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第一部

0 プロローグ 半グレ転生王子は溺愛したい

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 異世界に転生して早十七年。

 彼――ウィリアムはこの世界が大嫌いだった。

 中世から近世の西洋世界のような生活様式は、現代日本人だった彼にとっては大抵が退屈なのだ。
 だから、前世の成人男性の記憶を有したまま裕福な家の息子に生まれ付くという幸運も大して幸運とは思わなかった。

 唯一の退屈凌ぎと言えば、魔法の造詣を深める事だ。

 この異世界は何と魔法が存在するのだ。

 故に彼は赤子の頃からこの世界のあれこれを学び、魔法を使える体質だったが故に密かに魔法力を鍛えた。
 密かにというのは、魔法を使えると知られれば周囲から注目されたりと色々と面倒だったからだ。

 その慎重さが功を奏し、今の所まだ彼が魔法使いだという秘密は周囲にバレてはいなかった。

 しかし彼の思惑とは裏腹に、彼のその大人びて沈着な性格、明晰な頭脳、恵まれた容姿とが相まって「完璧王子」なんて呼ばれるようにもなった。

 王子なんて呼称が付くのは、彼が真実王家の縁戚であり正真正銘王位継承権を持っているからで、子の居ない現国王の後を継ぐ可能性を有しているためだ。
 ただしその後継候補者は両手の指では収まり切れず、ウィリアムの継承順位は低い。
 彼としてはそれで良かったが。
 水面下で腹を探り合う面倒な後継争いや、そもそも国の統治など真っ平御免だったのだ。

 他方、女性関係も派手と言えばそうだった。

 十歳の頃には既に、王国の三大公爵家と言われる実家マクガフィン家の家柄と財力、プラチナブロンドを閃かせ青灰の瞳でひと度微笑めば天使とさえ言われる麗しく整った姿形、そして子供らしからぬ強かさで年上たちを手玉に取っていたと言って良い。後腐れのないような相手を選んでもいたので、そこに別段良心の呵責もなかった。

 優しく温厚な性質と言われた前世と比べると、別人レベルで淡白になったものだと彼自身そう思っている。

 そしてこれも淡白の極みなのか、自分に懸想するどこぞの伯爵令嬢にまんまと薬を盛られてベッドインし、たとえ気付けば隣でその令嬢が死んでいようと、然して焦りもしなかった。

 どうせなるようにしかならない。

 冷淡に生きてきたようでいて、彼はその実冷淡というよりも投げやりだった。

 何故か?

 この世界には恋しい愛しい「彼女」がいないからだ。

 もう絶対に会えないからだ。
 転生して早十七年。
 そんなにも経つのに彼女への想いは全く薄れない。

 ごめん悪かった愛してると囁いて、拒まれても縋りついて、きつく抱きしめられたらどんなにいいだろう。

 ここに居るのが彼女だったなら今度こそ放さないのに。

 そんな叶わぬ夢を何度も何度も何度も見た。
 彼女が居なければどんな極楽世界も灰色。
 だから彼はこの異世界での自分の人生に未だ価値を見出せない。

 故に、この苦くて甘い静かな夜夜中、さて明朝どうなるか、もしかしたら投獄かと何の感慨も危機感もなく思うのだ。

 現在彼の横で、伯爵令嬢は確かに死んでいた。

 呼吸や脈の有無も彼自ら確認した。
 しかし、この魔法の世界は奇跡も起きるのか、彼が無感動な目で見ている前で、しばらく止まっていた呼吸がいきなり再開したではないか。

「な……に?」

 本当に完全に彼女は死んでいたので、大きく目を瞠る彼は彼には珍しく動揺を来した。
 そんな胸中など露知らず、息を吹き返した少女は死んでいたのを忘れたように寝ぼけて彼に頭を擦り寄せてくると、甘えるように抱き付いてかぷりと首筋に噛み付いた。

「――ッ」

 少々痛かったのは気にならなかったが、この時彼は本気で固まってしまった。
 想起させられたのだ、前世の恋人を。
 今のは三年も付き合った彼女が寝ぼけた時によくする癖と全く一緒だった。

 ――あおい、とそう自分を呼ぶ声が耳奥に甦る。

美琴みこと……」

 無意識に彼は恋人の名を呼んでいた。
 正確には元恋人の。彼女とは、死んで異世界転生する直前に別れていたから。
 今までこの世界の誰かに特別興味を持った事も、ましてやドキリとした事もない。
 しかし、今彼の胸は紛れもなく大きく乱されていた。

「くそ、これも媚薬のせいか……?」

 或いは、忘れ得ぬの恋人と同じような真似を不意にされたせいだ。
 彼はそう結論付け、しかしどうしてか自身の首に腕を絡ませて離れてくれない少女を引っぺがす気にもなれず、そのままに目を閉じる。
 しかし中々寝付けずちょっと憎々し気に少女を見やった。改めて寝顔だけを見れば人に薬を盛るような悪女などには見えない可憐な少女だ。

「まあ、死んでいるよりはマシか」

 そう思って彼はまた目を閉じる。

「にゃふふ……」
「……変な寝ぼけ笑いまで一緒とか、何なんだ」

 彼とこの少女は本来こんな行為を許されない間柄だ。
 露見すれば非難は必至。
 しかし彼は明朝本当にどうとでもなれと思う。

 先までにはなかったこの少女への好奇を伴って。

 今はまだ、ほんの一欠片の……。
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