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1 ピンクのブラ
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俺の聞くところによれば「潜在意識は否定語を理解できない」という心理学の学説があるらしい。
例えば世の男子諸君に「ピンクのブラジャーを想像するな!」と言ったとしよう。
だがその言葉に反して大抵の諸君はピンクのブラジャーなるものを頭の中に思い描いてしまうというものだ。
そうだろうそうだろう、俺だって思いッッッ切りふりっふりレースのを思い浮かべた。
男とはそういうものだ、うん。誰も責めたりはしない。
しないよね?普通。
というわけで、なるほどなるほどその通り。
俺はその学説とやらにいたく賛同の意を表するよ。
だから俺はきっと悪くない。
悪いわけあるか。
だって脳内映像だよ?
一体誰に俺のむふふで桃色な思考を制限できようか。
停止削除消滅?
そんな事言われたって土台無理な話だ。
無理無理無理無理ハイ無理無理!
だが現在、俺の目の前には「無理なら今すぐ死んで」と言わんばかりの憤怒の形相かつアイスピックの如き眼差しをこちらに突き刺す美少女が……。
この世には、残念ながら俺の平和な脳内楽園を許してはくれない人間が存在する。
人としての唯一自由な領域にまでケチを付ける、非道なるたった一人の人類が。
あ、まさかのここは電脳世界かって? 否! 現実世界だよ!
彼女とは家がお隣さんという偶然っつかミラクルが生んだ関係性で、俺を幼少のみぎりより監視し干渉し、そして理不尽に虐げてきた某国民的アニメのジャイアンのような存在だ。
え? 全然ぼかされてねえよって?
気にするな。最早その名は一般常識だろ。リスペエェェェークトッッ!
彼女が家の前でうっかり落とした買い物袋をちょうど友達と遊んで帰ってきた俺が親切心から拾い上げてやったばっかりにっ、奇跡的に世に生まれ落ちた一欠片の善意を向けてしまったばっかりにっ、たった一瞬、中のピンク色の物体が見えてしまったばっかりに……!
何でもっとちゃんと厳重に包装しておかなかった下着屋あああ!
環境を考えて過剰包装はしないとかそんなエコな理由かっ!?
袋一つのせいで少子化の波の中、善良なる少年がこの世から一人減ってもいいってのかっ!?
「みみみ見たわねッ!」
「いや不可抗力だろ」
下着入りの袋を俺の手から問答無用でひったくって睨む幼馴染み。
対するはあくまで冷静を装う健気な俺。
「そ、そうだけど、ああもう! 絶対この下着付けたあたしを想像しないでよ!」
「………………するかよ」
むおお否定語おおお!
ああチクショー言われなきゃしなかったのに。
「何? 今の間。まさか想像したの!?」
「いやっセーフだセーフ。してないからそんなドン引きすんな」
「うそつきにはハリセンボンを顔にぶつけてやるわね」
「海生物の方!? 普通は千本の針を呑むもんじゃねえのかよ。まっ俺は呑む必要ねえけどな」
「ならどうして鼻血垂れてるのよ!」
「ドキッうううるせえ悪いかよ。これは俺が人として生きてるという尊い証だ」
「――その証が体からキレイさっぱり一滴も残らず流れ出てもいいの?」
「ごめんなさい。もうしません」
絶対的魔王の前に平伏す愚民こと俺、花垣松三朗は、素直に非を認めて深く陳謝した。
魔王様は斜め四五度よりも少しだけ深い角度で体を折って深謝する俺のつむじをじっと見つめたまま、しばらく黙り込んだかと思えば、
「今度やったらうちの庭の木に吊るすから」
「……はい、肝に銘じます」
サイコな恐ろしいお言葉をお発しになられた。
こいつん家、つまりお隣の庭には二羽鶏が……ではなく、一本の立派な栗の木が生えている。
毎年豊かな恵みを齎してくれ、いつも秋にはお裾分けを頂きホクホク栗ごはん三昧の日々を送れる豊穣なる御木である。
過去に三度俺はその聖木に括られた記憶があった。
なんというか、彼女は昔から俺限定で横暴だ。
しかも時々今みたいに自分の言動で墓穴を掘っているのに気付かない、類稀なる鈍感さを併せ持つある意味貴重な霊長類だ。
ぶっちゃけ黙っていれば美少女なのに、残念っ!
染めていない生粋の黒髪はちょっと髪の毛だけで艶めかしい。
俺には妖怪メデューサの蛇髪のように見えるが友人らは違うらしい。
極上のクリームのように白く滑らかな肌は少しでも固いものが触れれば破れてしまいそうに薄く、ぱっちり二重の黒目がちな瞳は色素の関係でやや茶色がかっているし、その瞳に掛かるまつげなんてマッチ棒が乗る程に長い。ふざけて乗せたら地に沈められた。
ほんのり色付いた桜色の頬とそれを少しだけ濃くした小さな唇。
小顔ってこいつみたいなのを言うんだろう。
そんな彼女が買って来た下着もまた桜色っつかピンク色で……ごくり。
「吊るすって言ったはずよ?」
「いや、誤解だ」
「鼻の下伸ばしたエロ河童が何をぬかすかー!」
彼女の小柄で軽そうな身からは思いもよらないような強烈な回し蹴りが俺の横っ面に見事クリーンヒット☆☆☆
問答無用の天誅が炸裂した。
ああ、諸行無常。食べ物以上にブラチラ見の恨みは深かった。
「ぶぐおおおああぁぁぁ……!!」
スロー音声仕様の野太い声を上げ、前記の☆を一個いや全部飛ばして俺は華々しく宙を舞う。
流れるスターダスト、いや大宇宙に帰そうとする走馬燈の中、痛烈なまでの屈辱と泣きたいくらいの諦観と愚かなまでの安堵を胸に思う。
今日も変わらず理不尽だあああああああーっ!
路上に死すいやいや伏す俺は震える目で怒れる大魔王様を見上げる。大魔王様はつんとしたまま黒髪を靡かせて方向転換すると自宅へとお入りになった。それを見届けた俺はパタリと力尽きた。
例えば世の男子諸君に「ピンクのブラジャーを想像するな!」と言ったとしよう。
だがその言葉に反して大抵の諸君はピンクのブラジャーなるものを頭の中に思い描いてしまうというものだ。
そうだろうそうだろう、俺だって思いッッッ切りふりっふりレースのを思い浮かべた。
男とはそういうものだ、うん。誰も責めたりはしない。
しないよね?普通。
というわけで、なるほどなるほどその通り。
俺はその学説とやらにいたく賛同の意を表するよ。
だから俺はきっと悪くない。
悪いわけあるか。
だって脳内映像だよ?
一体誰に俺のむふふで桃色な思考を制限できようか。
停止削除消滅?
そんな事言われたって土台無理な話だ。
無理無理無理無理ハイ無理無理!
だが現在、俺の目の前には「無理なら今すぐ死んで」と言わんばかりの憤怒の形相かつアイスピックの如き眼差しをこちらに突き刺す美少女が……。
この世には、残念ながら俺の平和な脳内楽園を許してはくれない人間が存在する。
人としての唯一自由な領域にまでケチを付ける、非道なるたった一人の人類が。
あ、まさかのここは電脳世界かって? 否! 現実世界だよ!
彼女とは家がお隣さんという偶然っつかミラクルが生んだ関係性で、俺を幼少のみぎりより監視し干渉し、そして理不尽に虐げてきた某国民的アニメのジャイアンのような存在だ。
え? 全然ぼかされてねえよって?
気にするな。最早その名は一般常識だろ。リスペエェェェークトッッ!
彼女が家の前でうっかり落とした買い物袋をちょうど友達と遊んで帰ってきた俺が親切心から拾い上げてやったばっかりにっ、奇跡的に世に生まれ落ちた一欠片の善意を向けてしまったばっかりにっ、たった一瞬、中のピンク色の物体が見えてしまったばっかりに……!
何でもっとちゃんと厳重に包装しておかなかった下着屋あああ!
環境を考えて過剰包装はしないとかそんなエコな理由かっ!?
袋一つのせいで少子化の波の中、善良なる少年がこの世から一人減ってもいいってのかっ!?
「みみみ見たわねッ!」
「いや不可抗力だろ」
下着入りの袋を俺の手から問答無用でひったくって睨む幼馴染み。
対するはあくまで冷静を装う健気な俺。
「そ、そうだけど、ああもう! 絶対この下着付けたあたしを想像しないでよ!」
「………………するかよ」
むおお否定語おおお!
ああチクショー言われなきゃしなかったのに。
「何? 今の間。まさか想像したの!?」
「いやっセーフだセーフ。してないからそんなドン引きすんな」
「うそつきにはハリセンボンを顔にぶつけてやるわね」
「海生物の方!? 普通は千本の針を呑むもんじゃねえのかよ。まっ俺は呑む必要ねえけどな」
「ならどうして鼻血垂れてるのよ!」
「ドキッうううるせえ悪いかよ。これは俺が人として生きてるという尊い証だ」
「――その証が体からキレイさっぱり一滴も残らず流れ出てもいいの?」
「ごめんなさい。もうしません」
絶対的魔王の前に平伏す愚民こと俺、花垣松三朗は、素直に非を認めて深く陳謝した。
魔王様は斜め四五度よりも少しだけ深い角度で体を折って深謝する俺のつむじをじっと見つめたまま、しばらく黙り込んだかと思えば、
「今度やったらうちの庭の木に吊るすから」
「……はい、肝に銘じます」
サイコな恐ろしいお言葉をお発しになられた。
こいつん家、つまりお隣の庭には二羽鶏が……ではなく、一本の立派な栗の木が生えている。
毎年豊かな恵みを齎してくれ、いつも秋にはお裾分けを頂きホクホク栗ごはん三昧の日々を送れる豊穣なる御木である。
過去に三度俺はその聖木に括られた記憶があった。
なんというか、彼女は昔から俺限定で横暴だ。
しかも時々今みたいに自分の言動で墓穴を掘っているのに気付かない、類稀なる鈍感さを併せ持つある意味貴重な霊長類だ。
ぶっちゃけ黙っていれば美少女なのに、残念っ!
染めていない生粋の黒髪はちょっと髪の毛だけで艶めかしい。
俺には妖怪メデューサの蛇髪のように見えるが友人らは違うらしい。
極上のクリームのように白く滑らかな肌は少しでも固いものが触れれば破れてしまいそうに薄く、ぱっちり二重の黒目がちな瞳は色素の関係でやや茶色がかっているし、その瞳に掛かるまつげなんてマッチ棒が乗る程に長い。ふざけて乗せたら地に沈められた。
ほんのり色付いた桜色の頬とそれを少しだけ濃くした小さな唇。
小顔ってこいつみたいなのを言うんだろう。
そんな彼女が買って来た下着もまた桜色っつかピンク色で……ごくり。
「吊るすって言ったはずよ?」
「いや、誤解だ」
「鼻の下伸ばしたエロ河童が何をぬかすかー!」
彼女の小柄で軽そうな身からは思いもよらないような強烈な回し蹴りが俺の横っ面に見事クリーンヒット☆☆☆
問答無用の天誅が炸裂した。
ああ、諸行無常。食べ物以上にブラチラ見の恨みは深かった。
「ぶぐおおおああぁぁぁ……!!」
スロー音声仕様の野太い声を上げ、前記の☆を一個いや全部飛ばして俺は華々しく宙を舞う。
流れるスターダスト、いや大宇宙に帰そうとする走馬燈の中、痛烈なまでの屈辱と泣きたいくらいの諦観と愚かなまでの安堵を胸に思う。
今日も変わらず理不尽だあああああああーっ!
路上に死すいやいや伏す俺は震える目で怒れる大魔王様を見上げる。大魔王様はつんとしたまま黒髪を靡かせて方向転換すると自宅へとお入りになった。それを見届けた俺はパタリと力尽きた。
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