秋風の色

梅川 ノン

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7章 初めての恋心

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 尚久には、尚希の混乱が手に取るようにして分かる。そうだ、デートなんかこれっぽっちも思ってなかっただろうと思う。それが、尚希だ。
 これはいい機会だ。自分のことを認識させよう。

「一回きりならまだしも、こうして時々二人で会ってるんだから、デートだし付き合ってると、私は思ってる。つまり、私はお前の、尚希の彼氏だろ。違うのか」
 先生が、僕の彼氏!? 益々尚希は混乱する。
「告白してないから、混乱してるのか? 分かってると思ってたから、口には出してないけど、はっきり言わないといけなかったな」
 尚久は、尚希に体を向けて、その両の手で、尚希の顔を包む。
「好きだよ」
 静かだが、はっきりとした告白。
 尚希を見つめる尚久の顔は、微笑みを浮かべてとても優しい。
 尚希は、体が蕩けそうになり、胸も熱くなる。ドキドキして言葉が出ない。
「尚希はどうなんだ? 私のことを好きか?」
 尚希は頷いた。頷くのが精一杯なのだ。僕も先生が好き。心の中で呟く。

「じゃあ、両想いってことでいいな。私たちは恋人だよ」
「こっ、恋人!?」
「両想いなんだからそうだろう」
 尚久は尚希の顔を、くいっと上げると、その唇に口付ける。恋人なんだからと言うように。
 びっくりした尚希は、硬直して声も出ない。口をふさがれているので当然でもあるが――。
 初めての口付けだが、尚久は舌を侵入させる。ビクッと反応する尚希に構わず、その口腔内を侵していく。
 硬直していた尚希の体が解れていくのが分かるが、尚希が苦しそうにしたので、唇を離す。
「ぷっはーっ――」
「ふっ、お前は――鼻で息をしろ」 
 そうなの? という表情で尚久を見上げる尚希。
「口を閉じて鼻で息をしてみろ」
 素直に、すーっはーっと従う尚希。
「そうだ、そうしたら苦しくない」
「ぼ、僕初めてだから……どっ、どうしたらいいのか分かんないから」
「ああ、心配しなくて大丈夫だ。私が教えてやるから」
 キスの時、鼻で息をすることも知らない尚希。だからいいのだろうと、尚久は思うのだ。初心で誰の手垢も付いていない。純白の花のようだ。それが、どんな風に色付くのか、想像するとワクワクする。

 再び口付けようとした尚久に、尚希は慌てて聞く。
「あっ、あの……目はどうするの?」
「目は閉じてた方がいいな。私と目が合うとお前が気まずいだろ」
 うん……えっ! それって先生は目を開けてるの? で、でも僕は閉じておこう。た、確かに目が合うと、気まずいって言うか、恥ずかしい。
「あっ、あの……」
 なんだ、まだあるのか? と、尚久は視線で問う。
「手、手はどうするの?」
「手は、そうだな。私の背にやって、抱きつく感じがいいな」
 そ、それって、ハードル高いと、もじつく尚希。尚久は微苦笑を浮かべて、再び尚希の唇を奪う。
 尚希は慌てた。慌てながらも、一生懸命に鼻で息することを意識する。そして、自然と手は尚久の背にやり、抱きつく形になる。
 尚久は慌てる尚希に構わず、その舌で尚希の口腔内を愛撫し、尚希の舌を絡め取る。尚希はされるがままだ。こんな大人のキスは勿論、口付けも初めてなのだから当然だ。
 尚希は、経験したことのない気持ち良さに、足の力が抜ける。車のシートに座っているからいいものの、立っていたら、へたり込むところだ。
 尚希を味わい尽くした尚久は、溢れる唾液を啜ってやる。尚希はとろんとした目で尚久を見つめる。その瞳は赤みを帯び、濡れた唇は扇情的だ。
 尚久は己の中心に熱が集まるのを感じる。これ以上はいけない、自分の中で警報が鳴る。ゆっくりと尚希の体を離した。

 ハンドルを握り、車を発進させる。
 尚希はぼーっとしていた。このたった何分かの出来事が、未だに現実とは思えない。そんな気持ちだった。
 先生と恋人――そして大人のキス。
 車が、尚希のマンションの前で止まる。
「今度の土曜日はうちに来るだろ?」
「うん」
「じゃあな、おやすみ」
 尚久は、尚希の額に口付ける。尚希は、車を降り、おぼつかない足取りで、マンションへ入っていった。

 母はまだ帰宅していなかったので、尚希は早々と風呂に入った後、自分の部屋に入る。今晩は、母と顔を合わせたくなかった。
 最近は母とも、何かと会話が弾んでいた。特に母は、尚久や北畠家の話題を聞きたがった。
 しかし、今晩は絶対にそれだけは避けたかった。尚久のことをどう話していいのか分からない。
 恋人になったなんて、絶対に話せない。ましてや、キスしたなんて。


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