受け止めてやる。お前は一人じゃない。
尚希の背を優しく撫でてやる。尚希が落ち着くように、安心できるように――。
「ごめん……泣いちゃって……」
「いいんだよ泣いて。私の胸はお前のものだから、いつでも泣きたい時は泣くといい」
泣きぬれた顔で詫びる尚希に、尚久は優しく微笑みながら言う。尚希の涙を指で拭い、額に軽く口付ける。
尚久の胸は広くて温かい。そして優しい口付け。それで漸く尚希も落ち着き、自分から離れる。
「ご両親に伝えたいこと、全て伝えられたか?」
「うん、ちゃんと報告できた。大丈夫だよ」
「そうか、じゃあ帰るか」
「尚さんも報告終わったの?」
「ああ、お前との結婚を許してくださいと伝えた。許してくださっていると感じたよ。だから、尚希のことは私が生涯守るから、安心してくださいと伝えた」
「なっ、尚さん!」
尚久の報告は、それだったのか! 尚希は衝撃をうけ、そして自分の迂闊さを悔いる。
そうなのだ。尚久はそういう人なのだ。こんな自分を愛して、その大きな愛でくるんでくれる。こんなにも器の大きい人。
嬉しくて、感激して、尚希はまた涙を溢れさす。
「またお前は……」
呆れたように言いながらも、尚久はそんな尚希の涙を拭い、優しく撫でてくれる。優しくて、温かい、僕が大好きな人。
この人がいてくれたら、自分は大丈夫。どんな悲しみも乗り越えられると、心からそう思う。
母を亡くし、天涯孤独にはなった。頼りになる親戚は誰もいないけれど、尚久がいれば大丈夫。否、尚久がいなければだめだ。尚久さえいてくれたら生きていける。
ずっと一緒にいたい。一生そばにいたい。
ベータでもいい。アルファの尚久がそう言ってくれた。正直今でも、オメガのようにフェロモンがあるわけでもない、ベータの自分に、なぜ尚久が惹かれるのか分からない。
それが、以前は怖かった。いつか、強烈なフェロモンで尚久を誘うオメガが現れるようで――。
でも、もう今はそれは思わないことにした。いるか、いないかもわからない運命の存在に怯えるのは不毛だ。尚希も、それを漸く悟っていた。それが、尚希の成長の証ではあった。
尚久の愛で成長した証ともいえた。
『母さん、そして父さん、僕は大丈夫だよ。尚さんと結婚します。そして幸せになります。どうか天国で見守っていてね』
尚希は心の中で、天国の両親へ語りかけるのだった。
卒業が決まった学生は、卒業式までの期間、最後の学生生活を謳歌する。多くの学生は、卒業旅行を楽しむ。社会人になれば、中々ままならぬと、海外旅行を長く楽しむ学生も多い。
しかし、尚希は楽しむ時間も余裕も無いと思っていた。旅行するなど、考えも及ばない。そんな、暇も、心の余裕も全くない。
さすがに、就職してまでも、ここ北畠家でお世話になるのは気が引ける。北畠家の人達の優しさに甘えるのは良くない。いくら、尚久の婚約者と認められた立場と言えど、マンションに戻るのが筋だろうと思うのだ。
いずれ、尚久と結婚したら、住まいはどうなるのかな? それは分からない。もしかしたら、ここで同居かもしれない。それはいい。むしろ嬉しい。それにしても、一度は戻らないと、尚希はそう思うのだった。
この休暇はいい機会だ。マンションを含めて、諸々きちんとせねばと思っているのだ。先ずは、尚久に相談せねば、そう思っていた。
14
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる