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2 ぶっ飛んだお嬢様
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だけど今すぐ帰りたいと思っても、そもそも帰り方がわからない。
「あのですね、理由はどうあれ勝手に人の気持ちを踏みにじるような真似はやっぱりできません。ですから帰して下さい」
帰して下さいだなんて、この不可思議な移動は目の前の彼女がやらかしたような言い様だなって自分でも思うけど、僕は何故か彼女に訴えるのが正解だって感じていた。
「第一そっくりでも弟と僕は別人なんですよ。話をすればすぐにボロが出て気付かれると思いますけど」
必死に言い募る僕をスーツの女性は人間味の薄い無感動な目で見ている。
「その心配は全くございません」
「根拠は?」
「千尋様はこの五年と少々、陽向殿と言葉を交わした経験はおろか、SNSでのやり取りもなく、あまつさえ成長された現在の姿をご覧になったこともございませんから」
「はい? いやあの意味わかんないですって。そんなんで好きとか言えるんですか?」
「千尋様なら言えます」
いつの時代の恋愛だ。
家が決めた許嫁を写真一つで思い続ける明治大正のお嬢様か。
「あの、本当の本当にそれだけで今まで一途に弟を……?」
「あの方は人の世からすれば少々規格外というか浮世離れしている方ですから」
「だったら余計に僕には無理ですよ」
人の気持ちは大事にしたい。それが弟を想ってくれたものなら尚更。
「恋愛とか、繊細な物事は本人同士できちんとけじめを付けるべきですよ」
「それができないからあなたにお越し頂いたのです」
眼鏡の美人は実に神妙な眼差しで告げた。
お越し頂いたって……案の定僕を連れてきたのは彼女だった。
だけど僕はどうやってここに連れて来られたんだろう。目を瞑っていたあんな短い時間でどうやって?
「どうか人助けだと思って下さい」
「人助け……そうでしょうか。周囲がこんな形で介入するのは良くないと思います」
「気よわ……優しそうな見かけによらず頑固ですねえ。ですがそこを何とかお願いします」
気弱って言ったよな! 聞こえてるよコンチクショー!
「実を言うと千尋様はちょっと……いえかなり大層だいぶ結構すこぶる思い込みが激しいのです」
「そんな子僕の手には負えませんよ。とにかくやりませんから他当たって下さい」
「そこを何とか」
その時、ギギギ……と門扉がゆっくりと開き始めた。
「うえっ!? 自動ってさすがはセレブ……っていやそうじゃなく、何ですか入れと? でも僕了承してないですよ。帰りたいんです!」
彼女は眉間にしわを刻んだまま疲れたように溜息を落とした。
「いえ、これは私の意図ではございません」
「じゃあ中の人の仕業ですか――って中の人!?」
「私とした事が千尋様は聴覚が異常に良いのをうっかり失念していました。早速会話を聞き付けたようですね。もうこうなったらよろしくお願いします」
「はあああ!? 冗談ですよね?」
「腹を括って下さい。昔から、男は度胸と言うでしょう」
「女はですよ!」
この間にも屋敷の門はゆっくりと地獄なのか天国なのかどこへ通じているのかわからない大きな口を開けていく。
本当にもうやるしかないのか?
相手をフる、それが相手のため相手のため相手のためひいては世のため人のため……なんてなるかあああ!
「そうだ無難に逃げよう」
小心者の僕がくるりと踵を返し駆け出そうとした矢先、開き切った門の向こうから、聞こえた。
「ひーなーたー様あああああああ~!」
誰かが僕を、いや正確には弟の名を呼ぶ声が。
お、遅かったーっ!
肩越しに振り返ると、門から続く日本庭園風の整然とした石畳の向こう、遠く離れた建物玄関から一人の少女がこっちに向かって猛烈な勢いで駆けてくる。
幻か、彼女の背後に砂漠の砂煙が見えたよ……。
「ひなた様あああああああああああああああああああ!!」
「あの方が千尋様です」
「えっ!?」
僕はその瞬間の衝撃を生涯忘れないだろう。
だって見間違いじゃなければ彼女の頭には狐の耳が、そして色彩鮮やかな着物の後ろの腰からは揺れる狐の尻尾が生えている。
「ひなた様お会いしたかった!」
「えっいやあのっ僕はちがっ」
ここで隣に居た眼鏡先輩が助言をくれる。
「落ち着いて下さい陽向殿。被捕食者として本能的に逃げたいのは山々でしょうが、例の件を早く完遂した方が早く帰れますよ。頑張って下さい」
「被捕食者!? 僕食われるんですか!? どういった意味で!?」
しかもわざわざご丁寧に双子の弟の名前で呼んでくれちゃって……この策士め!
て言うか狼(狐耳だけど)の前に無辜の子羊を差し出すなんて酷すぎるッ!
逃げも隠れもできないまま距離が近づくにつれ僕は気付いた。
典型的なお嬢様カットで艶のある長く美しい黒髪をした千尋さんとやらは、素直で優しそうな曲線を描く眉に長いまつげ、鼻は小さく唇はやや色付き、そのどれもが絶妙に配置された綺麗な顔立ちで、超人気アイドル並みに整った容貌だった。
言うなれば、ものッッッすご美少女!
ああ眼福眼福~……って違う!
弟はこんな可愛い子を断るらしい。
そりゃしばらく会ってもない子だから仕方がないのかもしれない。
「きゃああもう正真正銘のひなた様ですわあああ!」
「えっいやその僕は違…」
「陽・向・殿」
眼鏡先輩が何かむっちゃ怖い。めっちゃじゃないむっちゃだ。どちゃくそでもいい。
ああもうわかったよ、腹を括ればいいんだろ!
これはきっぱりけじめを付けて次の恋に向かわせてあげるって立派な人助け人助け人助け!
切迫した僕は自分にそう言い聞かせ覚悟を決め、先手必勝言うが勝ち、大きく息を吸い込んだ。
「――ごめんなさい君とはお付き合いできません!」
言った……。
くうぅ、罪悪感と達成感が込み上げる。
「いやですわ~、五年も会ってなかったから照れているのですね~」
「へ!? いや違います違います違いま…」
「この照・れ・屋・さ・ん!」
「あ……?」
直後、手前で急ブレーキを掛け器用に止まったお嬢様から思い切り指で額をド突かれ、脳しんとうを起こしかけた所を更にはいいように抱き締められ頬ずりまでされた。
嗚呼、聴覚良いのに難聴系……。
決死のお断りは、これっぽっちも通じなかった。
「あのですね、理由はどうあれ勝手に人の気持ちを踏みにじるような真似はやっぱりできません。ですから帰して下さい」
帰して下さいだなんて、この不可思議な移動は目の前の彼女がやらかしたような言い様だなって自分でも思うけど、僕は何故か彼女に訴えるのが正解だって感じていた。
「第一そっくりでも弟と僕は別人なんですよ。話をすればすぐにボロが出て気付かれると思いますけど」
必死に言い募る僕をスーツの女性は人間味の薄い無感動な目で見ている。
「その心配は全くございません」
「根拠は?」
「千尋様はこの五年と少々、陽向殿と言葉を交わした経験はおろか、SNSでのやり取りもなく、あまつさえ成長された現在の姿をご覧になったこともございませんから」
「はい? いやあの意味わかんないですって。そんなんで好きとか言えるんですか?」
「千尋様なら言えます」
いつの時代の恋愛だ。
家が決めた許嫁を写真一つで思い続ける明治大正のお嬢様か。
「あの、本当の本当にそれだけで今まで一途に弟を……?」
「あの方は人の世からすれば少々規格外というか浮世離れしている方ですから」
「だったら余計に僕には無理ですよ」
人の気持ちは大事にしたい。それが弟を想ってくれたものなら尚更。
「恋愛とか、繊細な物事は本人同士できちんとけじめを付けるべきですよ」
「それができないからあなたにお越し頂いたのです」
眼鏡の美人は実に神妙な眼差しで告げた。
お越し頂いたって……案の定僕を連れてきたのは彼女だった。
だけど僕はどうやってここに連れて来られたんだろう。目を瞑っていたあんな短い時間でどうやって?
「どうか人助けだと思って下さい」
「人助け……そうでしょうか。周囲がこんな形で介入するのは良くないと思います」
「気よわ……優しそうな見かけによらず頑固ですねえ。ですがそこを何とかお願いします」
気弱って言ったよな! 聞こえてるよコンチクショー!
「実を言うと千尋様はちょっと……いえかなり大層だいぶ結構すこぶる思い込みが激しいのです」
「そんな子僕の手には負えませんよ。とにかくやりませんから他当たって下さい」
「そこを何とか」
その時、ギギギ……と門扉がゆっくりと開き始めた。
「うえっ!? 自動ってさすがはセレブ……っていやそうじゃなく、何ですか入れと? でも僕了承してないですよ。帰りたいんです!」
彼女は眉間にしわを刻んだまま疲れたように溜息を落とした。
「いえ、これは私の意図ではございません」
「じゃあ中の人の仕業ですか――って中の人!?」
「私とした事が千尋様は聴覚が異常に良いのをうっかり失念していました。早速会話を聞き付けたようですね。もうこうなったらよろしくお願いします」
「はあああ!? 冗談ですよね?」
「腹を括って下さい。昔から、男は度胸と言うでしょう」
「女はですよ!」
この間にも屋敷の門はゆっくりと地獄なのか天国なのかどこへ通じているのかわからない大きな口を開けていく。
本当にもうやるしかないのか?
相手をフる、それが相手のため相手のため相手のためひいては世のため人のため……なんてなるかあああ!
「そうだ無難に逃げよう」
小心者の僕がくるりと踵を返し駆け出そうとした矢先、開き切った門の向こうから、聞こえた。
「ひーなーたー様あああああああ~!」
誰かが僕を、いや正確には弟の名を呼ぶ声が。
お、遅かったーっ!
肩越しに振り返ると、門から続く日本庭園風の整然とした石畳の向こう、遠く離れた建物玄関から一人の少女がこっちに向かって猛烈な勢いで駆けてくる。
幻か、彼女の背後に砂漠の砂煙が見えたよ……。
「ひなた様あああああああああああああああああああ!!」
「あの方が千尋様です」
「えっ!?」
僕はその瞬間の衝撃を生涯忘れないだろう。
だって見間違いじゃなければ彼女の頭には狐の耳が、そして色彩鮮やかな着物の後ろの腰からは揺れる狐の尻尾が生えている。
「ひなた様お会いしたかった!」
「えっいやあのっ僕はちがっ」
ここで隣に居た眼鏡先輩が助言をくれる。
「落ち着いて下さい陽向殿。被捕食者として本能的に逃げたいのは山々でしょうが、例の件を早く完遂した方が早く帰れますよ。頑張って下さい」
「被捕食者!? 僕食われるんですか!? どういった意味で!?」
しかもわざわざご丁寧に双子の弟の名前で呼んでくれちゃって……この策士め!
て言うか狼(狐耳だけど)の前に無辜の子羊を差し出すなんて酷すぎるッ!
逃げも隠れもできないまま距離が近づくにつれ僕は気付いた。
典型的なお嬢様カットで艶のある長く美しい黒髪をした千尋さんとやらは、素直で優しそうな曲線を描く眉に長いまつげ、鼻は小さく唇はやや色付き、そのどれもが絶妙に配置された綺麗な顔立ちで、超人気アイドル並みに整った容貌だった。
言うなれば、ものッッッすご美少女!
ああ眼福眼福~……って違う!
弟はこんな可愛い子を断るらしい。
そりゃしばらく会ってもない子だから仕方がないのかもしれない。
「きゃああもう正真正銘のひなた様ですわあああ!」
「えっいやその僕は違…」
「陽・向・殿」
眼鏡先輩が何かむっちゃ怖い。めっちゃじゃないむっちゃだ。どちゃくそでもいい。
ああもうわかったよ、腹を括ればいいんだろ!
これはきっぱりけじめを付けて次の恋に向かわせてあげるって立派な人助け人助け人助け!
切迫した僕は自分にそう言い聞かせ覚悟を決め、先手必勝言うが勝ち、大きく息を吸い込んだ。
「――ごめんなさい君とはお付き合いできません!」
言った……。
くうぅ、罪悪感と達成感が込み上げる。
「いやですわ~、五年も会ってなかったから照れているのですね~」
「へ!? いや違います違います違いま…」
「この照・れ・屋・さ・ん!」
「あ……?」
直後、手前で急ブレーキを掛け器用に止まったお嬢様から思い切り指で額をド突かれ、脳しんとうを起こしかけた所を更にはいいように抱き締められ頬ずりまでされた。
嗚呼、聴覚良いのに難聴系……。
決死のお断りは、これっぽっちも通じなかった。
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