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第二部
82 親子喧嘩は洞窟で2
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「どうしてここに?」
マルスが声を低めて意図を問えば、たぶん彼のお父さん――親父殿でいいわよね――は嘲弄のようなものを浮かべた。
「どうしてはこっちの台詞だ。余所者を匿ってどうしてオレにバレてないと思ってるんだ? お前ここ数日ちょくちょく出掛けるし食事も一人で食べるとか言って消えるし、日中一人で密かに木の実や小動物を獲って食ってただろ。最初のうちは嗚呼オレの息子も反抗期かあ成長したなあ~って感慨深く思ってた親心をどうしてくれる」
「「……」」
最後の台詞で多少緊張感が薄れた所でマルスが面白くもなさそうな声を出す。
「見られてたのか」
「仲間がな。で、報告をくれた。お前成長期だしいつもの量で足りないのかと思ったがどうやら違ったんだな。自分の分をその嬢ちゃんにやってたからその埋め合わせだったのか。ま、オレとしちゃあうちの息子も思春期青春真っ盛りだぜ~って感激も実はある」
「マルスあなた……! 人に食べろって言っておいてそっちこそ体力落ちちゃうじゃない!」
それなのに残したりして、私最低だわ。
「山で獲ったので十分満たされたから、問題ない」
「ホントに? 空腹なのを無理して言ってるんじゃない?」
「ハハハオレの感動は丸無視かよ。ところでわかっているのか? 余所者を見つけた際の報告義務を怠れば掟破りで袋叩きの厳罰だぞ」
え……?
厳罰って口にした親父殿の目には真剣で鋭い眼光が宿っている。
仲間の奥さんとか恋人に手を出したら掟破りっては聞いたけど、それもなの?
なのに見ず知らずの私を匿ってくれてたの?
私はそんな事も露知らず見つかったら危険だわって自分の事だけで、彼の立場が追い込まれているなんて考えもしなかった。
「わかってる」
マルスは淡々として見えるけど、内心では焦っていたりするのかもしれない。
「ごめんマルス! 私のせいだわ。彼は悪くないんですって言うか、そもそも人助けをして厳罰なんておかしいですよ!」
「これはうちの掟だ。嬢ちゃんは山賊に正義や善を求めるのか?」
「求めます。身分や職業が何であれ誰であれ、善行を罰せられるのは間違っています」
「ハハハ言うなあ。そういう気の強い女は嫌いじゃないぜ?」
親父殿はワイルドにニヤリとした。
そのひたと据えられ品定めするような眼差しに日記を抱えた腕が僅かに強張った。でも、ここで引き下がってなるものか、よ。
「マルスに罰を与えるなら、こっちだって徹底抗戦の構えだわ」
「おいあんた、僕の心配はいいから、それよりもここから逃げて自分を護ることだけを考えろ」
「でもっ」
下手な寸劇でも見ているように親父殿が不穏に両目を細めた。
「その嬢ちゃんを逃がすつもりはねえぞ。アジトの場所がバレても困るんでな。どっか遠い街の娼館にでも売っ払えば良い金になるだろ。嬢ちゃんをこっちに渡すってんなら、オレも可愛い息子を害したくはない、親子の情に免じてお前の罰はなしだ。仲間に知られればここの秩序の維持と首領としての面子もあって罰しないわけにはいかなくなる。だからその前に嬢ちゃんを渡すんだ」
そんな、このままじゃ私売り飛ばされちゃう!?
マルスだって最終的には今の提案を呑むと思う。だって掟を破ってまで私を庇う義理はないもの。
彼が拳を握るのがわかった。
「彼女は、体調が戻ればすぐに解放する。――親父殿でも仲間の誰でも彼女に危害を加えるのは許さない」
「えっマルス!?」
「本気で言ってるのか?」
マルスはゆっくり首肯すると、手を自らの腰にやった。
ちょっとちょっとちょっとマルスってば短剣抜いちゃったけどおっ!?
「ほお。やる気か?」
「マルス! あなたこそ自分の心配しなさいよ! 私のことは私が自分で何とかするから大丈夫!」
やる気を取り戻した私だもの魔法を使ってでも切り抜けてやるわ。
「あんたのその体たらくで言われても説得力がない」
まだまだ本調子じゃない私を肩越しに一瞥したマルスはどこか呆れたようだった。
ええはい言葉もございません。
「親父殿、このまま何も見なかったことにして寝所に戻る気は?」
「ねえよ。どうしてそこまでして彼女を護る? ここでやり合っても実力ではオレに勝てないのはわかってるだろ」
「……」
「ふはっ、やってみないとわからないって面だな」
半分笑って、頑固な息子に親父殿はさすがに眉根を寄せた。
「解せない。もしかして嬢ちゃんとは以前どっかで知り合った仲なのか?」
マルスはふるふると否定に首を振った。
「ならいわば見ず知らずの女だろう? お前自身を危険に晒してまで護る価値があるのか? 惚れたのか?」
またも横に振る。
何だ違うのかと親父殿はどこか残念そうにカリカリとこめかみを掻いた。
「こっちは丸く収めてやるって言ってるんだ。連れていかないからお前の女ってことにしておけ。それなら掟に反しないし、誰も手は出さない」
「彼女には彼女の事情がある」
「掟破りで処罰されてもいいのか?」
「彼女が去った後に甘んじて受ける」
親父殿がはあ、と嘆息した。
「もういい、嬢ちゃんは力ずくで連れていく」
無言で殺気立ち私を護るようにマルスが短剣を構えれば、今度こそ親父殿が腰から長剣を抜いた。息子を見る目が険を帯びる。
どっ、どうしよう一触即発!
あわあわしているうちにマルスは擦り足で動きを見せ、素早く踏み込んだ。
両者の武器の打ち合った音が洞窟内に高く上がる。
「……マルス、本気なんだな? 本当に大怪我しても知らねえぞ?」
「二人共止めて! 冷静に!」
お願い私のために争わないで……って言ってみたかったけど、そんなふざける空気じゃないのは一目瞭然なので我慢した。
親父殿からは二合三合と打ち合う中でも余裕さが見て取れる。武器の違いによる間合いの違いもあってか、体の動きは悪くないけどマルスは終始押され気味。
大きく腕を振った親父殿の攻撃に飛ばされてマルスはしたたかに地面に背中を打ち付ける。一瞬詰まった息と咳が聞こえた。
「マルス!」
駆け寄って助け起こすと、私の視界に剣の切っ先がぬっと割って入った。
「諦めろマルス」
「……」
マルスは答えず剣先を押し退けて立ち上がって、また短剣を構え直す。
「ほう、まだやるか」
「最初は僕も助けるつもりはなかった。……殺そうとした」
「何だと?」
えええそうだったの!? やっぱり夜中短剣を手にベッド脇に立ってたのってそのつもりだったんだ。正直な告白には私も驚いて息を呑む。
「でもあいつが命を賭して護った人間だから……助けた」
あいつ……?
「親父殿でも、退かない」
静かに闘志を燃やすマルスに親父殿は表情を消す。
刹那、長剣を目にも止まらぬ早さで横薙ぎにし私は悲鳴を凍り付かせた。
一瞬本気でマルスの首が飛んだかと思った。
でも、飛んでいなかった。
薄皮一枚の所で彼の剣は止まっている。
マルスも息を詰まらせ瞠目し、ゴクリと咽を上下させ唇を微かに震わせた。
「死を近くに感じたか? その覚悟でオレに立ち向かって来たんだろう? あ?」
冷然とした眼差しには優しさの欠片もない。
彼が無慈悲な山賊なんだって実感した。
無意識に止めていたらしい息をはっと短く吐き出したマルスが、眼差しを強くした。
「それでも、僕は護る」
親父殿は無機質な目で彼を見下ろしたまま表情に一切の揺るぎはない。
このままじゃマルスが本当に殺されちゃう。
「あのっ私っ」
親父殿と一緒に行くって言うつもりだった。
だけど、意外にも彼は剣を鞘に収めた。
「お前の言ったあいつって言うのは?」
「……母上の言う所の、風の子」
「あの時のよくわからない遺言のやつか」
親父殿は一瞬心が痛んだような顔になった。そうすれば人間らしさが垣間見える。
遺言……つまりマルスのお母さんはもう亡くなっているのね。
親父殿は「はあ~~~~」と長い長い息をついた。
「マルス、お前その嬢ちゃんを連れてここを出てけ」
え……?
思いもかけない台詞に私もマルスも呆気に取られた。
マルスが声を低めて意図を問えば、たぶん彼のお父さん――親父殿でいいわよね――は嘲弄のようなものを浮かべた。
「どうしてはこっちの台詞だ。余所者を匿ってどうしてオレにバレてないと思ってるんだ? お前ここ数日ちょくちょく出掛けるし食事も一人で食べるとか言って消えるし、日中一人で密かに木の実や小動物を獲って食ってただろ。最初のうちは嗚呼オレの息子も反抗期かあ成長したなあ~って感慨深く思ってた親心をどうしてくれる」
「「……」」
最後の台詞で多少緊張感が薄れた所でマルスが面白くもなさそうな声を出す。
「見られてたのか」
「仲間がな。で、報告をくれた。お前成長期だしいつもの量で足りないのかと思ったがどうやら違ったんだな。自分の分をその嬢ちゃんにやってたからその埋め合わせだったのか。ま、オレとしちゃあうちの息子も思春期青春真っ盛りだぜ~って感激も実はある」
「マルスあなた……! 人に食べろって言っておいてそっちこそ体力落ちちゃうじゃない!」
それなのに残したりして、私最低だわ。
「山で獲ったので十分満たされたから、問題ない」
「ホントに? 空腹なのを無理して言ってるんじゃない?」
「ハハハオレの感動は丸無視かよ。ところでわかっているのか? 余所者を見つけた際の報告義務を怠れば掟破りで袋叩きの厳罰だぞ」
え……?
厳罰って口にした親父殿の目には真剣で鋭い眼光が宿っている。
仲間の奥さんとか恋人に手を出したら掟破りっては聞いたけど、それもなの?
なのに見ず知らずの私を匿ってくれてたの?
私はそんな事も露知らず見つかったら危険だわって自分の事だけで、彼の立場が追い込まれているなんて考えもしなかった。
「わかってる」
マルスは淡々として見えるけど、内心では焦っていたりするのかもしれない。
「ごめんマルス! 私のせいだわ。彼は悪くないんですって言うか、そもそも人助けをして厳罰なんておかしいですよ!」
「これはうちの掟だ。嬢ちゃんは山賊に正義や善を求めるのか?」
「求めます。身分や職業が何であれ誰であれ、善行を罰せられるのは間違っています」
「ハハハ言うなあ。そういう気の強い女は嫌いじゃないぜ?」
親父殿はワイルドにニヤリとした。
そのひたと据えられ品定めするような眼差しに日記を抱えた腕が僅かに強張った。でも、ここで引き下がってなるものか、よ。
「マルスに罰を与えるなら、こっちだって徹底抗戦の構えだわ」
「おいあんた、僕の心配はいいから、それよりもここから逃げて自分を護ることだけを考えろ」
「でもっ」
下手な寸劇でも見ているように親父殿が不穏に両目を細めた。
「その嬢ちゃんを逃がすつもりはねえぞ。アジトの場所がバレても困るんでな。どっか遠い街の娼館にでも売っ払えば良い金になるだろ。嬢ちゃんをこっちに渡すってんなら、オレも可愛い息子を害したくはない、親子の情に免じてお前の罰はなしだ。仲間に知られればここの秩序の維持と首領としての面子もあって罰しないわけにはいかなくなる。だからその前に嬢ちゃんを渡すんだ」
そんな、このままじゃ私売り飛ばされちゃう!?
マルスだって最終的には今の提案を呑むと思う。だって掟を破ってまで私を庇う義理はないもの。
彼が拳を握るのがわかった。
「彼女は、体調が戻ればすぐに解放する。――親父殿でも仲間の誰でも彼女に危害を加えるのは許さない」
「えっマルス!?」
「本気で言ってるのか?」
マルスはゆっくり首肯すると、手を自らの腰にやった。
ちょっとちょっとちょっとマルスってば短剣抜いちゃったけどおっ!?
「ほお。やる気か?」
「マルス! あなたこそ自分の心配しなさいよ! 私のことは私が自分で何とかするから大丈夫!」
やる気を取り戻した私だもの魔法を使ってでも切り抜けてやるわ。
「あんたのその体たらくで言われても説得力がない」
まだまだ本調子じゃない私を肩越しに一瞥したマルスはどこか呆れたようだった。
ええはい言葉もございません。
「親父殿、このまま何も見なかったことにして寝所に戻る気は?」
「ねえよ。どうしてそこまでして彼女を護る? ここでやり合っても実力ではオレに勝てないのはわかってるだろ」
「……」
「ふはっ、やってみないとわからないって面だな」
半分笑って、頑固な息子に親父殿はさすがに眉根を寄せた。
「解せない。もしかして嬢ちゃんとは以前どっかで知り合った仲なのか?」
マルスはふるふると否定に首を振った。
「ならいわば見ず知らずの女だろう? お前自身を危険に晒してまで護る価値があるのか? 惚れたのか?」
またも横に振る。
何だ違うのかと親父殿はどこか残念そうにカリカリとこめかみを掻いた。
「こっちは丸く収めてやるって言ってるんだ。連れていかないからお前の女ってことにしておけ。それなら掟に反しないし、誰も手は出さない」
「彼女には彼女の事情がある」
「掟破りで処罰されてもいいのか?」
「彼女が去った後に甘んじて受ける」
親父殿がはあ、と嘆息した。
「もういい、嬢ちゃんは力ずくで連れていく」
無言で殺気立ち私を護るようにマルスが短剣を構えれば、今度こそ親父殿が腰から長剣を抜いた。息子を見る目が険を帯びる。
どっ、どうしよう一触即発!
あわあわしているうちにマルスは擦り足で動きを見せ、素早く踏み込んだ。
両者の武器の打ち合った音が洞窟内に高く上がる。
「……マルス、本気なんだな? 本当に大怪我しても知らねえぞ?」
「二人共止めて! 冷静に!」
お願い私のために争わないで……って言ってみたかったけど、そんなふざける空気じゃないのは一目瞭然なので我慢した。
親父殿からは二合三合と打ち合う中でも余裕さが見て取れる。武器の違いによる間合いの違いもあってか、体の動きは悪くないけどマルスは終始押され気味。
大きく腕を振った親父殿の攻撃に飛ばされてマルスはしたたかに地面に背中を打ち付ける。一瞬詰まった息と咳が聞こえた。
「マルス!」
駆け寄って助け起こすと、私の視界に剣の切っ先がぬっと割って入った。
「諦めろマルス」
「……」
マルスは答えず剣先を押し退けて立ち上がって、また短剣を構え直す。
「ほう、まだやるか」
「最初は僕も助けるつもりはなかった。……殺そうとした」
「何だと?」
えええそうだったの!? やっぱり夜中短剣を手にベッド脇に立ってたのってそのつもりだったんだ。正直な告白には私も驚いて息を呑む。
「でもあいつが命を賭して護った人間だから……助けた」
あいつ……?
「親父殿でも、退かない」
静かに闘志を燃やすマルスに親父殿は表情を消す。
刹那、長剣を目にも止まらぬ早さで横薙ぎにし私は悲鳴を凍り付かせた。
一瞬本気でマルスの首が飛んだかと思った。
でも、飛んでいなかった。
薄皮一枚の所で彼の剣は止まっている。
マルスも息を詰まらせ瞠目し、ゴクリと咽を上下させ唇を微かに震わせた。
「死を近くに感じたか? その覚悟でオレに立ち向かって来たんだろう? あ?」
冷然とした眼差しには優しさの欠片もない。
彼が無慈悲な山賊なんだって実感した。
無意識に止めていたらしい息をはっと短く吐き出したマルスが、眼差しを強くした。
「それでも、僕は護る」
親父殿は無機質な目で彼を見下ろしたまま表情に一切の揺るぎはない。
このままじゃマルスが本当に殺されちゃう。
「あのっ私っ」
親父殿と一緒に行くって言うつもりだった。
だけど、意外にも彼は剣を鞘に収めた。
「お前の言ったあいつって言うのは?」
「……母上の言う所の、風の子」
「あの時のよくわからない遺言のやつか」
親父殿は一瞬心が痛んだような顔になった。そうすれば人間らしさが垣間見える。
遺言……つまりマルスのお母さんはもう亡くなっているのね。
親父殿は「はあ~~~~」と長い長い息をついた。
「マルス、お前その嬢ちゃんを連れてここを出てけ」
え……?
思いもかけない台詞に私もマルスも呆気に取られた。
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