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1 イケメン嫌いのワケ
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「すみませんエド様、これ以上近寄らないで下さいます? じんましんが出ます」
華やかな舞踏会会場内で、氷のような目で眼前に来た相手を睨みピシャリと言ってのけた十七歳の子爵令嬢シンディ・ローワーは、猛烈に冷めていた。
――色恋に。
何しろ正面に佇む婚約者の青年が、超絶過ぎる神々しいレベルのイケメンだからだ。
何も、そこらの美女よりも余程美しく、自分よりも綺麗な顔立ちの婚約者なんて嫌だと嫉妬しているわけではない。特に何もしていないのにお肌スベスベの婚約者の保湿力に多少の羨望を抱きはするが、そう言った「女として負けてるわっ」と悔しがっての感情から来るものではなかった。
理由は先に述べた通り、婚約者である青年――エドモンド・グリーンが美男だからだ。
さらりとした軽そうな銀髪はそれだけでシャンデリアの光よりも明るく輝き、水色の瞳は透き通り稀少な宝石にも似て長い銀の睫に縁取られ、整った肌に真っすぐな鼻筋、そして仄かに色付いた形良い唇がセクシーさを加味している、キラキラした麗しい天の使徒のような男だからだ。
子爵令嬢のシンディは、年齢にかかわらず「イケメン」と言う人種が大大大嫌いだ。
とは言っても、普段男性を疎んじるきらいがあるわけではない。顔面偏差値がごく普通以下であれば接するのに何ら問題はなく、むしろ人並みの好意すら抱きもする。
ただ唯一見目が良いという男性についてのみ、その相手の内面がどんなに善良であれ、駄目なのだ。
それもこれも彼女の実父がイケメンだがろくでなしなせいだ。
加えて言えば、容姿の整った男が「優しい」のも好きではない。
それもこれも彼女の実父が女性には優しすぎる程に優しい女タラシだったせいだ。
母親は浮気の度に父親をコテンパンに叩きのめしはしていたようだが、やはり一人の妻としての苦労と涙を傍で見てきたシンディは、だからこそイケメンの男は信用ならないという先入観が心の内に植え付けられ大きく元気よく育っていた。
イケメン嫌いでも全然問題はないとシンディは思うのだが、友人たちは「それが大問題よ」と揃って口にする。人生損しているとまで言われたが、正直ちょっと理解できなかった。
人の好みは十人十色。損得の問題なのかも不明だ。
シンディの場合は好みではなく生い立ち故の固定観念ではあるが、嫌なものは嫌なのだ。だからお互いに不愉快な思いをするよりは最初からそういった男と関わらなければいいと思っていた。
そう、十歳になる頃には将来美形とだけは結婚しないと決めていた。
しかし、時に人生とは思いもよらない。
不運にも、彼女は父親の行動のツケを払わされる羽目になった。
それが今から四年前、シンディが十三歳の時に成立した婚約だ。
賭博と娼館遊びで作った莫大な借金の片に、父親はシンディを資産家でもあるグリーン伯爵家に嫁がせるという方法で借金帳消しを目論んだのだ。
本当に最低の底をカニ歩きでもしていそうな父親だ。
曲がりなりにも子爵家の婿だという自覚が皆無。
ローワー家は代々続く歴史ある貴族だが、一時存続を危ぶまれた。
当代の子爵――シンディの祖父――の一人娘である母親が入り婿を迎えて家を存続の危機から回避させたのだ。
言っておくとその母親は子爵になるつもりがなく、結婚したら夫が継げばいいというスタンスで、その当時はまだ未婚が故に後継者危機だった。
だが迎えた婿が救いようのない大馬鹿者だったのは涙なしには語れない家の恥。妻への愛はあるのだろうが、彼の愛は散財するようにあちこちの女性の上へも散っていたようだ。
因みにシンディには兄弟がいるので、祖父は将来的には婿をすっ飛ばして孫の誰かに子爵位を譲る心積もりだと聞いている。勿論シンディに異論は全くない。
そして、身売り同然のシンディの婚約話を持って帰ってきた父親はその日母親から半殺しの刑に処されていた。
それでも愛は冷めず離婚危機にはならないというのだから、時に夫婦というものは宇宙レベルで不可思議だとシンディはよく思う。
とにかく、愚かな父親は母親だけではなく娘の自分の将来にまで迷惑を掛けるのかと思ったら、幼いながらもシンディが容姿の良い男への偏見を、もうこの人生では意識改変が決してできないレベルにまで膨れ上がらせてしまったのも無理はないだろう。
シンディの未来の夫になる男は伯爵家の一人息子で、当時十九歳とシンディの六つも上だった。
婚約者はいないというので父親もこの縁談に漕ぎ付けたのだろうが、今までも特定の恋人はいなかったらしく、次期伯爵と将来を約束され人も羨む財産があるのに浮いた話一つないのはどうせ物凄く不細工だからだろう、とその頃はまだ社交界デビューを果たしていなかったシンディは何も知らず勝手に決めつけて安心していた。
それなら夫婦として上手くやっていけるだろうからだ。
だがしかし、婚約者と初めて顔を合わせたその日、ああ天は無情、そして時に天は見境なく二物を与えん、と嘆きの胸中で声高に叫んだものだった。
これから先婚約者になるらしいエドモンド・グリーンは、この世の者ではないような美しいご尊顔の持ち主だったのだ。
一目見て、自らの未来が真っ黒に塗り潰される心地がして、シンディは思い切り吐いたのを覚えている。
華やかな舞踏会会場内で、氷のような目で眼前に来た相手を睨みピシャリと言ってのけた十七歳の子爵令嬢シンディ・ローワーは、猛烈に冷めていた。
――色恋に。
何しろ正面に佇む婚約者の青年が、超絶過ぎる神々しいレベルのイケメンだからだ。
何も、そこらの美女よりも余程美しく、自分よりも綺麗な顔立ちの婚約者なんて嫌だと嫉妬しているわけではない。特に何もしていないのにお肌スベスベの婚約者の保湿力に多少の羨望を抱きはするが、そう言った「女として負けてるわっ」と悔しがっての感情から来るものではなかった。
理由は先に述べた通り、婚約者である青年――エドモンド・グリーンが美男だからだ。
さらりとした軽そうな銀髪はそれだけでシャンデリアの光よりも明るく輝き、水色の瞳は透き通り稀少な宝石にも似て長い銀の睫に縁取られ、整った肌に真っすぐな鼻筋、そして仄かに色付いた形良い唇がセクシーさを加味している、キラキラした麗しい天の使徒のような男だからだ。
子爵令嬢のシンディは、年齢にかかわらず「イケメン」と言う人種が大大大嫌いだ。
とは言っても、普段男性を疎んじるきらいがあるわけではない。顔面偏差値がごく普通以下であれば接するのに何ら問題はなく、むしろ人並みの好意すら抱きもする。
ただ唯一見目が良いという男性についてのみ、その相手の内面がどんなに善良であれ、駄目なのだ。
それもこれも彼女の実父がイケメンだがろくでなしなせいだ。
加えて言えば、容姿の整った男が「優しい」のも好きではない。
それもこれも彼女の実父が女性には優しすぎる程に優しい女タラシだったせいだ。
母親は浮気の度に父親をコテンパンに叩きのめしはしていたようだが、やはり一人の妻としての苦労と涙を傍で見てきたシンディは、だからこそイケメンの男は信用ならないという先入観が心の内に植え付けられ大きく元気よく育っていた。
イケメン嫌いでも全然問題はないとシンディは思うのだが、友人たちは「それが大問題よ」と揃って口にする。人生損しているとまで言われたが、正直ちょっと理解できなかった。
人の好みは十人十色。損得の問題なのかも不明だ。
シンディの場合は好みではなく生い立ち故の固定観念ではあるが、嫌なものは嫌なのだ。だからお互いに不愉快な思いをするよりは最初からそういった男と関わらなければいいと思っていた。
そう、十歳になる頃には将来美形とだけは結婚しないと決めていた。
しかし、時に人生とは思いもよらない。
不運にも、彼女は父親の行動のツケを払わされる羽目になった。
それが今から四年前、シンディが十三歳の時に成立した婚約だ。
賭博と娼館遊びで作った莫大な借金の片に、父親はシンディを資産家でもあるグリーン伯爵家に嫁がせるという方法で借金帳消しを目論んだのだ。
本当に最低の底をカニ歩きでもしていそうな父親だ。
曲がりなりにも子爵家の婿だという自覚が皆無。
ローワー家は代々続く歴史ある貴族だが、一時存続を危ぶまれた。
当代の子爵――シンディの祖父――の一人娘である母親が入り婿を迎えて家を存続の危機から回避させたのだ。
言っておくとその母親は子爵になるつもりがなく、結婚したら夫が継げばいいというスタンスで、その当時はまだ未婚が故に後継者危機だった。
だが迎えた婿が救いようのない大馬鹿者だったのは涙なしには語れない家の恥。妻への愛はあるのだろうが、彼の愛は散財するようにあちこちの女性の上へも散っていたようだ。
因みにシンディには兄弟がいるので、祖父は将来的には婿をすっ飛ばして孫の誰かに子爵位を譲る心積もりだと聞いている。勿論シンディに異論は全くない。
そして、身売り同然のシンディの婚約話を持って帰ってきた父親はその日母親から半殺しの刑に処されていた。
それでも愛は冷めず離婚危機にはならないというのだから、時に夫婦というものは宇宙レベルで不可思議だとシンディはよく思う。
とにかく、愚かな父親は母親だけではなく娘の自分の将来にまで迷惑を掛けるのかと思ったら、幼いながらもシンディが容姿の良い男への偏見を、もうこの人生では意識改変が決してできないレベルにまで膨れ上がらせてしまったのも無理はないだろう。
シンディの未来の夫になる男は伯爵家の一人息子で、当時十九歳とシンディの六つも上だった。
婚約者はいないというので父親もこの縁談に漕ぎ付けたのだろうが、今までも特定の恋人はいなかったらしく、次期伯爵と将来を約束され人も羨む財産があるのに浮いた話一つないのはどうせ物凄く不細工だからだろう、とその頃はまだ社交界デビューを果たしていなかったシンディは何も知らず勝手に決めつけて安心していた。
それなら夫婦として上手くやっていけるだろうからだ。
だがしかし、婚約者と初めて顔を合わせたその日、ああ天は無情、そして時に天は見境なく二物を与えん、と嘆きの胸中で声高に叫んだものだった。
これから先婚約者になるらしいエドモンド・グリーンは、この世の者ではないような美しいご尊顔の持ち主だったのだ。
一目見て、自らの未来が真っ黒に塗り潰される心地がして、シンディは思い切り吐いたのを覚えている。
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