61 / 78
9章 母との別れ
⑤
しおりを挟む
「尚希もう寝るのか?」
「蒼先生が用意してくれて、なんか先生が昔泊まった部屋だって。そんな部屋に僕が泊まっても……」
「いいから、用意してくれたんだよ」
「そうだよ、尚希君が使ってくれるのなら、僕も嬉しいよ。ねえ、母さん」
同意を求められて雪哉も大きく頷く。
「あっ、でも兄さんはどうかな。あお君が泊まる時は、必ず潜り込んでたから」
えっ! 潜り込むって! いっ、一緒に寝てたの。
「ははっ、そうだったね。その頃はまだ小さくて可愛いかったなあ」
「彰久は蒼に、懐いてたからなあ。それこそ片時も離れずにな。まあ、今はさすがにここで二人一緒に寝るのは無理だろう」
「かっ、母さん」
雪哉がからかうように言うと、蒼は頬を染める。それを見て尚久は微笑ましく思うのだ。
昔は違った。蒼が、彰久のことで顔を染めると、心がつきりと痛んだ。兄への思いを見せつけられるようだからだ。それが、今は微笑ましく思うのは、尚希の存在のため。
今、自分が愛しているのは尚希だから。それは断言できる。
一週間ぶりの病院。
皆、尚久の不在の理由は知っていたし、彰久が滞りなく手配していたため、何の問題なく復帰出来た。
しかし、表面は穏やかになっていたが、かなりのさざ波が起きていた。無論尚久は知る由もないが――。
一週間前、尚久の一週間の休暇が知らされた。理由は、婚約者の母の訃報。これに、さざ波のように、驚きが広まった。実際はさざ波と言うより、大波だったかもしれない。
尚久に婚約者がいた事実に、皆驚愕したのだ。その時まで、誰一人知る者はいなかったのだ。
尚久の帰国以来、常に尚久の相手に関する噂は絶えなかった。しかし、どれも決め手は無かった。そもそも相手がいるのか、いないのか、それも分からない。それが病院中の女子の認識だった。
彰久の時は、帰国早々の結婚で期待は急速に萎んだ。しかし、相手が蒼ということで、皆納得し、そして祝福した。
尚久の場合、既に帰国後数年経過している。それが、未だ何もわからなかったのだ。全く、神秘のベールを被っていたのだ。
そこへ、この事実。お相手の母親の不幸と言うことで、騒いではいけないという理性は、皆ある。
だが、興味は大いにある。一体、尚久の心を捉えた人はどんな人? オメガ? アルファ? 女? 男? なのか。
「蒼先生が用意してくれて、なんか先生が昔泊まった部屋だって。そんな部屋に僕が泊まっても……」
「いいから、用意してくれたんだよ」
「そうだよ、尚希君が使ってくれるのなら、僕も嬉しいよ。ねえ、母さん」
同意を求められて雪哉も大きく頷く。
「あっ、でも兄さんはどうかな。あお君が泊まる時は、必ず潜り込んでたから」
えっ! 潜り込むって! いっ、一緒に寝てたの。
「ははっ、そうだったね。その頃はまだ小さくて可愛いかったなあ」
「彰久は蒼に、懐いてたからなあ。それこそ片時も離れずにな。まあ、今はさすがにここで二人一緒に寝るのは無理だろう」
「かっ、母さん」
雪哉がからかうように言うと、蒼は頬を染める。それを見て尚久は微笑ましく思うのだ。
昔は違った。蒼が、彰久のことで顔を染めると、心がつきりと痛んだ。兄への思いを見せつけられるようだからだ。それが、今は微笑ましく思うのは、尚希の存在のため。
今、自分が愛しているのは尚希だから。それは断言できる。
一週間ぶりの病院。
皆、尚久の不在の理由は知っていたし、彰久が滞りなく手配していたため、何の問題なく復帰出来た。
しかし、表面は穏やかになっていたが、かなりのさざ波が起きていた。無論尚久は知る由もないが――。
一週間前、尚久の一週間の休暇が知らされた。理由は、婚約者の母の訃報。これに、さざ波のように、驚きが広まった。実際はさざ波と言うより、大波だったかもしれない。
尚久に婚約者がいた事実に、皆驚愕したのだ。その時まで、誰一人知る者はいなかったのだ。
尚久の帰国以来、常に尚久の相手に関する噂は絶えなかった。しかし、どれも決め手は無かった。そもそも相手がいるのか、いないのか、それも分からない。それが病院中の女子の認識だった。
彰久の時は、帰国早々の結婚で期待は急速に萎んだ。しかし、相手が蒼ということで、皆納得し、そして祝福した。
尚久の場合、既に帰国後数年経過している。それが、未だ何もわからなかったのだ。全く、神秘のベールを被っていたのだ。
そこへ、この事実。お相手の母親の不幸と言うことで、騒いではいけないという理性は、皆ある。
だが、興味は大いにある。一体、尚久の心を捉えた人はどんな人? オメガ? アルファ? 女? 男? なのか。
26
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
キスより甘いスパイス
凪玖海くみ
BL
料理教室を営む28歳の独身男性・天宮遥は、穏やかで平凡な日々を過ごしていた。
ある日、大学生の篠原奏多が新しい生徒として教室にやってくる。
彼は遥の高校時代の同級生の弟で、ある程度面識はあるとはいえ、前触れもなく早々に――。
「先生、俺と結婚してください!」
と大胆な告白をする。
奏多の真っ直ぐで無邪気なアプローチに次第に遥は心を揺さぶられて……?


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる