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5 村長の娘は問題ありっ子

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 そいつは、高価そうな子供用ドレスを身に纏い、アイラ姫よりはやや短い肩甲骨くらいまであるゆるふわとした赤い髪をリボンでハーフアップに結び、アイラ姫よりも青っぽい青緑の瞳を不機嫌に細めていた。

 うわー何でこいつこんな所にいるんだよ。
 王都にある大病院の医者の回診みたいに、いつも使用人たちをぞろぞろ引き連れて我が物顔で村を闊歩している時間帯じゃないっけ?
 俺も何でこんなどうでもいい村長娘情報を知っているんだかな。ああ両親が食事の席でそんな会話をしていたからか。将来はきっと大層な美人さんになるだとか褒めてもいたな。お世辞かと思いきや二人は彼女に対して悪感情を抱いていないんだよこれが。

 外面が良いと言うか、村の大人たちには超猫かぶりなんだよな。

 その将来の性悪ビッチ……おほんおほん気の強い美女の卵の横顔は、何か気に食わない事でもあったのか一人むつけたように下唇を突き出して、木の枝で地面の蟻の巣を突いていじって……というか虐めていた。
 蟻たちよご愁傷様だ……。
 俺も「か弱き者を虐めるなっ!」とか言って小さな命のためと正義感に燃えるような男でもないから窘めたりはしない。まあかつての熱血だった頃の俺ならウザいくらいにそうしていただろうけど、フッ人生三巡目ともなればかなりスれてるぜ……。

 俺は気付かれる前にと気配を忍ばせてそーっと後退しようとした――矢先、向こうがこっちをぐるりと振り向いた。

 ひいっ何今の首の動き! 全くのホラーだよ!
 思わず固まってびっくりドッキリした顔をしていると、そいつは何も俺の気配を察知したわけじゃなかったようで、向こうこそギョッとした顔になった。

「こ、ここで何してるのよ! 驚いたじゃないの!」

 はあ~全く、初っ端から喧嘩腰だよ。

「いやそれは俺の台詞。ノエルこそ一人で何してんの?」
「ちょっと何なの!? どうしてあたしの名前知ってるの? さてはストーカーね! てゆーかあんた誰よ? 顔はどこかで見た記憶があるけど」
「お前と同じロクナ村の住人だよ」

 まっ、今日以降当分は村の住人じゃなくなるけどね。
 両親には、近隣の村から祖母ちゃん家のあるシーハイの街直行の乗り合い馬車に乗ると言って出てきた。
 俺が俺として覚醒してからこっち、何度か一人でそのルートを使って祖母ちゃんの家に行った経験があったおかげか、両親からは特に不審がられず、むしろ行きたいのなら行って来い的に快く送り出してもらえた。祖母ちゃんに宜しくとお手製の木苺ジャムも持たされた。ここらだと今が旬なんだよな。
 時々うっかり両親も知らない薬草の知識なんかを口にして、うちの息子は賢いと思われているのは薄々感じていたし、俺の何気ない身のこなしから逞しさを覚えてもいたのか、両親は割と放任主義だった。そうでなきゃ七歳やそこらの子供を一人で行かせないだろ。道中誰かしら大人が付き添うと思う。

 その点は俺的には助かったからいいとして、大人が付き添っていないって点で現在俺が訝しく感じているのは目の前の相手に対してだ。

 どうして一人でいるのか、そもそも一人にしてもらえるのか、そんな疑問だけが静かに積もっていく。

 俺の胸中を知る由もないだろう相手は僅かに目を眇めると、フンと偉そうに鼻を鳴らした。

「ああそうなの? じゃああたしの下僕じゃないの」
「いやいやいや下僕とか普通に違うからな!」
「どうしてよ? 村の子なら問答無用であたしの臣下、つまりは下僕でしょ」

 うえー何そのうがった論理……。

「悪いことは言わんからそういう性格悪い所は直した方が後々のためだぞ?」
「……ッ、性格が悪いですって!? 何なのあんた最高に失礼な奴ね! お父様に言い付けてやるんだから! どこの家の子なの、名乗りなさい!」
「別に今更だし、俺の素性なんて知らないままでもいいだろ」
「良くないわ!」

 ノエルを見ていたら、ギャンギャン吠える子犬の姿が浮かんで、彼女の頭に垂れた犬耳をくっ付けたのを想像したらこれまた可笑しくなって、俺はついつい噴き出した。

「ちょっと何笑ってるのよ!」
「言い付けるったって、どうせ大人には猫被るくせに? 村長からも特に大人の前では良い子でいろって言われてるんだろ? ああでも村長的な躾けの決まり文句ってだけでお前の本性は知らないのかな」
「なっ……」

 図星だったのかノエルは大きく両目を見開いて絶句した。そういう年相応の顔をしていれば多少はまともに見えていいのに。
 まあかつての親友は彼女の善悪に拘らず包括的に好きになったんだろうけど、いつの世も物好きっているもんだよな……。
 言い返せないからか大層ムッとだけはした直後、彼女が勢いよく立ち上がった。まさか殴りかかってくる?

「さっさとどっか行って!」
「それがさ、俺はこの場所に用があるんだよ。嫌ならお前がどっか行ってくれ」
「何ですって!? あたしが先にここに居たし居るって決めたの! 今日は家に帰りたくない!」
「え、別に家に帰れなんて言ってないし」

 それにそう言う台詞はもっと大人になってから言ってくれ……って、ああ常套句になるんだっけ?

「公共の森なのに先に居たもん勝ちとか、セコいな~お前」
「セコいですって!? 何よ、何よっ、もういいっ!」

 とうとう頭に来て俺を相手にするだけ馬鹿を見るとでも思ったのか、ノエルは木の枝を草地に捨てると踵を返した。

「じゃあなー、気を付けて帰れよー」
「帰らないわよ! 帰るわけないでしょ!」

 帰るわけないって、俺はその理由を知らないんだよ。
 ノエルの方も自分の感情で一杯一杯だったのか、それ以上は何も言わずに去って行く。
 今にも地団駄を踏み出しそうな小さな背中は悔しげで、家で何かがあったのは間違いなさそうだった。

「さてと、俺は俺で早い所薬草を摘むかな」

 勿論、馬車の時間に遅れると半日待たないといけないから長居はしない。
 そんなわけで、雑草の中から手早く薬草を見分けて採取していると、ややあってじっとりとした視線を感じた。
 うわーわかり易い気配。

「……何だよノエル。まだ何か用か?」

 俺が背中を向けたまま問い掛ければ、茂みの向こうからこっちを覗き見していたノエルが息を呑んだ音が聞こえた。森は案外静かだからな。
 渋々と茂みを回って出てきたその顔には、まさか背中に目が付いているのって驚きと、もう一方ではバレて気に食わないって言葉がでかでかと書いてある。
 だけど彼女はその屈辱にも似た感情をぶつけはせずに、俺の手元を凝視した。

「あんた、その草を食べるの? そこまであんたの家は貧しいの?」
「山菜なら喜んで採って美味しく頂くけど、これは薬草だよ。んーまあ食べるって括りに入れても間違いじゃないから最初の問いの答えはイエスだ。でもうちはお前の言う程貧しくはないから、そっちの答えはノーだな」
「薬草なのそれ? あはっ嘘でしょ? 適当に雑草を採って薬草屋さんごっこしてるだけよね」
「何でごっこをせにゃならん。正真正銘の薬草だよ。疑うなら沢山生えてるし一つやるよ。村長にでも持って帰って訊いてみろ」

 村長って言葉の所で、ノエルは急に顔色を変えた。

 薬草を差し出した俺の手を乱暴に払って薬草を草地に落とす。

「持って帰らないっ」

 頑なに声を大きく張って、眉も目も頬も口も絶えずわなわなうにうにと動かして両手を握り締めた。

 ハー……この薬草一つで俺の馬車の片道代くらいにはなるってのに。価値を知らないだろうとは言え、謝りもしないのは全くノエルらしいね。やれやれと嘆息しつつゆっくりと身を屈めて薬草を拾うと収納袋に仕舞った。収納袋って言っても英雄人生で使っていたような空間収納の可能な魔法袋じゃない、極々普通の布袋だ。

「いらないならいいよ。後はどっか行くなりここに居るなりお前の好きにすれば。何があったとは訊かないから安心してくれ」

 もう少し欲しいと思い、俺はもうノエルには構わないで採取を再開した。

「何よそれ……下僕の分際で」

 まだ言うかい。けど無視だ無視。
 ノエルは無反応の俺を見て更に「つまんない奴」と不満そうに口を尖らせたけど、俺が継続して完全シカトをこいていると、それ以降は何も言わずしゃがみ込んでただ俺を睨んでいた。
 やっぱり帰る気はなさそうだ。
 それもどうでもいいかと思って黙々と手を動かしていると、暫しして「あのね」とポツリとした声が聞こえた。
 ノエルだ。

「昨日、うちに変な一行が泊まったのよ」

 何も訊いていないのに話し出したよオイ。これはあれか? 普段関係ない相手だからこそ身の上話、人生相談ができるってやつか?
 まあ何でもいいけど、聞くしかなさそうだ。
 内心嘆息する俺は手を止めず背を向けたまま問いかけてやる。

「……変な一行って?」

 それは紛れもなくアイラ姫ご一行だろうな。
 巷の男たちはもれなく自分に気があると思っていた逆行前二回のノエルの片鱗か、俺が興味を示したと思って気分が上昇したのか声にいつもの張りが戻る。

「ムカつく二人の女と、良い子ぶりっ子の生けかない子供よ!」

 ハハハお前も十分に子供の範疇はんちゅうだけどな。
 年齢的にもアイラ姫と変わらないし。

 こいつは学年で言えば俺たちの一個下だ。

「生け簀かないって……何かトラブルがあったのか?」

 アイラ姫は良い子だし、侍女たちだって礼儀は弁えているはずだ。彼女らのどこが生け簀かないんだよ。
 訊いてしまってから、あ、俺に関係ないって怒鳴られるかもって思ったものの、やっぱり俺が靡いたとでも思ったのかもな。への字口をしていたノエルは訴えてきた。

「あの子、食事の席でもお父様からあたしより優先されてたのよ! きっとお父様はあたしより可愛いって思ってるんだわ!」
「……は?」

 思わずアホらし過ぎて振り返ったら、うるうると、ノエルはノエルらしくなく涙を浮かべていた。
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