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8章 運命への恐れ
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実は、この件は蒼へ話す前に、蒼以外の四人で話し合っていた。
高久と雪哉には、蒼の固辞は織り込み済みであった。息子二人の賛同を経て、言わば外堀を埋めて蒼に話をしたかったのだ。
両親の提案に、二人の兄弟は全く異論が無かった。むしろ、その決断をした両親を、誇らしいと思ったのだ。さすがは、我が両親との思いだ。
彰久は夫として当然と言えたが、尚久も、もろ手を挙げて賛成したのだった。
「あお君……」
尚久は、泣いている蒼にドキッとした。蒼の涙を見たのは初めてかもしれない。少なからず動揺する。
「なおも、院長の件は賛成だろ。あお君を、励ましてやってくれないか」
「うん、そうだよ。僕も次の院長はあお君が最適だと思う。受けてくれないかな」
「なっ……なお君」
「蒼、決断してくれないか。二人も賛成している。当然、院長のお前を支える覚悟だ」
雪哉の言葉に、蒼は泣きぬれた顔で頷いた。自分も覚悟しなければならない。それがこの人を、母を、追って来た自分の務め、そう思った。
蒼の了承に四人は、ひとまず安堵する。本人の承諾無くして、この話は進まない。
話は、その他の体制に移った。
「理事長ですが、当面父さんのままでと思うのですが」
彰久が切り出した。現在は、院長の高久が、理事長を兼務している。
しかし、最初から蒼が兼務するのは、荷が重いと彰久は懸念する。
理事長は名誉職の色合いが強いが、高久がそれに留まれば、蒼の後見にもなる。蒼が院長として自立できるまで、表では、自分が支えるが、裏では高久に支えて欲しいとの思いだ。
「そうだな、私も院長就任した最初の三年は、父が理事長だった。今回もそれがいいだろう」
「そうですね。高久さん、六十七歳だから、三年後の古希を目処に理事長はそのままがいいでしょう。裏から蒼を助けてやれるし」
蒼には申し分ない話だ。高久が理事長のままいてくれれば、心強いことこの上ない。
「父さん、よろしくお願いいたします」
蒼が頭を下げるのを、高久は優しく、そして力強く頷いた。
「副院長は、彰久お前だな。私たちは陰から蒼を支えてやろうと思うが、表でしっかり支えるのはお前の役目だ」
「はい、僕もそのつもりでいます、全力であお君の院長を支える覚悟でいます」
「僕も脳外科のトップとして、あお君の力になれるよう頑張るよ」
「あき君、なお君ありがとう。二人にそう言ってもらえると心強いよ」
「決まったな! 来年四月新年度から北畠総合病院は新体制だ。ほんとに良かったよ、嬉しいな。よしっ! 今日の夕食は、私が作ろう。最近はすっかり蒼と結惟に任せっきりだったからな」
「か、母さん……」
「今晩は蒼が決断してくれたお祝いだから、蒼の食べたい物を作るぞ。何が食べたい?」
蒼は、雪哉の、母の言葉が嬉しくて、再び涙がこみ上げてくる。母が久しぶりに料理を作ってくれる。それも自分のために。食べたいもの――蒼にはそれしか浮かばない。
「ハンバーグを、母さんのハンバーグが食べたい」
「あお君!」
彰久が蒼を抱きしめる。彰久にとって一番の思い出。それを蒼が言ってくれたのが嬉しいのだ。
「あき君、僕にとってもハンバーグは、一番の思い出だから。あの日食べた母さんのハンバーグは忘れられない」
あの後も何度も食べさせてもらった。今はその味を、自分と結惟が引き継いでいる。しかし、雪哉が作ってくれるなら、それはまた格別だろう。
「そうか、では久々に腕を振るうか。気合が入るな」
雪哉にも、蒼のリクエストは嬉しい事だった。彰久がハンバーグに思入れがあるのは周知の事実だが、蒼もそうだったのだ――それが、素直に嬉しい。
高久と雪哉には、蒼の固辞は織り込み済みであった。息子二人の賛同を経て、言わば外堀を埋めて蒼に話をしたかったのだ。
両親の提案に、二人の兄弟は全く異論が無かった。むしろ、その決断をした両親を、誇らしいと思ったのだ。さすがは、我が両親との思いだ。
彰久は夫として当然と言えたが、尚久も、もろ手を挙げて賛成したのだった。
「あお君……」
尚久は、泣いている蒼にドキッとした。蒼の涙を見たのは初めてかもしれない。少なからず動揺する。
「なおも、院長の件は賛成だろ。あお君を、励ましてやってくれないか」
「うん、そうだよ。僕も次の院長はあお君が最適だと思う。受けてくれないかな」
「なっ……なお君」
「蒼、決断してくれないか。二人も賛成している。当然、院長のお前を支える覚悟だ」
雪哉の言葉に、蒼は泣きぬれた顔で頷いた。自分も覚悟しなければならない。それがこの人を、母を、追って来た自分の務め、そう思った。
蒼の了承に四人は、ひとまず安堵する。本人の承諾無くして、この話は進まない。
話は、その他の体制に移った。
「理事長ですが、当面父さんのままでと思うのですが」
彰久が切り出した。現在は、院長の高久が、理事長を兼務している。
しかし、最初から蒼が兼務するのは、荷が重いと彰久は懸念する。
理事長は名誉職の色合いが強いが、高久がそれに留まれば、蒼の後見にもなる。蒼が院長として自立できるまで、表では、自分が支えるが、裏では高久に支えて欲しいとの思いだ。
「そうだな、私も院長就任した最初の三年は、父が理事長だった。今回もそれがいいだろう」
「そうですね。高久さん、六十七歳だから、三年後の古希を目処に理事長はそのままがいいでしょう。裏から蒼を助けてやれるし」
蒼には申し分ない話だ。高久が理事長のままいてくれれば、心強いことこの上ない。
「父さん、よろしくお願いいたします」
蒼が頭を下げるのを、高久は優しく、そして力強く頷いた。
「副院長は、彰久お前だな。私たちは陰から蒼を支えてやろうと思うが、表でしっかり支えるのはお前の役目だ」
「はい、僕もそのつもりでいます、全力であお君の院長を支える覚悟でいます」
「僕も脳外科のトップとして、あお君の力になれるよう頑張るよ」
「あき君、なお君ありがとう。二人にそう言ってもらえると心強いよ」
「決まったな! 来年四月新年度から北畠総合病院は新体制だ。ほんとに良かったよ、嬉しいな。よしっ! 今日の夕食は、私が作ろう。最近はすっかり蒼と結惟に任せっきりだったからな」
「か、母さん……」
「今晩は蒼が決断してくれたお祝いだから、蒼の食べたい物を作るぞ。何が食べたい?」
蒼は、雪哉の、母の言葉が嬉しくて、再び涙がこみ上げてくる。母が久しぶりに料理を作ってくれる。それも自分のために。食べたいもの――蒼にはそれしか浮かばない。
「ハンバーグを、母さんのハンバーグが食べたい」
「あお君!」
彰久が蒼を抱きしめる。彰久にとって一番の思い出。それを蒼が言ってくれたのが嬉しいのだ。
「あき君、僕にとってもハンバーグは、一番の思い出だから。あの日食べた母さんのハンバーグは忘れられない」
あの後も何度も食べさせてもらった。今はその味を、自分と結惟が引き継いでいる。しかし、雪哉が作ってくれるなら、それはまた格別だろう。
「そうか、では久々に腕を振るうか。気合が入るな」
雪哉にも、蒼のリクエストは嬉しい事だった。彰久がハンバーグに思入れがあるのは周知の事実だが、蒼もそうだったのだ――それが、素直に嬉しい。
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