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19 坂ノ上小町は癒し系?
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あたかも引っ張り回されるように小町に案内されて、広い庭園内をあちこち見て回っていたらだいぶ気分が紛れた。
それでも、会場に戻ってまた見知らぬ美人とのツーショットを見るのは忍びなく、もたもたと庭に居た。
離婚しようとしているのに、ケントが自分以外の女性と一緒にいる場面に傷付いたなど、滑稽でしかないとすずかは自分でそう思う。
(小町くんは、私が余計な事を考えないようにあれこれ見ようって盛り上げてくれてるのかな)
そうならば彼の優しい目論見は成功している。
小町は喫茶店ですずかとケントの複雑な関係を感じ取っていたのかもしれない。加えて先のすずかの様子からも察する何かがあったのだろう。
「小町くん、何か付き合わせちゃってごめんね。もし何だったら先に会場に戻ってて良いよ?」
すずかの少し先で、身を屈めて花壇の花の一つを興味深そうに凝視していた小町は、振り返るとやや不服気にした。
「同伴頼んだ俺が三好といなくてどうするんだよ」
彼の彼らしい真っ直ぐな言葉に、すずかは思わず小さく笑んだ。
「小町くんって実は結構癒し系だよね」
「ええ? 何だそれ」
片眉を上げ苦笑を浮かべる少年はすずかの事情を詮索してもこない。
そっとしておいてくれている。
気にならないわけではないだろうが、きっとすずかの方から打ち明けるのを待っているのだ。
(ケン兄と最終的にどうなるにせよ、今の本当の関係を小町くんには話しておくべきかもしれない)
そう決意して、すずかは小町に追い付くと隣に並んだ。
「小町くん」
「ん?」
「ケン兄との事、聞いてくれる?」
彼はハッとして僅かに目を瞠った。
そこに拒絶や戸惑いはなく、むしろどこか安堵の色がある。
「……俺には話してくれないのかと思ってた」
そんな様子に心が温まった。アルト以外にも自分を気にかけてくれている友人がここにも一人いるのだと実感したからだ。
「友情パワー炸裂の小町くんじゃなかったら話さなかったよ」
「ぶっ、友情パワーって……」
可笑しそうに噴き出した様を見て、小町はそういえば中学の時も一緒に居て良く笑う人だったと思い出す。
とは言え、これから告げる内容ではまさか噴き出したりはしないだろうけれど。
「それでね、ケン兄と私の関係なんだけど」
「うん」
小町は心なし表情を引き締めたようだ。
「単刀直入に言うとね」
「ああ」
彼としては恋人とか婚約者くらいまでの覚悟はしていた。
仮にそうだとしても、すずかに先のような辛そうな顔をさせているうちは、自分にだってチャンスが回ってくるだろうと、そう思ってもいた。
再会した当初は、まだ自分でも自分の心の中にずっと埋没していたものに気付かなかった。
けれど、次にすずかの姿を喫茶店で見掛けて何だかそこの店で食べたくなって、アルトが男だと思っていた間は頗るイライラした。更にはケントが現れ無理やり彼女を連れていこうとした時にはもう、正義感以上に明確な炎が灯っていた。
すずかを好きな他の男と行かせたくない、と。
何故なら自分が――……。
「――結婚してるの。法的に正式な夫なんだ」
だがしかし、少年の恋の道は途轍もなく険しかった。
ひと思いに言い切ったすずかはすずかで、小町にどんな反応をされるか内心少しだけ恐れにも似たものを抱いて待ったが、一向に小町の方に変化はない。
表情を動かしもせず、身じろぎもしないのだ。
全然驚きもしなかったとすずかは逆に驚いていたが、しかし、よくよく見れば微動だにしないのもおかしい。
探るように小町を見据えて目の前に手を翳して振ってみたが、無反応。
「えっと小町くん? 小町くん聞いてる? ごめん驚いたよね」
すずかの声にようやく彼は一つ瞬きをした。動じていなかったのではなく、大きな青天の霹靂に貫かれ完全固まっていたのだった。
「ヘエ……ソウナノカ」
しかもそこそこのタイムラグを挟み、ぎこちない顔面筋の動きと声で相槌を打った。
頷いた流れでそのまま視線を下げた小町の目には、薄ら涙が浮かんでいるようにも見える。
「……そういやキスしてたもんな」
彼は小さく口の中だけで独り言ち、徐に顔を上げるとすずかの両肩に手を置いた。
「三好、結婚おめでとう。元気な赤ちゃんを産むんだぞ」
「飛躍し過ぎだよ! まだ全然そういう関係じゃないし!」
「え? だって……夫婦なんだろ?」
「そうだけど、違うの!」
「違うって……じゃあどういう関係だよ?」
その手の誤解は何だか気恥ずかしくてすずかはちょっと攻撃的になったが、小町は悪くないのだ。自分を落ち着かせるように空を仰ぐと深呼吸した。
「うちが倒産しなかったのは、結婚のおかげなの。ケン兄はうちの技術が欲しかったって言ってたし、子ど……ううん、まあつまりは双方の家の利益のため、そういう事」
「はあっ何だって!? あいつ……!」
ある意味身売りとも言えなくもない婚姻を知って、小町の中の倫理観とか正義感が許さなかったのか、彼は突如いきり立った。
「ああくそっ、そんななら俺だって……っ、今さらだけど、あの時本当に引き下がるんじゃなかった……!」
「えっと、小町くん?」
すずかが控えめに問い掛けると、折角立派にセットした頭髪を一部グシャグシャと乱して憤りを表現していた彼は、ハッとしてバツが悪そうに口を噤むと髪も手櫛で整え直す。乱す前までと同じとはいかなかったものの、少しラフな感じの髪型で通るので、これはこれで別に良さそうだ。
「あいつ、三好と親しかった奴を買収とか脅しとかで姑息に遠ざけておいて、案の定やる事も下衆だな」
「えっ、ケン兄が? アハハまさか~。仮にそうだとしてどうしてそんな事を?」
不思議な顔をしていれば、小町は「うそだろ?」と呆れた。
「あいつ最近じゃ雑誌やテレビにも出て華々しく活躍してるし、爽やかスマイルで女性人気も高いけど、腹黒だぞ」
「ああうん、狡いよね。そこはよく知ってる」
「……知ってるのかよ」
一時ポカンとしてから、小町が脱力したような半笑いを浮かべた。
「三好って鈍いのか鋭いのかよくわからないよな。本当の花柳ケントをわかってるくせに、奴の本当はわかってないなんて」
そんな言われようにはちょっとムッとした。
「どういう意味? それに鈍いって何だ~?」
凄むような笑みで根拠を吐けと迫るすずかへと、小町はやれやれと言うような溜息をついて建物の方を一瞥した。
「――だってあいつ、めっちゃ三好の事好きじゃん」
「…………は?」
すずかは最初異国の言語でも聞いたのかと思った。思い切り目を点にする。
「いやいやまさか小町くんの口からそんな破格な冗談が飛び出すとは思わなかったよ。ケン兄は私のお姉ちゃんが好きなんだよ?」
「それこそ冗談だろ?」
「いやいやもしそうなら私の苦労は何だったのって話だし」
「苦労? それこそ何の話だよ? 実家が危なかった時の話か?」
「えっ、えーとまあ、そうかな」
彼に失恋話をした所でどうしようもないので、すずかは曖昧に濁す。
「でも、冗談なんでしょ? ねえ……?」
「えー……本気で言ってるのか?」
二人の間に奇妙な沈黙が落ち、すずかは小町が本心からの言葉を口にしたのだと理解した。彼がそんな勘違いをするとは信じられないが、人間全知全能ではないのでそういう事もあるのだろうと納得してみる。
「三好とある程度以上仲良かった男を執拗に葬ってたくらいだし、好きでもなきゃそんな事しないだろ普通」
(葬る……。えーと比喩だよね?)
「……ホントにケン兄がそんな事を?」
「ああ、信じる信じないは三好の自由だけど、事実だ。気になるなら直接本人に訊いてみればいい」
それが真実なら中学の時の男友達の態度も合点がいく。
(じゃあ、小町くんも?)
一瞬そう訊きたくなったが、止めた。
彼は金銭的に潤沢だろうから買収はされないだろうし、脅しに屈するような性格でもない。
故に、彼の理由は他とは違ってすずかにとって余り嬉しくないものかもしれないのだ。
(鬱陶しかったとか面倒だったって思われてたら泣く……)
「わかった。ケン兄と後で話してみて、事と次第によっちゃ、シバく!」
「おう、その意気だ」
今ならケントと面と向かっても動転して逃げずに会話ができるような気がするすずかだ。
そんなこんなでとりあえずは気を取り直し、すずかの方から促して二人で会場内に戻ると、ちょうどワルツが始まる直前だった。
踊れる者や踊りたい者たちはダンス用に事前に開けられていた中央のスペースへと集っている。
ただ、予想に反してケントたちの姿はない。
どこか二人きりになれる場所にでも行ったのだろうかと思えば、胸が痛んだ。
ワルツを踊れば絵になるだろう二人の姿を見ずに済んだ安堵が半分、もう半分は不安と嫉妬が綯い交ぜのどろどろした気持ちが胸の内で渦巻いている。
(ケン兄が私を好きだなんて、信じられないんだけどな)
今日の状況が疑心を後押ししてもいる。
すずかの浮かない顔をそっと見下ろしていた小町が、思い立ったようにダンスホールの手前で手を差し出して来た。
「三好、俺たちもパーッと踊ろう」
その手を見下ろしたすずかの口からくすりと笑声が漏れる。
「パーッとって、これから始まるのはワルツだよ?」
「そう、だからパーッと優雅にワルツを踊ろうって言ってんの」
「あはは、何それ」
茶目っ気たっぷりににっかと笑った顔は他者を安心させるような明るさを放ち、きらきらした太陽みたいだと思った。
(小町くんがモテるのわかるなあ)
「で、どうする?」
「うーん、踊ってあげない事もない?」
「すげー上からだなおい!」
ダンスは気が向いたらとは言ってはあったが、小町の砕けた口調に応じて彼の手を取った。
「足踏んだらごめんね」
「俺も、ステップミスるかも」
その時はお互い様だと気楽に頷き合って一緒に進み出る。
年若い二人の登場に周囲が物珍しそうな面持ちで注目した。
少年の方が坂ノ上家の次男だとわかると、彼と一緒にいる少女は誰だとなって、すずかの顔を見知った誰かが三好家の娘だと囁いた。
学生同士という面もあってか、「可愛いカップルねえ」などと微笑ましいものを見るような眼差しにも晒された。
「ねえ、誤解されてる気がするんだけど」
目立つ事はやっぱりやめた方がいいかもしれないという意を込めてこそりと囁けば、小町はすずかとホールドの姿勢のまま嘯くようにした。
「勝手に言わせておけばいいんじゃないか~? いっその事交際してますって二人で親に挨拶にでも行こうぜ?」
「ああ、そういえば小町くんの家族の所にも顔見せてなかったっけ。確かに友人としても交際って言うけど、そんな紛らわしい言い方は良くな…」
「三好、始まる」
一転し引き締めるような小町の声の刹那、会場内では一旦演奏が止み静寂が訪れた後、程なく、ピタリと合った楽団員の動きと共にワルツの旋律が奏でられ始めた。
それでも、会場に戻ってまた見知らぬ美人とのツーショットを見るのは忍びなく、もたもたと庭に居た。
離婚しようとしているのに、ケントが自分以外の女性と一緒にいる場面に傷付いたなど、滑稽でしかないとすずかは自分でそう思う。
(小町くんは、私が余計な事を考えないようにあれこれ見ようって盛り上げてくれてるのかな)
そうならば彼の優しい目論見は成功している。
小町は喫茶店ですずかとケントの複雑な関係を感じ取っていたのかもしれない。加えて先のすずかの様子からも察する何かがあったのだろう。
「小町くん、何か付き合わせちゃってごめんね。もし何だったら先に会場に戻ってて良いよ?」
すずかの少し先で、身を屈めて花壇の花の一つを興味深そうに凝視していた小町は、振り返るとやや不服気にした。
「同伴頼んだ俺が三好といなくてどうするんだよ」
彼の彼らしい真っ直ぐな言葉に、すずかは思わず小さく笑んだ。
「小町くんって実は結構癒し系だよね」
「ええ? 何だそれ」
片眉を上げ苦笑を浮かべる少年はすずかの事情を詮索してもこない。
そっとしておいてくれている。
気にならないわけではないだろうが、きっとすずかの方から打ち明けるのを待っているのだ。
(ケン兄と最終的にどうなるにせよ、今の本当の関係を小町くんには話しておくべきかもしれない)
そう決意して、すずかは小町に追い付くと隣に並んだ。
「小町くん」
「ん?」
「ケン兄との事、聞いてくれる?」
彼はハッとして僅かに目を瞠った。
そこに拒絶や戸惑いはなく、むしろどこか安堵の色がある。
「……俺には話してくれないのかと思ってた」
そんな様子に心が温まった。アルト以外にも自分を気にかけてくれている友人がここにも一人いるのだと実感したからだ。
「友情パワー炸裂の小町くんじゃなかったら話さなかったよ」
「ぶっ、友情パワーって……」
可笑しそうに噴き出した様を見て、小町はそういえば中学の時も一緒に居て良く笑う人だったと思い出す。
とは言え、これから告げる内容ではまさか噴き出したりはしないだろうけれど。
「それでね、ケン兄と私の関係なんだけど」
「うん」
小町は心なし表情を引き締めたようだ。
「単刀直入に言うとね」
「ああ」
彼としては恋人とか婚約者くらいまでの覚悟はしていた。
仮にそうだとしても、すずかに先のような辛そうな顔をさせているうちは、自分にだってチャンスが回ってくるだろうと、そう思ってもいた。
再会した当初は、まだ自分でも自分の心の中にずっと埋没していたものに気付かなかった。
けれど、次にすずかの姿を喫茶店で見掛けて何だかそこの店で食べたくなって、アルトが男だと思っていた間は頗るイライラした。更にはケントが現れ無理やり彼女を連れていこうとした時にはもう、正義感以上に明確な炎が灯っていた。
すずかを好きな他の男と行かせたくない、と。
何故なら自分が――……。
「――結婚してるの。法的に正式な夫なんだ」
だがしかし、少年の恋の道は途轍もなく険しかった。
ひと思いに言い切ったすずかはすずかで、小町にどんな反応をされるか内心少しだけ恐れにも似たものを抱いて待ったが、一向に小町の方に変化はない。
表情を動かしもせず、身じろぎもしないのだ。
全然驚きもしなかったとすずかは逆に驚いていたが、しかし、よくよく見れば微動だにしないのもおかしい。
探るように小町を見据えて目の前に手を翳して振ってみたが、無反応。
「えっと小町くん? 小町くん聞いてる? ごめん驚いたよね」
すずかの声にようやく彼は一つ瞬きをした。動じていなかったのではなく、大きな青天の霹靂に貫かれ完全固まっていたのだった。
「ヘエ……ソウナノカ」
しかもそこそこのタイムラグを挟み、ぎこちない顔面筋の動きと声で相槌を打った。
頷いた流れでそのまま視線を下げた小町の目には、薄ら涙が浮かんでいるようにも見える。
「……そういやキスしてたもんな」
彼は小さく口の中だけで独り言ち、徐に顔を上げるとすずかの両肩に手を置いた。
「三好、結婚おめでとう。元気な赤ちゃんを産むんだぞ」
「飛躍し過ぎだよ! まだ全然そういう関係じゃないし!」
「え? だって……夫婦なんだろ?」
「そうだけど、違うの!」
「違うって……じゃあどういう関係だよ?」
その手の誤解は何だか気恥ずかしくてすずかはちょっと攻撃的になったが、小町は悪くないのだ。自分を落ち着かせるように空を仰ぐと深呼吸した。
「うちが倒産しなかったのは、結婚のおかげなの。ケン兄はうちの技術が欲しかったって言ってたし、子ど……ううん、まあつまりは双方の家の利益のため、そういう事」
「はあっ何だって!? あいつ……!」
ある意味身売りとも言えなくもない婚姻を知って、小町の中の倫理観とか正義感が許さなかったのか、彼は突如いきり立った。
「ああくそっ、そんななら俺だって……っ、今さらだけど、あの時本当に引き下がるんじゃなかった……!」
「えっと、小町くん?」
すずかが控えめに問い掛けると、折角立派にセットした頭髪を一部グシャグシャと乱して憤りを表現していた彼は、ハッとしてバツが悪そうに口を噤むと髪も手櫛で整え直す。乱す前までと同じとはいかなかったものの、少しラフな感じの髪型で通るので、これはこれで別に良さそうだ。
「あいつ、三好と親しかった奴を買収とか脅しとかで姑息に遠ざけておいて、案の定やる事も下衆だな」
「えっ、ケン兄が? アハハまさか~。仮にそうだとしてどうしてそんな事を?」
不思議な顔をしていれば、小町は「うそだろ?」と呆れた。
「あいつ最近じゃ雑誌やテレビにも出て華々しく活躍してるし、爽やかスマイルで女性人気も高いけど、腹黒だぞ」
「ああうん、狡いよね。そこはよく知ってる」
「……知ってるのかよ」
一時ポカンとしてから、小町が脱力したような半笑いを浮かべた。
「三好って鈍いのか鋭いのかよくわからないよな。本当の花柳ケントをわかってるくせに、奴の本当はわかってないなんて」
そんな言われようにはちょっとムッとした。
「どういう意味? それに鈍いって何だ~?」
凄むような笑みで根拠を吐けと迫るすずかへと、小町はやれやれと言うような溜息をついて建物の方を一瞥した。
「――だってあいつ、めっちゃ三好の事好きじゃん」
「…………は?」
すずかは最初異国の言語でも聞いたのかと思った。思い切り目を点にする。
「いやいやまさか小町くんの口からそんな破格な冗談が飛び出すとは思わなかったよ。ケン兄は私のお姉ちゃんが好きなんだよ?」
「それこそ冗談だろ?」
「いやいやもしそうなら私の苦労は何だったのって話だし」
「苦労? それこそ何の話だよ? 実家が危なかった時の話か?」
「えっ、えーとまあ、そうかな」
彼に失恋話をした所でどうしようもないので、すずかは曖昧に濁す。
「でも、冗談なんでしょ? ねえ……?」
「えー……本気で言ってるのか?」
二人の間に奇妙な沈黙が落ち、すずかは小町が本心からの言葉を口にしたのだと理解した。彼がそんな勘違いをするとは信じられないが、人間全知全能ではないのでそういう事もあるのだろうと納得してみる。
「三好とある程度以上仲良かった男を執拗に葬ってたくらいだし、好きでもなきゃそんな事しないだろ普通」
(葬る……。えーと比喩だよね?)
「……ホントにケン兄がそんな事を?」
「ああ、信じる信じないは三好の自由だけど、事実だ。気になるなら直接本人に訊いてみればいい」
それが真実なら中学の時の男友達の態度も合点がいく。
(じゃあ、小町くんも?)
一瞬そう訊きたくなったが、止めた。
彼は金銭的に潤沢だろうから買収はされないだろうし、脅しに屈するような性格でもない。
故に、彼の理由は他とは違ってすずかにとって余り嬉しくないものかもしれないのだ。
(鬱陶しかったとか面倒だったって思われてたら泣く……)
「わかった。ケン兄と後で話してみて、事と次第によっちゃ、シバく!」
「おう、その意気だ」
今ならケントと面と向かっても動転して逃げずに会話ができるような気がするすずかだ。
そんなこんなでとりあえずは気を取り直し、すずかの方から促して二人で会場内に戻ると、ちょうどワルツが始まる直前だった。
踊れる者や踊りたい者たちはダンス用に事前に開けられていた中央のスペースへと集っている。
ただ、予想に反してケントたちの姿はない。
どこか二人きりになれる場所にでも行ったのだろうかと思えば、胸が痛んだ。
ワルツを踊れば絵になるだろう二人の姿を見ずに済んだ安堵が半分、もう半分は不安と嫉妬が綯い交ぜのどろどろした気持ちが胸の内で渦巻いている。
(ケン兄が私を好きだなんて、信じられないんだけどな)
今日の状況が疑心を後押ししてもいる。
すずかの浮かない顔をそっと見下ろしていた小町が、思い立ったようにダンスホールの手前で手を差し出して来た。
「三好、俺たちもパーッと踊ろう」
その手を見下ろしたすずかの口からくすりと笑声が漏れる。
「パーッとって、これから始まるのはワルツだよ?」
「そう、だからパーッと優雅にワルツを踊ろうって言ってんの」
「あはは、何それ」
茶目っ気たっぷりににっかと笑った顔は他者を安心させるような明るさを放ち、きらきらした太陽みたいだと思った。
(小町くんがモテるのわかるなあ)
「で、どうする?」
「うーん、踊ってあげない事もない?」
「すげー上からだなおい!」
ダンスは気が向いたらとは言ってはあったが、小町の砕けた口調に応じて彼の手を取った。
「足踏んだらごめんね」
「俺も、ステップミスるかも」
その時はお互い様だと気楽に頷き合って一緒に進み出る。
年若い二人の登場に周囲が物珍しそうな面持ちで注目した。
少年の方が坂ノ上家の次男だとわかると、彼と一緒にいる少女は誰だとなって、すずかの顔を見知った誰かが三好家の娘だと囁いた。
学生同士という面もあってか、「可愛いカップルねえ」などと微笑ましいものを見るような眼差しにも晒された。
「ねえ、誤解されてる気がするんだけど」
目立つ事はやっぱりやめた方がいいかもしれないという意を込めてこそりと囁けば、小町はすずかとホールドの姿勢のまま嘯くようにした。
「勝手に言わせておけばいいんじゃないか~? いっその事交際してますって二人で親に挨拶にでも行こうぜ?」
「ああ、そういえば小町くんの家族の所にも顔見せてなかったっけ。確かに友人としても交際って言うけど、そんな紛らわしい言い方は良くな…」
「三好、始まる」
一転し引き締めるような小町の声の刹那、会場内では一旦演奏が止み静寂が訪れた後、程なく、ピタリと合った楽団員の動きと共にワルツの旋律が奏でられ始めた。
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