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第一章 仲間とスライム

8新たな仲間はワケあり令嬢

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 ジャックの欲望いやいや機転によって、ミルカが加わる運びとなった僕達の冒険旅。
 彼女は早速レンタル魔法杖を右手に持ったり左手に持ったりと、握りや指馴染みを確かめていた。
 僕達の手にあった時より杖も何だか生き生きとして見える……のは気のせいだね、うん。ただの木棒切れ……。

 だいぶ軽くなった荷物鞄を背に質屋を出た僕とジャック。勿論ミルカも一緒だ。

 訊けば、彼女も同じ宿の、しかも向かいの部屋に泊まってるんだって。

 ……ハハハ、道中周囲からの人の目に無頓着過ぎたかも。何があるかわからないのが冒険だ。危険はいつもすぐそこにってね。まあ教訓を得られたって事で、ちょっと正直背骨までブルッたミルカへのある種の恐怖は水に流そう。きっとそれだけ魔法杖が欲しかったんだよね。
 僕達はミルカを真ん中にして歩いた。
 綺麗に整備されているルルの街路は基本車道も歩道も広く、三人横に広がっても余裕がある。

「ええと、改めまして、あたしはミルカ・ブルーハワイ。十六歳。魔法特化系よ」

 彼女は必要だと思ったのかより詳しく自らの素性を名乗った。
 いやー何ともかき氷っぽい家名がきたね。毒々しいくらいに青いシロップのやつ。
 十六歳って事は僕より一つ下か。
 この旅の間に僕は十七歳になっていた。ジャックはまだ誕生日が来てないからまだ十六。ついでに言えばリリーもまだ十六。

「ん? ブルーハワイって……ミルカは貴族なの?」
「アル、知ってるのか?」
「うん、王都の名門貴族だよ。代々優秀な魔法使いを輩出している魔法一族だったかな。王国騎士団の中にもブルーハワイ姓は結構多いって聞くよ」
「うちが名門かどうかは置いておくとして、当たり。あたしが貴族出身なのは確かだわ」
「へえ、ミルカっていいとこのお嬢様ってわけか」

 ジャックが感心すると、彼女は自嘲とも取れる表情で首を横に振る。

「でも、今はただのミルカよ」

 数秒、沈黙が落ちた。
 何か事情がありそうだけど、会って早々だし立ち入るのは無神経かな。向こうだって話したくないかもしれない。
 デリカシー無い系ジャックもさすがにそこは弁えてなのか無理に訊ねたりはしなかった。

「――親に、会った事もない貴族の息子との婚約を強要されて嫌で出て来たの。それで、どうせなら魔法得意だし、腕を上げるためにも冒険者として修行しようと思って。それで試験を受けて正式な魔法使いの資格を取りたいの。魔物も狩れるから皆のためにもなるしちょうどいいかなって」

 あー何だ気遣いは不要だった。
 でもミルカ、君はそんな平然としてるけど、それって後々揉め事になるんじゃないのかなあ。名門貴族の子女の婚約や婚姻ともなれば当人同士のというより、家同士の政治的な繋がりや利権が絡んだ契約に近いところがあるからさ。王都の貴族達なんてその最たるものだ。
 僕は密かに懸念したものの敢えて触れはしなかった。
 彼女だってしっかりした淑女教育を受けているだろうし、そういう小さい頃から自然と身に付く階級事情を知らないわけがない。
 彼女も彼女なりによくよく考えての行動なんだろう。……たぶん。
 まあ僕も人の事は言えないか。
 家を継ぐという点では、僕にもそのいつかが訪れる。
 王都みたいに体面重視で財力や家柄優先のぎちぎちの婚姻はないとは思うけどさ。できれば好きな子と結婚したいなあ。
 とりあえずは、今はまだ何も急っ突いてこない寛大な両親や祖父母に感謝かな。

「大胆だな。それって家出だろ? 親御さんが心配して捜してるんじゃないのか?」
「それはないと思う」
「何で言い切れるんだよ?」

 彼女は瞼を半分落とし暗い目で感情のない笑みを浮かべた。

「――あたしが一族きっての落ちこぼれだから」

 え、マジかー。思っていたより厳しい身の上話だったー。
 自らの身の上を大雑把に説明してくれたお嬢様は、押し黙ってしまった僕達に気付いて気まずそうな苦笑を見せると、次には思考を切り替えるように一つ深呼吸をして、僕に好奇心と名の付いた双眸を向けて来た。

「ねえ、アルも貴族でしょ?」

 僕もジャックもちょっと驚いて瞬いた。

「そうだけど、家名まだ名乗ってないのに何でわかったの?」
「だってアルってまんま貴族の家の子です~って感じだもの。さらさらの金髪に綺麗な顔立ちに、瞳の色は初めて見る感じだけど、背もスッとしてて細身だし。でも王都の鼻持ちならない連中と違って威張り腐ってないし気取ってないし気さくな感じでいいよね」
「はは、どうも。それは僕が田舎育ちで、貴族社会での足の引っ張り合いを知らないからだと思うよ。距離的な遠さもあったし、社交界にはほとんど顔出してないからね」
「あんな所無理して顔なんて出さなくて正解よ」

 嫌な思い出があるんだろう、ミルカはフンと鼻息を荒くして一人歩速を上げる。
 社交界なんて、小さい頃にうちのじーさんに連れられて王宮の夜会に行ったくらいしか記憶にはないなあ。しかも一度だけ。

「あ、そうだ。僕達ダークトレントの討伐クエスト受けてて、この足でアイテム買い揃えに行こうと思ってるんだけど、ミルカはどうする? 宿に戻ってる?」
「ダークトレントの討伐? そっか、もうクエスト受けてたんだ……」

 少し先を行く華奢な背中は、やや考えるようにした。

「いや無理にってわけじゃなくて、ミルカはミルカの都合もあるだろうし別行動でも全然いいよ」
「……そう? なら私もこの街で色々行ってみたいお店があるから今日は別行動でお願いするわ。討伐にはいつ行くの? それには勿論同行する」
「予定は決めてないけど七日って期限もあるからなるべく早く向かおうとは思ってる。早くこなせればその方がいいんだ。ここに居る間はクエストの数をこなしたいからさ。明日には出発かな。ねえジャック」
「ああ、俺もそう思ってた」

 さすが気の合う幼馴染み。

「行けそうミルカ?」
「うん大丈夫」
「良かった。じゃあ今日はこのまま別行動ってことで、夕食時に宿の食堂集合にしようか。食べながら打ち合わせしようよ」
「それは構わないけど……自炊じゃなくていいの? 道中も随分節約してたよね」
「「……」」

 ああ、そんなところまでホントによく見られてたねー、僕達さー……はははは背筋にくる~。これからは真面目にガードを上げようって心した。

「だ、大丈夫。ミルカの加入祝いの会食って意味もあるし、今夜は外食万歳だよ!」

 平静を装って強がる僕の肩にジャックが手を置いて頷いてくれる。彼も少し顔色が悪い。

「そうだな。食った分クエストこなせば問題ないし」
「そうなの? でもあたしのための会食って……嬉しいけど気を遣わなくていいのよ」
「気を遣うわけじゃなくて、僕達ちょうど治癒魔法を使える仲間を探してたから、本当に心から歓迎してるんだよ。だからその喜びも兼ねてのこれから宜しく頑張ろう会なんだから、ミルカこそ遠慮なんてしないでよ」
「……そ、そっか」

 ミルカは少し自身の感情を抑えたように小さくはにかんだまま、手持無沙汰そうに杖を右に左に握り替えていた。
 彼女は素直に照れや嬉しさを表に出さないタイプなんだろうか。
 家出したり僕達を尾行するくらい積極的な割に、変な所で控えめなのかも。

「じゃあそういうことだし、ミルカ、夜にね」
「後でなー、ミルカ」
「え……あ……」

 僕はジャックと頷き合ってミルカに背を向けた。

「ジャック、どこの店から行こうか?」
「んーまずは回復アイテムだよな。ミルカがいるっつっても必須の常備品だろ」
「そうだね」
「ちょ、ちょっと待って!」

 ミルカの声がして、僕もジャックも「ん?」と足を止め振り返る。
 彼女は少し慌てた様子で追いかけて来た。
 何だろう、言い忘れかな?
 黙って先を促す僕達に呆れたような怒ったような顔を向けて来る。

「二人共そんなんじゃ騙されるわよ!?」
「? 騙されるって、誰に?」
「なあ?」

 不思議に思ってジャックと同意し合えば、ミルカは逆に動揺したようで、信じられないと言った面持ちになった。

「だって、だってよ? こんな伝説級の杖を預けたまんま別行動なんて、私が盗人だったら今頃しめしめってわらってトンズラよ!」
「ああ、そういうこと」
「何だそんなことか」

 思わず笑いそうになった。
 ミルカは変な子だけど、とてもいい子らしい。

「え、ええ……? 何でそんなに平然としてるの?」
「何でって、ねえ?」
「ああ、別になー」

「「ミルカは持ち逃げなんてしないでしょ(だろ)」」

 思ってもみなかった言葉だったのか、彼女は絶句した。

 暫し経って、はたと我に返った彼女は探るような目になる。

「……何で、そう言い切れるの?」
「え? 仲間だからでしょ」
「それだけ?」
「うん。あ、でも今その確信は強くなったかな。本当に君が悪人ならこんな忠告してくれるはずないんだしね」

 家出なんてしてどんな破天荒なお嬢様かと思いきや、案外根にはしっかりとした誠実さと優しさを兼ね備えている。
 育ちの良さ以前の彼女の本質なんだろう。

「……あ、後付けじゃないそんなの」

 ミルカは拗ねるともいじけるとも違う不服げな表情を隠すように俯いた。
 僕の方が背は高いから下りた前髪の奥の目元は見えないけど、辛うじて唇を引き結んだのは見えた。
 何が彼女の中で引っかかっているのかはわからない。けど僕は苦笑を浮かべおどけるようにする。

「どうせ元手はタダ。最悪誰かに盗まれたとしても、懐はぜ~んぜん痛まないんだよね~」
「えっタダ!?」

 僕の言葉にジャックもにんまりする。

「ああ。この前クエストこなした村で、報酬以外にその杖をくれたんだよな」
「僕らには扱えないから無用の長物だし、とにかく心配はしてないからミルカが自由に使ってよ。ね、ジャック」
「ああ。杖だって必要としている奴の手にあった方が幸せだもんな」
「だっだからぁ~そんな風にすぐに人を信じたら痛い目に遭うって言ってるの。信じるのはそっちの勝手だけど、あたしだっていつこの杖持っていなくなるかわからないのよ?」

 警戒心がなさ過ぎると腹立ちを滲ませるミルカの口調が少しきつくなった。
 声の大きさと立ち止まっているせいもあり、僕達三人はさすがに目立って往来の注目を浴びている。
 きっと僕達のためを思って腹を立ててくれてるんだろうけど、ここらで一度話を切り上げないと、とそう思った時だった。

「――もらったぜそのレア杖!」
「きゃあッ! あっちょっと返して! 泥棒!」
「「ミルカ!」」
「あっあたしはいいからお願い早く杖を追って!」

 どうやらどこかで僕達のやり取りを聞いていた悪党がいたみたいだ。
 一般的な労働者と同じシャツにベストにズボンってどこにでもいる服装で、そいつは僕たちの横を通り過ぎる通行人と見せかけていきなり接近してきたんだ。そしてミルカの手から強引に杖を奪うと走って通りを逃げた。やけに足が速いから、加速の魔法でも使ってるんだろう。
 冒険者や傭兵の中にはならず者に成り下がる奴がいて、そういう輩は時に場所を選ばない。
 深めに帽子を被ってはいたけど一瞬見えた顔の感じから、無精髭ながらもまだ若そうだった。そうは言っても僕達よりはだいぶ年上だろうけど。たぶん二十代半ばだと思う。
 若くして身を持ち崩した理由なんか知らない。でもこれは駄目だ。
 乱暴に振る舞われたせいで、ミルカは尻餅を着いちゃったじゃない。
 金目当てに白昼堂々と暴挙に及んだ愚行への償いはしてもらおうか。

「あーあ……」

 逃げる男の背中を見やるジャックは、横目にちらりと僕の横顔を見て嘆息しつつ、腰に手を当て明後日の方向を見やった。
 一方、蒼白になって慌てて立ち上がったミルカが男を追う。

 ――――刹那、そのすぐ横を、高速回転しながら一振りの剣が鞘ごと、これまた高速で飛んで行った。

 ミルカは思わず多々良を踏んで足を止める。
 僕が何事もなかったように投擲の姿勢を解くと「ふぎゃあああッ!」と潰れた猫みたいな声が上がって、見事に後頭部に剣が命中した盗人は勢いよく前方に吹っ飛ぶようにして倒れ込んだ。

「ナイス命中だな」
「外すわけないよ」

 僕達は「もう安心して」との意を込めてミルカの肩を軽く叩いて横を過ぎ、路上に伸びる男の元へと歩み寄る。
 男の手から離れ路面に転がる杖を拾ってジャックに手渡し、うつ伏せ状態の男を足で裏返してやってから、しゃがみ込んでそいつの頬をペチペチと手で叩いた。
 案の定相手は青年で、今は被っていた帽子も外れやや癖のある灰色の頭髪も乱れている。ははっ、ゴミ捨て場を漁る灰色の鼠みたいだね。

「もしもーし盗人さーん? もしも~~~~し?」
「うぅ……てててて……って、あ? いてっいてっ、いてえっ、お前ッ! このっ、やめろ!」

 些か頭に星を飛ばしていた男は、昏倒から気が付いて僕を認識するや最早ペチペチと可愛らしい音じゃなく、バチンバチンと聞いている方が痛くなるような音を立て往復ビンタをする僕の手を振り払って睨んできた。

「何してくれてんだこのガキ! 痛い目に遭いてえのか!」
「女性に乱暴しといて反省なし? そんなのジャック以上に紳士の風上には置けないよね、灰色鼠男さんは」

 ジャックが「え、何で俺?」とか本気で疑問符を浮かべたけど、そこはまあどうでもいい。

「僕の仲間への狼藉……二度目はないよ?」
「はあ!? 大人を鼠呼ばわりするわ、ジャリガキが何生意気なこと言……ぐあっ」

 いきり立ち身を起こそうとする男の腹を足蹴にして見下ろして、僕は最上の笑み浮かべる。
 これぞアル坊ちゃまと呼ばれていた頃以上のそれはそれはもう穏やかな笑みを。

「もしも改心しないなら、お子様大好きボールプールならぬスライムプールに頭から沈んでもらうね?」
「は? スライムプール……?」

 何だそりゃと男は訝り、ジャックも、遅れて傍に来たミルカも怪訝な顔をした。

「ヌメヌメした触感が嫌悪を誘い、スライム共の息遣いや体臭、つまり生のスライムいきれを肌で感じられる超体験ゾーンだよ。あなたがまた僕の仲間や女性に乱暴を働いたりこの杖を狙うつもりなら、その特別な場所を是非とも用意してあげる。ふふふふ、どうだい?」

 僕が僕の良心にのっとって相手の良心を信じスッと両目を細めると、まるで怖い物でも見たように声もなく僕の笑んだ目を見つめた男は、自身への悔恨にだろう唇を震わせた。

「わ、悪かったよ……」
「良かった。きちんと自省ができる鼠さんで」
「いやそれ明らかに怯えだろ」

 ジャックがぼそりと何か言った気がするけど何だろう? まあいいや。

「でも残念だなあ。一度人間が落ちたらどうなるか見てみたかったんだけどね。……この際だし、一度入ってみる?」

 僕は再度にっこりと微笑んだ。

「ひいいいいい何か知らんけど病んでるっ!」

 スライムプールに恐れをなしたのか、男は戦慄した様子で「ホントに悪かったよおおおッ」と叫んで脱兎の如く逃げ出していった。
 僕は最後に自分の剣を拾いながらホッと息をつく。

「穏便に一件落着できてよかったよかった。にしても病んでる発言はないよね」
「え、ああ、まあ」

 何だ友よ、歯切れ悪いなあ。

「ミルカ大丈夫だった? 放ったらかしちゃっててごめんね。女の子相手に酷いことするよね。ああもう掌擦りむいちゃってるじゃないか」

 荷物から傷口洗浄用の水と薬草を取り出して手当てする。無論リリーのじゃない。あれはドラゴン退治で全部使ったしね。まだ回復アイテムが残ってて良かった。

「ごめんね僕は治癒魔法は使えないから薬草で我慢して。こうして当てておけばすぐに治るはずだから」

 手で少し揉んだ薬草を患部に貼ってその上から僕のハンカチを巻いてやった。少しすれば薬草効果で傷は完治するだろう。
 黙って手当てされていたミルカは、手当てが終わってようやく人心地つけたのかもしれない。小さな声でお礼を言ってくれる。

「……ありがとうアル。ハンカチまで。ジャックもありがとう。杖も盗られなくて良かった」
「どう致しまして。僕は杖よりも大事な仲間に大きな怪我がなくて良かったよ」

 安堵を込めて屈託なく笑いかけたら、ミルカは何故か一瞬硬直した。
 そのすぐ後に顔を赤くする。
 傷に沁みたかな?
 ジャックや、騒ぎを見ていた周囲までが何だかちょっと頬を赤くしている。

「? ねえジャックどうかした?」
「あ、いや、おう。……それ昔から毎度の展開だけど、自覚……ないよなお前はぁー」

 失礼にも溜息までついている。
 むう、何だよー?

「……ああああ、ミルカの、ミルカの……王子様……っ」

 傍で小さな囁きが聞こえた。
 胸の前で指を組むミルカは夢見心地のキラキラお目目で僕を見ながら、意味不明な発言を口から吐き出している。

「ふう、また一人犠牲者が出たな……」

 ジャックが額を押さえ何とも言えない笑みを浮かべた。

「ええと二人共どうしたの、ねえ?」

 結局ミルカは我に返って何かを誤魔化したし、ジャックも「俺からは言えない……」と首を左右に振るだけで答えてくれず、僕は内心で首を傾げるしかなかった。

「じゃあミルカ、宿でね」
「ほら、これな」

 ジャックが魔法杖を渡すと、受け取ったはいいもののミルカは手の中のそれに目を落として逡巡している。

「本当の本当に、あたしが持ってていいの? また今みたいな事になったら申し訳ないわ」
「その時はその時だよ。ね、ジャック。それとも危ない目に遭うかもだから、所持してるのが嫌になった?」
「それだけはないわ! でも、ホントにいいのかなって」
「いいんだってば」
「そうそう、俺らじゃ宝の持ち腐れなんだし」
「……やっぱり二人はお人好しね。無条件であたしを信じてくれるなんて」

 僕とジャックは顔を見合わせた。まだ言ってるよ。
 しょうがない、こうなったら僕のとっておきを。

「ミルカ」

 すっと表情に真剣さをのせた僕を見て、彼女は僅かに息を呑む。

「じゃあ覚悟して、逃げたら地の果てまででも追いかけるから」
「えっ……!?」
「あと、失くしたら体で償わせる」
「ええッ……!?」
「――ジャックが」
「俺かよッ!」
「え? その方が効果覿面てきめんかなって。ジャックは僕よりもきっと多分結構何かが凄いよ。女子への執念も半端ないし。失せ物だって見つかるまで一生こき使って捜させるはずだよ」
「そんなわけあるか……ってミルカすっげ引いてるじゃねえか!!」

 ミルカは青くなって「わ、わかった。危ないから絶っっっ対逃げないし失くさないわ」とか呟いていた。

「俺って会って早々危険視されるようなことした!? なあ!?」
「ええ、だってあの似非えせ紳士っぷりはちょっと……さすがに王都にもいないわ」
「んな……っ」

 率直な女子の意見にジャックは撃沈。

「リリーはカッコイイって言ってくれたのに……」

 とかブツブツ言ってるけど、へー、元カノの前でもあれやったんだ……。わかってたけど、リリー、君も恋は盲目だったか。
 ジャックが唐突に石畳に四肢をつく。

「俺にはやっぱリリーしかいない……!! 俺には、俺にはあああッ」
「うん、わかったから、行こうかジャック。大丈夫、僕はどんな君でも見捨てたりしないよ」

 聖母のような笑みを湛え優しく肩に手を添える。

「アル……あうあうぅ~」
「じゃあミルカ後で」
「あ、え、ええ……」

 ジャックのこんな突発的自虐にも慣れたもので、戸惑う素振りもなく彼を引き受けた僕が軽く手を振ると、ミルカはかなりぎこちないながらも一応は手を上げて応えてくれた。
 衆人環視も濃くなってきたので、迷い子のように涙目で打ちひしがれる友人を引っ張って、僕はさっさとその場を後にした。
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