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第6話 大胆な要求はお互いに
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エバーグリーン邸へと向かう馬車では、どうして聖騎士の彼が王宮舞踏会に参加して、それから私のいた池まで来たのかを説明してくれた。
彼は浄化を頼みに行かなかった私を案じて王宮舞踏会でなら会えるだろうと、討伐を急いで完了させて戻ってきて参加したみたい。
彼は王宮から正式な招待を受けた貴族ではあるけど、聖騎士でもあるので仕事だからと欠席もできたはずなのに、私のために。
人によっては絶好の人脈作りの機会な一方で、面倒に思う人も一定数はいるこの王宮舞踏会。清らかでいる必要のある聖騎士だからこそ、彼の容姿では尋常じゃなくモテるからこそ、若い娘の沢山いる今夜の舞踏会は避けたいだろうに、彼は私に会うために一人で来てくれた。
探していた私を遠目に見かけたからこそ追いかけたそう。声を掛けたものの、私に気付かれなかったのと直後に令嬢達に群がられたそうですぐには追いかけられなかったんだとか。
ハイエナ令嬢達をどうにか切り抜けた彼は私が庭園に出たのはわかったもののそこまでで、広い庭園のどこから捜そうかと途方に暮れていたみたい。
池の方まで足を運んだのは、同じく庭園に下りていたどこかの貴族の老夫妻が、王太子達がそっちに行ったと不思議そうにして会話していたのを偶然聞いたからだそう。
聖騎士だからなのか嫌な予感がしたんだって。
「俺の耳にあの老夫婦の会話を届けて下さったのは、主の思し召しだ。おかげでレイリー嬢、君を見つけられた」
馬車の中、彼は私の向かいに腰掛けて肩の力を抜いたようにしている。この空間が最も居心地が良いって暗に言われているみたい。
「しかし向かった池方面で……」
そう思い返しながら語る彼は辛そうに眉根を寄せた。彼はその時私を見つけて駆け寄ろうとしたらしいんだけど、件の先客達に追い詰められて池に飛び込んだ私の姿を見たそうなの。
彼はあの時まだ結構距離があったようだけど、その距離なんて引っくり返すくらいに無我夢中で走ってくれたそう。
「レイリー嬢、あの時は肝が潰れたよ、もう二度としないと約束してくれ」
怒った顔付きで窘め口調で言われた。だけど私を心から案じてくれている言葉だからこそ、ちゃんとそこは伝わるもので私は怯えも圧も感じはしなかった。
彼が片手を差し出してくる。小指を立てて。
これって……指切りげんまん?
この世界にもあるやつだけど、まさかこの人からしてくるなんて思いもしなかった。
可愛い一面をまた一つ発見してしまったわ。もうどうしよう、引き返せないかもしれない……なーんて内心の萌えを抑えて私も片手を上げた。
小指と小指が絡み合う。
心が擽られるような小さな触れ合いだけど、何だかとても満たされた。
「はい、約束します」
その反面じゃ猛省もした。確かに不測の事態になってからじゃ遅いもの。今夜は彼が居てくれなかったら今の私はなかったと思うから。
もしもあの三人に助けられていたら……。
想像したらぶるりと体が震えた。
貴族街の一角に建っているエバーグリーン邸は標準的な都市屋敷だった。
家主たる彼の案内で中に通された。
「不便かもしれないから先に謝っておくよ。普段は宿舎だし遠征も多いからあまりここには帰らないのもあって、使用人は数える程しか置いていないんだ」
「いっいえ、不便だなんてとんでもない! 聖騎士様のこの思いやりにはとても感謝しています。本当にありがとうございます」
思わず大袈裟にも身振り手振りでも示しちゃったわ。恥ずかしいのを誤魔化すようにはにかめば、彼はホッとしたように頬を緩めた。
後は年配の家政婦長が来て私のお風呂と着替えの用意をしてくれた。彼も同じくずぶ濡れだから別の浴室を使って冷えた体を温めるみたい。
用意された着替えのドレスはサイズがピッタリだった。ドレスと言っても舞踏会用のじゃなくて日常の外出用のドレスだけど、不自由は全くない。
むしろ私の場合、両親が見た目の美しさに拘って薦める締め付けのキツイ夜会用のものよりも楽で居られるからありがたかった。
まだ髪は完全には乾いていなくて多少しっとりしている。勿論水滴は落ちないくらいには乾いているけどね。残りは暖炉の熱で、と暖炉には火をくべてもらった。
今は冬じゃないけど夜は冷える日もある時分、決して暑くはなかった。
私は家政婦長からどうぞお寛ぎをと案内された綺麗な室内を見回した。鏡台もベッドも書棚もテーブルもマントルピースも暖炉も広い室内には必要な調度が揃っている。
「この部屋って、もしかして普通なら屋敷の女主人が使うような部屋なんじゃないかしら?」
彼は未婚だし、彼の家族は領地にいるようだから実質的にこの屋敷は普通の貴族の用途通りには使われない運命かもしれない。
でも、だからって私が使うのは気が引ける。
遠慮もあって暖炉の前の長椅子にちょこんと腰掛け無駄に畏まっていると、ノックの後に聖騎士ユリウスが入ってきた。彼も入浴したようでサッパリした様子で綺麗な衣服に着替えている。上は寛げるような白シャツ一枚の姿にキュン。
「どうしたんだ、レイリー嬢?」
借りてきた猫以上に大人しく座っている様が可笑しかったのか、彼はらしくなく相好を崩した。普段の引き締まった顔付きからは反則なくらいに柔らかい。
とは言え、もう何回私は彼の微笑を目にしているだろう。
実はこの人私を誘惑しようとしている、とか?
ははは、まさかね。
だけど入浴後でしっとりした髪の毛とかお肌とかっ!
男の人の色気ーーーーっ!
バチッと電気が走りそうな勢いで目が合って慌てて視線を伏せた。
ろ、露骨だった?
もう一度目を上げたら彼はまだこっちを見ていて思い切り視線が絡み合う。さすがに今回は逸らせない~っ。
「聖騎士様っ、改めてありがとうございましたっ。もしあなたが助けに来て下さらなかったら、私きっと……っ」
拳を握り締め言葉を濁した。微かな息遣いが聞こえた。溜息をつかれたのかもしれない。どうしよう気分を悪くした……?
「レイリー嬢、そう思い詰めない方がいい。全ては呪いのせいだよ」
「あ……」
良かった怒ってないみたい。
「ところで、ここに座っても?」
「はっはいっどうぞ!」
声が裏返ったのと大げさだったのとでくすりと笑われた。暖炉の前の長椅子は暖炉向きに一つしかないから、彼とは必然隣りになるわけだけど、丁寧に彼は私に確認してくれた。ここの主は彼なんだから本来私にお伺いなんていらないのに。
「髪、もう少しだな。風邪を引かないようにきちんと乾かして行ってくれよ?」
「それは、はい。でもそれは聖騎士様もですからね?」
「ああ、うん、わかってる」
彼は長椅子へとゆっくり腰を下ろした。声も表情も優しい。これが彼本来の姿なのかもしれない。
「ところでレイリー嬢、一応念のために聞くけど、浄化はしなくて平気なんだよな?」
「はい。池で溺れかけたおかげでほとんど飛びました。あはは、ショック療法でしょうね」
空笑いしている自覚はある。でも庭園でしたみたいに無様にまた泣けないわ。
「レイリー嬢、無理に笑うな。俺の前では強がらなくていいんだから」
「聖騎士様……」
そっか、そうよね。
「そうでした。へへ、あなたは私が世界一安心できる人ですもの」
気負いが抜けてへにゃりと不格好に笑ってしまった。
「……そこまで安心されても複雑なんだが」
「ええと?」
何やら半分不満そう?
「レイリー嬢、君の気持ちを確かめたい」
「え?」
私は一体何の事かと小首を傾げた。
「俺を好きってやつ」
「あっ……!」
直球を投げられるとさすがに羞恥が込み上げる。彼はひたと真摯な眼差しを私へとぶつけてくる。
「俺は、君の一番の頼りになりたい。誰にも君を奪われたくないんだ。君が呪いのせいで望まない誰かに操を奪われるのが嫌なら……いつか俺に奪われてみないか?」
「は、い……?」
「俺も君が好きだよ」
「…………」
黙ってしばらく瞠目していたら、向こうは表情を翳らせた。
「ごめん、俺は君の好きと俺の好きが同じ類いだと勘違いして、先走って変な事を言った」
忘れてくれ、と彼が言う。
え、え、ちょっと待って!
「いっ嫌ですっ」
気付いたら長椅子から立ち上がってしまっていた。内心しまったあ~って恥ずかしくなりながら誤魔化すように空咳をして、びっくりした顔をしている彼のすぐ隣りにまた少し乱暴に座り直す。ふん、この椅子の柔らかさと弾力はまあまあだわ。
「ええと、嫌です忘れません」
「レ、レイリー嬢?」
目を丸くして当惑した彼の声が私をむしろ駆り立てた。私の気持ちを全部伝えたい。知ってほしい。私を、叶うなら私の全部を。
いつか、なんて悠長を後悔する気がするんだもの。
今、を選択しても後悔だけはしないって予感があるの。
私は腹を決めると思い切って彼に向き直り身を乗り出すと、がばっと抱き着いた。
「レイリー嬢!?」
「気持ちは聖騎士様と同じです! 呪いとは違った風に、こう自然にドキドキするんです、あなたにっ。きゅんとだってしちゃうんです、あなたが素敵過ぎるから……!」
今度は彼が押し黙る番だった。だけどもう悲観的には思わない。
私はぎゅぎゅ~っと回した腕に更に力を入れる。彼を逃がさないって決意を込めて。
「聖騎士様、だから…………今すぐ、抱いて、下さぃ……っ」
いくら私でも声を大にはできなかったけど、どころか情けなくも語尾は蚊の鳴くような大きさだったけど、想いは届いたはず。
傷モノって後ろ指をさされるかもしれない? はんっ先の事なんて知らないわ。呪いのせいでうっかり好きでもない相手と契る可能性の方が大きいって考えると、自分の意思で好きな相手に抱かれる最高の経験があれば、たとえ将来何があろうとも乗り切れるって思う。そうよほら恥ずかしがっている場合じゃないでしょ。
「どっどうせ奪われるなら、ううん、初めてをあげるなら、私は聖騎士様あなたがいいんですっ!」
「レイリー嬢……」
一度やんわりと離されたけど、彼の唇は吐息と共に微かに笑んだ。
「俺も俺の初めては君がいい。君とじゃないと嫌だ――ライラック」
はぁんっ、ライラックって、急に甘く名前を囁かれてドキリよ。
彼は浄化を頼みに行かなかった私を案じて王宮舞踏会でなら会えるだろうと、討伐を急いで完了させて戻ってきて参加したみたい。
彼は王宮から正式な招待を受けた貴族ではあるけど、聖騎士でもあるので仕事だからと欠席もできたはずなのに、私のために。
人によっては絶好の人脈作りの機会な一方で、面倒に思う人も一定数はいるこの王宮舞踏会。清らかでいる必要のある聖騎士だからこそ、彼の容姿では尋常じゃなくモテるからこそ、若い娘の沢山いる今夜の舞踏会は避けたいだろうに、彼は私に会うために一人で来てくれた。
探していた私を遠目に見かけたからこそ追いかけたそう。声を掛けたものの、私に気付かれなかったのと直後に令嬢達に群がられたそうですぐには追いかけられなかったんだとか。
ハイエナ令嬢達をどうにか切り抜けた彼は私が庭園に出たのはわかったもののそこまでで、広い庭園のどこから捜そうかと途方に暮れていたみたい。
池の方まで足を運んだのは、同じく庭園に下りていたどこかの貴族の老夫妻が、王太子達がそっちに行ったと不思議そうにして会話していたのを偶然聞いたからだそう。
聖騎士だからなのか嫌な予感がしたんだって。
「俺の耳にあの老夫婦の会話を届けて下さったのは、主の思し召しだ。おかげでレイリー嬢、君を見つけられた」
馬車の中、彼は私の向かいに腰掛けて肩の力を抜いたようにしている。この空間が最も居心地が良いって暗に言われているみたい。
「しかし向かった池方面で……」
そう思い返しながら語る彼は辛そうに眉根を寄せた。彼はその時私を見つけて駆け寄ろうとしたらしいんだけど、件の先客達に追い詰められて池に飛び込んだ私の姿を見たそうなの。
彼はあの時まだ結構距離があったようだけど、その距離なんて引っくり返すくらいに無我夢中で走ってくれたそう。
「レイリー嬢、あの時は肝が潰れたよ、もう二度としないと約束してくれ」
怒った顔付きで窘め口調で言われた。だけど私を心から案じてくれている言葉だからこそ、ちゃんとそこは伝わるもので私は怯えも圧も感じはしなかった。
彼が片手を差し出してくる。小指を立てて。
これって……指切りげんまん?
この世界にもあるやつだけど、まさかこの人からしてくるなんて思いもしなかった。
可愛い一面をまた一つ発見してしまったわ。もうどうしよう、引き返せないかもしれない……なーんて内心の萌えを抑えて私も片手を上げた。
小指と小指が絡み合う。
心が擽られるような小さな触れ合いだけど、何だかとても満たされた。
「はい、約束します」
その反面じゃ猛省もした。確かに不測の事態になってからじゃ遅いもの。今夜は彼が居てくれなかったら今の私はなかったと思うから。
もしもあの三人に助けられていたら……。
想像したらぶるりと体が震えた。
貴族街の一角に建っているエバーグリーン邸は標準的な都市屋敷だった。
家主たる彼の案内で中に通された。
「不便かもしれないから先に謝っておくよ。普段は宿舎だし遠征も多いからあまりここには帰らないのもあって、使用人は数える程しか置いていないんだ」
「いっいえ、不便だなんてとんでもない! 聖騎士様のこの思いやりにはとても感謝しています。本当にありがとうございます」
思わず大袈裟にも身振り手振りでも示しちゃったわ。恥ずかしいのを誤魔化すようにはにかめば、彼はホッとしたように頬を緩めた。
後は年配の家政婦長が来て私のお風呂と着替えの用意をしてくれた。彼も同じくずぶ濡れだから別の浴室を使って冷えた体を温めるみたい。
用意された着替えのドレスはサイズがピッタリだった。ドレスと言っても舞踏会用のじゃなくて日常の外出用のドレスだけど、不自由は全くない。
むしろ私の場合、両親が見た目の美しさに拘って薦める締め付けのキツイ夜会用のものよりも楽で居られるからありがたかった。
まだ髪は完全には乾いていなくて多少しっとりしている。勿論水滴は落ちないくらいには乾いているけどね。残りは暖炉の熱で、と暖炉には火をくべてもらった。
今は冬じゃないけど夜は冷える日もある時分、決して暑くはなかった。
私は家政婦長からどうぞお寛ぎをと案内された綺麗な室内を見回した。鏡台もベッドも書棚もテーブルもマントルピースも暖炉も広い室内には必要な調度が揃っている。
「この部屋って、もしかして普通なら屋敷の女主人が使うような部屋なんじゃないかしら?」
彼は未婚だし、彼の家族は領地にいるようだから実質的にこの屋敷は普通の貴族の用途通りには使われない運命かもしれない。
でも、だからって私が使うのは気が引ける。
遠慮もあって暖炉の前の長椅子にちょこんと腰掛け無駄に畏まっていると、ノックの後に聖騎士ユリウスが入ってきた。彼も入浴したようでサッパリした様子で綺麗な衣服に着替えている。上は寛げるような白シャツ一枚の姿にキュン。
「どうしたんだ、レイリー嬢?」
借りてきた猫以上に大人しく座っている様が可笑しかったのか、彼はらしくなく相好を崩した。普段の引き締まった顔付きからは反則なくらいに柔らかい。
とは言え、もう何回私は彼の微笑を目にしているだろう。
実はこの人私を誘惑しようとしている、とか?
ははは、まさかね。
だけど入浴後でしっとりした髪の毛とかお肌とかっ!
男の人の色気ーーーーっ!
バチッと電気が走りそうな勢いで目が合って慌てて視線を伏せた。
ろ、露骨だった?
もう一度目を上げたら彼はまだこっちを見ていて思い切り視線が絡み合う。さすがに今回は逸らせない~っ。
「聖騎士様っ、改めてありがとうございましたっ。もしあなたが助けに来て下さらなかったら、私きっと……っ」
拳を握り締め言葉を濁した。微かな息遣いが聞こえた。溜息をつかれたのかもしれない。どうしよう気分を悪くした……?
「レイリー嬢、そう思い詰めない方がいい。全ては呪いのせいだよ」
「あ……」
良かった怒ってないみたい。
「ところで、ここに座っても?」
「はっはいっどうぞ!」
声が裏返ったのと大げさだったのとでくすりと笑われた。暖炉の前の長椅子は暖炉向きに一つしかないから、彼とは必然隣りになるわけだけど、丁寧に彼は私に確認してくれた。ここの主は彼なんだから本来私にお伺いなんていらないのに。
「髪、もう少しだな。風邪を引かないようにきちんと乾かして行ってくれよ?」
「それは、はい。でもそれは聖騎士様もですからね?」
「ああ、うん、わかってる」
彼は長椅子へとゆっくり腰を下ろした。声も表情も優しい。これが彼本来の姿なのかもしれない。
「ところでレイリー嬢、一応念のために聞くけど、浄化はしなくて平気なんだよな?」
「はい。池で溺れかけたおかげでほとんど飛びました。あはは、ショック療法でしょうね」
空笑いしている自覚はある。でも庭園でしたみたいに無様にまた泣けないわ。
「レイリー嬢、無理に笑うな。俺の前では強がらなくていいんだから」
「聖騎士様……」
そっか、そうよね。
「そうでした。へへ、あなたは私が世界一安心できる人ですもの」
気負いが抜けてへにゃりと不格好に笑ってしまった。
「……そこまで安心されても複雑なんだが」
「ええと?」
何やら半分不満そう?
「レイリー嬢、君の気持ちを確かめたい」
「え?」
私は一体何の事かと小首を傾げた。
「俺を好きってやつ」
「あっ……!」
直球を投げられるとさすがに羞恥が込み上げる。彼はひたと真摯な眼差しを私へとぶつけてくる。
「俺は、君の一番の頼りになりたい。誰にも君を奪われたくないんだ。君が呪いのせいで望まない誰かに操を奪われるのが嫌なら……いつか俺に奪われてみないか?」
「は、い……?」
「俺も君が好きだよ」
「…………」
黙ってしばらく瞠目していたら、向こうは表情を翳らせた。
「ごめん、俺は君の好きと俺の好きが同じ類いだと勘違いして、先走って変な事を言った」
忘れてくれ、と彼が言う。
え、え、ちょっと待って!
「いっ嫌ですっ」
気付いたら長椅子から立ち上がってしまっていた。内心しまったあ~って恥ずかしくなりながら誤魔化すように空咳をして、びっくりした顔をしている彼のすぐ隣りにまた少し乱暴に座り直す。ふん、この椅子の柔らかさと弾力はまあまあだわ。
「ええと、嫌です忘れません」
「レ、レイリー嬢?」
目を丸くして当惑した彼の声が私をむしろ駆り立てた。私の気持ちを全部伝えたい。知ってほしい。私を、叶うなら私の全部を。
いつか、なんて悠長を後悔する気がするんだもの。
今、を選択しても後悔だけはしないって予感があるの。
私は腹を決めると思い切って彼に向き直り身を乗り出すと、がばっと抱き着いた。
「レイリー嬢!?」
「気持ちは聖騎士様と同じです! 呪いとは違った風に、こう自然にドキドキするんです、あなたにっ。きゅんとだってしちゃうんです、あなたが素敵過ぎるから……!」
今度は彼が押し黙る番だった。だけどもう悲観的には思わない。
私はぎゅぎゅ~っと回した腕に更に力を入れる。彼を逃がさないって決意を込めて。
「聖騎士様、だから…………今すぐ、抱いて、下さぃ……っ」
いくら私でも声を大にはできなかったけど、どころか情けなくも語尾は蚊の鳴くような大きさだったけど、想いは届いたはず。
傷モノって後ろ指をさされるかもしれない? はんっ先の事なんて知らないわ。呪いのせいでうっかり好きでもない相手と契る可能性の方が大きいって考えると、自分の意思で好きな相手に抱かれる最高の経験があれば、たとえ将来何があろうとも乗り切れるって思う。そうよほら恥ずかしがっている場合じゃないでしょ。
「どっどうせ奪われるなら、ううん、初めてをあげるなら、私は聖騎士様あなたがいいんですっ!」
「レイリー嬢……」
一度やんわりと離されたけど、彼の唇は吐息と共に微かに笑んだ。
「俺も俺の初めては君がいい。君とじゃないと嫌だ――ライラック」
はぁんっ、ライラックって、急に甘く名前を囁かれてドキリよ。
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