逆行転生の大誤算~英雄になったら背中から刺され能力を捨てたら雑魚扱いで処刑されたので、三度目は皆と関わらないようにしようと思った結果~

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17 押し付けられた魔法剣

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 アイラ姫に対して、俺はどうしてこうも過剰反応してしまうのか。
 怖いからってのは正解だ。
 何だかんだ言ってもやっぱさ、引き摺られそうになるんだよ、感情が。

 ――あの頃に。

 あの善良で熱血で素直に人を信じられていた英雄の自分に。

 今だって別に人の道にもとるような非道を好んだりはしないけど、あの時の自分と今の自分は決定的に違うと思っている。
 だから彼女への真心も現世じゃ封印しようって決めたってのに……。

「何でどうして向こうから距離縮めて来るんだよおおお~~~~ッ!?」
「おいエイド早まるな! どうしても欲しかった品が手に入らなかった絶望はわかる! 焦がれても他に靡かれた失恋の傷まで開いて衝動的に死にたくなる気持ちもわからなくもないがまずは落ち着け! 命を投げ出す程じゃないだろうっ! 次のオークションにあれより良い品が出て来るかも知れないんだ希望を捨てるな! 恋も武器も次があーーーーるっ!」

 メイヤーさんが途中から何を織り混ぜているのかは知らないけど、船の手摺から今にも海へと落ちそうな勢いで身を乗り出す俺を落ちないように羽交い締めにしてくれて、結果としてはそんな懸命な彼の声で現実に引き戻された。急激に冷静さを取り戻し、彼に押さえられたままの体勢で陸地の方をジッと見つめた。
 ようやく叫喚も止まりもう危ない真似はしないだろうと判断したのか、メイヤーさんが大人しくなった俺をゆっくりと解放してくれる。
 それでも手摺寄りに突っ立ったまま動かない俺を、彼は横から心配そうに覗き込んできた。船の甲板に上がっていた大勢の客たちも俺たちを何事かとやや切迫した顔付きで注視していたけど、俺が船から落ちなくて皆ほっとしたようだった。

 ところで俺はどうして動かないか?

 それはこの船が出ただろうシーハイの港のとある岸壁を凝視しているからだ。
 因みに、地形に沿って視線をずーっと横へと巡らせていくと、大きな大きな海食崖の上の灯台を見上げるようになる。反対の横なら最後は砂浜に辿り着く。

 でも俺の視線は一点から動かない。

 俺がひたすら真っ直ぐ見ている先の岸壁には、何やら言い争っている連中がいて、普通に気になって何だろうって見てたんだよ。

 そしたら何と、その中の小柄な人影が足を滑らせたのか海面に落ちた。

「あっ……!」

 複数の大人だろう長い人影に、子供か女性だろう小さな二つの人影が追い詰められていたようにも見えたな。それで、うち一人が不運にも海に落ちたのかもしれない。
 きっと近い場所で聞いていたならドボーンとかボシャーンとかそんなような落水音がしただろう白い飛沫が上がったのが見えた。
 一瞬見間違えたのかと思って目を擦ったけど、ばしゃばしゃと海面に白い泡が立っているから人が落ちたのは間違いない。
 俺は目を瞠ったまま咄嗟に隣のメイヤーさんの腕を掴んだ。

「どうしたエイド?」
「お、おじさん、今海に人が落ちた……!」
「何だって? 人? 船からか?」

 陸の方は見ていなかったらしく、メイヤーさんは手摺に両手を乗せて慎重に真下の海面や左右の海面を見回した。

「違います、向こうの、あそこの岸壁から誰かが落ちたんです!」
「何だって!?」

 顔を上げた彼は俺の指摘する場所を随分と目を細めて凝らしてやっと視認すると、明らかに顔色を変えた。

「ありゃどう見ても溺れてるな。早く引き上げないと命はないかもしれん!」
「そんな……っ」

 岸にいる人間たちは皆端に寄って膝を突いて海面を覗き下ろしてはいるようだけど、声を掛けてこそいるのに、何故か誰一人として飛び込んで助けようとする様子はない。
 俺の胸中に物凄く嫌な考えが浮かんできた。
 ええと何だ、もしかして今のって故意に落水させた……とか?
 だとすれば落下者は最早致命傷を負っているんじゃ……。だってよくあるだろ、深手を負わせたり死体にしてから海にドボンって極悪非道が。
 スカートっぽかったし落ちたのはきっと女性だ。
 俺が行くべきか?
 それとも当てにならなそうな陸に居る連中に任せるべき?
 迷っていると、隣でメイヤーさんが服を脱ぎ出した。

「メ、メイヤーさん?」
「助けに行く」
「えっ……と、結構距離がありますよ?」

 俺なら身体強化で高速遊泳とか、魔法で海面走行なんかをして行けるけど、彼は今ある肉体能力をまんま駆使して泳いで行くしかない。

「え、ちょっと待って下さい」
「止めるな、大丈夫だこう見えて持久力はある」
「いえ、俺が行きます。俺の方が適任です」

 鍛冶職人とは言え一般人のメイヤーさんに危ない真似はさせられない。それに時間が掛かり過ぎる。
 周囲も俺たちの会話に俄かに陸地での出来事に気付き始めたようだけど、今最も早く助けられるのは俺だろう。師匠を探して頼んでいる暇もなさそうだしな。
 メイヤーさんは俺の提案を最善だと思ったんだろう、年長の者として少し反論したそうにはしたものの、結局は納得の体で肩から力を抜いた。自らの力量を適切に客観的に顧みられる人で良かった。
 俺は安心させるように少しだけ笑みを作ってみせる。

「本当に万一の時は応援に来て下さい。その必要がないよう俺も善処しますけど」
「ああ、わかった」

 メイヤーさんに、彼が脱ぎ捨てた服を拾って手渡してから手摺に飛び乗る。

「あっおいエイド! 準備体操はしっかりと…」
「悠長かっ!」

 そりゃいきなり水に飛び込むのは心臓に悪いけど、思わず突っ込んじゃったよ。

「任せたぞエイド」
「はい」

 俺の実力を知る彼は真面目な面持ちで頷いて信頼の目で見送ってくれる。
 でも思った以上に距離がありそうだなあ。
 ここは飛び込んで極限まで身体能力を強化して泳いでいくか。海面走行よりは早く着くと思う。海中を高速遊泳すると呼吸のための空気供給の魔法も併用しないといけないから結構疲れるけど、何とか間に合わせないといけない。気張っていくぞー!
 一つ大きく深呼吸する。
 全身の筋肉を意識して円滑な動きをイメージし、体の芯から自身の魔力を呼び起こす。

「はあ、こんな時魔法武器があったらひとっ飛びなのに……」

 メイヤーさんには聞こえない小声で独り言ちた。
 それがあれば、直接魔力を流し込んで飛行させられるから、現状で俺の取れる如何なる到達方法よりも早く落水地点に到着できただろう。
 だけど、そんなない物の可能性を論じても意味がない。

 魔法の準備も万端。

 よし行くかあっ!

「――それならこれを使うと良いよ」
「あ、どうも………………――って、はいいいい!?」

 突如横から差し出された物を俺は無意識に受け取ってしまってからハタと気付いて横を見て、素っ頓狂な声を上げた。

 落札品の受け渡しが済んだのか表に上がってきたらしい師匠が俺のすぐ傍に佇んでいる。

 師匠が……っ!

 だあああっこの御方ってばいつの間にこんな近くに来たの!?
 周囲に沢山の小花がぽわぽわ飛んでるし、非常にご機嫌だ。
 因みにこの小花たちは幻術でもなく魔法で出てきた実物で、

『何だかね、気分が頗る良くなると魔法が溢れちゃうのか、勝手に出てきちゃうんだよねえ』

 と、かつて師匠がそんな風に言っていた。
 彼の機嫌のバロメーターの最上部に位置する現象でもある。極々たまに蝶も飛んだっけ。
 ……ああうん、理屈とかを含めて何でって突っ込みたい心をいつも堪えてた。
 そんで以てそんな時は決まって彼の希望通りに物事が運んだ時で…………ってことは、ええと何、今手に持ってる物って、ま・さ・か……。
 焦ってる所に差し出されたから弾みで意図せず受け取っちゃったけど、恐る恐る改めて手元を見下ろせば、そこにはオークションで見た例の謎物体がある。ああ勿論海龍のクソの方じゃない。

 やっぱあの黒いやつじゃねえかよ!

 焦げた角材の化石のようなアレだ。
 しかもいつに間にやら物体の周囲にフジツボのようにこびり付いていた土砂はすっかり取り除かれていて、黒々とした本体だけが俺の手にはある。
 一体何のつもりなんだ?
 俺は断ったし、そもそも当初は弟子にやる気でいたんだろうからそのためにも取っておけばいいのに、不意打ちで俺に渡してくる必要ってあるのか?

「ああもしかして売ってくれる気になったんですか?」
「いいや。売らないけど、それは君の物になる」
「今日会ったばかりのあなたからタダで頂く謂れはありません」

 早く助けに行かないとって内心で焦りはしながらも、それでも意地で物体を突っ返した。手摺に乗った状態の俺と皆と同じく甲板の床上に立つ師匠の身長的に、彼の眼前にグーで握った棒状のそれを突き出す形になる。礼儀に欠けるのは承知だよ。
 けど、師匠は俺の強情を相変わらずの空気読まな~さで払いのけた。

「だったらその謂れができればいいよね」
「……どういう、意味ですか?」

 師匠は長い前髪の奥の両目を細め、満面でにっこりした。

「――君が私の弟子になればいいんだよ」




「は……い?」

 黒く細長い物体を握ったまましばし面喰っていた俺は、物体が何やら小さく振動を始めたのに気付いた。

「うげっ!」

 やられたあああっ!

「まるで歓喜しているみたいだねえ」

 酷く狼狽する俺は、だけど今更もう手を離せないと気付いていた。
 だってこれはそうだ、受け取った時点で詰んでたんだ。師匠の思惑通りだったんだ。放り出した所でもう無駄なんだっ!

 刹那、黒い部分が一欠片一欠片、あたかも見えない手が彫刻でも刻むように剥がれ塵になり、程なく中心に一振りの剣が顕現する。

「はい、確定」

 師匠の弾んだ声を耳に、ハメられて気分の沈む俺は手の中の剣を息を呑んで見下ろした。
 やっぱり、魔法素材じゃなく魔法武器だったんだな。

 しかも形状からして誰が見ても魔法剣だ。

 剣身は海を宿したように透き通る青で、さすがは海から来た物なのか薄ら鱗のような文様が光の加減で浮かんでは消える。どう見ても普通の金属じゃない。
 柄の部分も青く、何か蛇の尾みたいな物が流麗に絡み付くデザインだ。
 錬成素材には蛇が含まれているとか?
 ま、それを調べるのは後回しだな。
 俺は大いに頭を抱えたかった。

 魔法武器のこの手の反応は、よりにもよって人を選ぶ時に起きるやつだ。

 それは光を放出するんだったり熱を放つんだったり、或いは姿形を変えるんだったり声が聞こえるんだったりと物によって様々だ。
 これに関しては、俺の存在に呼応した本体が綺麗な姿で顕現するっていう現象を伴った。黒い焦げのような部分は久しく使用されていなかったこの魔法剣に生じた剣錆のようなものだったんだろう。
 基本魔法剣は魔法剣なだけに普通剣みたいに錆びないけど、こう言った普通剣とは異なる劣化や風化現象が起きる。まあ、この剣みたいに主人が決まれば自ずと回復解消される物がほとんどらしいけどな。
 それでも手入れは普通剣と同じく欠かせない。魔法状態じゃなければ至って普通剣同様の物理攻撃も可能だから、手入れはしないよりした方が切れ味も格段に良くなる。だから俺はかつての相棒剣の手入れを欠かさなかった。
 因みに硬くこびり付いていた土砂は単に久しく海底にあったから付いただけだろう。

 とどのつまり、俺はこの剣に選ばれた。

 師匠が「確定」って言ったのはまさにその通りだったからだな。

 人を選ぶ魔法具はそうじゃない物と違って、主人と認定した正式な所有者以外は使えないようになる。

 何だか忠犬みたいだよな。だからその手の魔法具を魔法狗まほうくと呼んでわかり易く区別したり、時に揶揄を込めたりするようだ。俺は使わないけど。
 ともかく、呼ばれたように感じた俺の感覚は決して間違っていなかったらしい。
 ハハハ、マジか……。

「きっと君にしか懐かないと思っていたからホッとしたよ」

 懐くって微妙な言い方はともかく、確信犯のくせに得意気に頷いてないでくれますかね。いや確信犯だからそうするんだろうけど!
 これが俺を主と認めてくれて嬉しくないわけじゃない。
 だけど、おい師匠っ、こういうやり方は心臓に悪いからやめてくれ。ホント頼むから!

「ああほらほら早く助けに行ってあげないと」
「わかってますよ!」

 本当に切実に、諸々の真意を問い質し文句も言ってやりたいのは山々だったけど、そんな悠長な時間はない。
 師匠からの腹立つ促しもあって救助優先と俺は雑多な思念を追い出して、ええい儘よと剣に自身の魔力を流し込んだ。
 その剣を手から海面へと放ち、俺は俺で手摺上から飛び降りる。

「あっおいエイド!?」

 それまで呆気に取られたようにしていたメイヤーさんが我に返ってか、急いで手摺から身を乗り出し俺を見下ろした。
 海に飛び込んだようにしか見えないだろうし、慌てるのも無理はない。
 だけど、大丈夫だよメイヤーさん。

 魔法剣は海面すれすれに浮いていて、俺は刃を横に平たくしたその剣身の上に難なく降りていた。

 着地の衝撃で剣が海面を叩いて小さく白波を立てた。
 ふう~良かった。かつての相棒剣とほとんど変わらない感じで飛剣魔法が使えて。
 練習もなくいきなりぶっつけ本番だったから、正直ちょっと言うこと聞いてくれるか不安だったんだよな。やっぱ魔法具それぞれとの相性ってあるからさ。

「な、何だ心臓に悪いなあ。浮かすんならそうと前以て言ってくれ」
「あははすみません。それじゃあとりあえず今は行って来ますね。師しょ……名もなき放浪者さんも諸々の話はまた後で!」
「そうだね、行ってらっしゃーい」

 師匠ののほほんとした声の他に、いつの間にか船上からは「頑張れよ」とか「頼んだぞ」なんて岸壁での出来事を把握した他の客たちの声援も聞こえていた。
 皆の存在を忘れてたよ……。
 これで明日にはシーハイの街じゃ俺が魔法剣を操れる事実は周知されているだろうな。
 ああ、変に目立ちたくなかったのに……。でもこればっかりは仕方がないか。
 人生逃げ腰の俺の秘密厳守より、人命救助の方が大事だ。
 秘密が漏れないために普通の少年を装ったまま船から動かず落水者を見捨てるような非情な人間になれれば、希望通りの平穏な暮らしも簡単に手に入れられるのかもしれない。

 だけど、そういうのは嫌だ。

 自分を護るために他者を見殺しにして、そんなんで得た平穏なんて平穏とは言えない。

 ちょっと自分でも面倒な人間だなって思うよ。

 いくら昔とは自分が変わったなんて言って昔の知人たちを避けていても、もう熱血漢じゃないなんて冷めていても、こういう部分は何だかんだで俺の死んでも変えられない性分みたいだ。
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