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恋する吸血鬼と吸血鬼調教書~恋人バディ誕生までの紆余曲折~13
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(どうしようどうしようどうしよう、銀優起きてたっ、バッチリ目が合った)
媛は大きな動揺の渦の中にいた。目的地もなく人家の屋根を伝って逃げながら、想い人の顔を思い出す。
(銀優は私を見てすっごくビックリしてた。そりゃそうだよね。いきなり二階の窓に人が居たら仰天する……って、人……か。私はもう人じゃない……よね)
自嘲の笑みを浮かべる媛は銀優はもう手紙を開けただろうかと想像する。
面と向かっては想いも詳しい事情も伝えられないと思っていたから急いで手紙を認めたのだ。それが銀優本人の手に渡ったのは良かったが、本当ならそっと彼の部屋の机にでも置いて行くつもりだった。彼が起きていたのは本当に想定外だったのだ。
(優秀なハンターだと熟睡してても吸血鬼の気配を察知するのかも……)
媛は溜息をついて徐々に速度を緩めると、ちょうど目に入った小さな公園に降りて一人ブランコに腰を下ろして俯いた。こんな時間なので公園には誰もいない。不良やイチャ付くカップルなんかがいなくて良かったと安堵した。
「はあ、何でこんな所に来てるんだろ私。お祖母ちゃんも心配するだろうし家に戻れば良かったじゃんねえ」
兄と名乗る得体の知れない相手に狙われているというのに、自宅から離れた場所で一人になるなんて警戒心が薄いとか無謀だとか馬鹿だ阿呆だ間抜けだ愚かだと言われても反論できない。
大通りからは離れ、寝静まった住宅街の中に位置するような所だからか、公園はとても静かだ。
虫の音一つない静か過ぎる周囲に段々と不気味さが増してくる。
(ううんちょっと待って、どうして虫一匹さえ鳴いてないの?)
今は日中暑いとは言え晩夏で、ここは周囲に木や茂みだってあるのだ。殺虫剤を撒き散らしたわけでもないだろうに虫の声一切が聞こえないなど有り得ない。そこに気付いて血の気が引いた。
ゆっくりとブランコから立ち上がると、探るように周囲へと注意を向ける。
背中がざわざわした。ゾクゾクと言い換えてもいい。
全身が緊張して呼吸が浅く速くなる。
だって、居るのだ。
自分ではない吸血鬼が。
この知ったばかりの気配は、十中八九病院で会った相手だ。
(ああもう私ってば本当に迂闊。で、でもこうなったら精一杯抵抗してまた隙を作って逃げるしかないよね)
自分の異能がどの程度相手に通用するのかは未知数だ。でも大人しく連れて行かれるなんて御免だった。
(根っからのオカルト世界の住人とこんちは~なんて絶対に嫌だもん~~~~ッ!)
半ば涙目になりながら、媛は相手がどこから近付いてくるかと感覚を研ぎ澄ます。
植え込みの途切れた公園入口にふっと人影が降り立った。
「そんなに警戒してくれなくてもいいのになあ。お兄ちゃんは悲しいよ、エーン?」
相手からの間延びした呼び声に、息が詰まりそうになった。
自分はこの声を覚えている。
でも思い出せない。
矛盾しているが、そうなのだ。
「び、病院で言ってた迎えに来たって言うのは、も、もしかしてずっと私が十六になるのを待ってたんですか?」
「そうだよ。媛と一緒に素晴らしい長い夜を生きたいと願っていたからね。だけどそれももう叶ったも同然だ。俺が何もせずとも媛は真の吸血鬼として目覚めたんだからね。さあ仲間が待ってるよ。行こう。俺の妹だって紹介したら皆歓迎してくれるはずだ」
病室でと同じように手をこちらへと向けて近付いてくる兄だと名乗る吸血鬼。
祖母は彰人と呼んでいた。
「あなたは緋汐彰人という名前なんですか?」
「おや、思い出してくれたのかい?」
媛はふるふると首を否定に振る。
「お、お祖母ちゃんがそう呼んでいたから」
「ああ、千影祖母ちゃんか、元気? ってあの人は誰よりも元気か」
一人で納得するように頷く彰人の様子から目を離さずに、媛はじりじりと退がる。病室と違い後方は悠々と空いているにもかかわらず、逃げられる気がしなかった。今度は彰人の方も逃がさないと本気モードなのかもしれない。
「しっかり吸血鬼になってしまったんだし、もういい加減聞き分けるんだよ、エーン?」
「とっ唐突過ぎます! 私はまだ自分で自分を把握するので精一杯なのに急に来て何なんですか! しかも一緒に行くのが前提みたいに言わないで下さい。私の気持ちはどうなるんです? 無理強いしてくるだけで意見を訊いてもくれないなんて、それでも本当にあなたは私の兄なんですか?」
「誰が何をどう言おうと兄だよ。そもそも急かすのは、悠長にしていたら朝になって俺も媛も灰になってしまうからだよ」
「灰に……。やっぱり私もそうなるんですか?」
「きっとね。だから今すぐにでも連れて行くつもりだよ」
「でも、そんなのは誘拐と一緒です!」
「そうだね。でもたとえ媛に嫌われても今は連れて行く。後々お兄ちゃんに感謝するはずだから」
「――絶対しませんっ」
即座に言葉が出た。
「私は吸血鬼として生きるなら、欠片の自由がなくとも真っ当に、人間と同じように過ごしたいんです」
好きな相手に会えなくとも、少なくとも同じ空の下に居たいのだ。
強い拒絶に彰人が初めて眉をひそめた。
「人間に監視されて蔑まれてまで、俺たち吸血鬼が人間と仲良く生きて行く意味って何だい? 尻尾を振るそんな価値が人間達にはあるの? 吸血鬼を吸血鬼だってだけで虐げて踏み付けて、その上に立って平気な顔で世界平和を掲げるような奴らと握手なんてしたいわけ?」
「そ、れは……」
媛は反論できなかった。人間社会で吸血鬼を取り巻く環境はまさにその通りだ。
闇の吸血鬼に限定せずとも、吸血鬼側からすれば思う所はきっとある。
「緋汐家はさ、長年に亘って両者間の軋轢をどうにか無くそうと奮闘しているけど、実際は煮え湯ばかりを飲まされているって知っていたかい? 千影祖母ちゃんも飄々としているように見えて、沢山の悔しさとか苦痛を味わってきたはずなんだ。おくびにも出さないけどね。俺は大事な妹を人間達の消耗品にはさせたくない。吸血鬼は吸血鬼だけの楽園があるんだ。媛もそこで一緒に生きるべきだよ」
緋汐家が積み上げてきたものとそれに埋もれた代償を媛は知らない。彰人は知っているからこそこう言うのだろう。吸血鬼の肩を持てば、彼の言葉は一理ある。
でも媛は人間がそう言う考えの者たちだけだとは思わない。
現に銀優のような人間だっているのだ。
監視は監視だったかもしれないが、媛の正体を知っていたのに彼はいつも媛の意思を尊重してくれたし、駄目な所は窘めてくれる。対等に接してくれていた。
(……吸血鬼は吸血鬼でもこんな状態になった今の私へはどうかわからないけど)
自分が今でも彼にとって近しい存在なのか自信が持てない。
表情を曇らせた媛に何か察する所があったのかもしれない、彰人は畳みかける気か一気に距離を詰め腕を掴んできた。
「別れが悲しかったり寂しいのは今だけだよ。ずっとお兄ちゃんは傍に居るから、だから少しずつでいいから忘れたらいい。一緒に千年も生きちゃえば今なんて瑣末な思い出にしかならないだろうしね。俺に従ってくれないかな、エーン?」
優しい声、瞳の色は変わったけれどあの頃と同じ慈しむような眼差し。
(あの、頃……?)
自らで重しを乗っけた蓋を押しのけて記憶がじわじわと溢れ出て来る。忘れていた過去が媛の手に返ろうとしている。
(……お、兄……ちゃん?)
真っ黒い絶望がひたひたと足元から這い上がっても来る。
思い出したくない、と無意識の一部が拒絶し記憶を妨げる。
放心したようにして動けないでいる媛を彰人が引っ張った。
「目を閉じていてもいいよ。俺が責任を持って連れて行ってあげるから」
「待っ…」
「――媛に触るなっ!」
瞬きさえも間に合わない一瞬の出来事だった。
彰人の腕から先が降ってきたような銀の閃きに一刀両断される。
力の抜けた指先が媛から離れ、それは灰になって消えていく。
(あ――これ、知ってる……見た事ある……あ、あああ、ああ――お兄ちゃんが死んだ時にっ)
そうだ、彼は紛れもなく媛の兄、緋汐彰人だ。
彼はあの時、闇の吸血鬼になってしまった。
間違いなく一度死んでもいる。
巨漢の吸血鬼の男に心臓を突かれて殺されている。
(私は確かにこの目で死を見届けたもの)
なのに、兄は生きて動いている。
いや、そもそも生者なのだろうか?
彰人の十六の誕生日はあの時とっくに――半年は過ぎていたはずだ。
彼は血の覚醒では闇化しなかったのだ。
ならばあれはきっと闇の吸血鬼へ転化するための方法なのだろう。おそらくは禁術扱いとされる類の。
「ああ、ははっ、あの時の再現みたいだね」
あの時は痛かったなあ、と呑気な口調で兄は嘯く。
確かに、かつても銀優が乗り込んできて兄彰人の腕をぶった切った。本当に何の偶然なのだろう。
ぴたりと重なるような光景が引き金になってより一層勢いを増して怒涛のように記憶が押し寄せ、感情の波が媛を追い詰めた。
ショックで悲しくて胸が痛い。
(頭が痛い。ガンガンする。お兄ちゃん、銀優、私にとっての大切な二人なのに。嫌だよこんなの。お願いだから争わないで。殺し、合わ、ないで……)
急激な記憶の回復のせいか、頭痛が酷くて酷くて意識が朦朧とする。
足から力が抜けてフラリと体が傾いていくのが薄らとした意識の中でわかった。
「「――媛!」」
揃って叫んで抱き留めてくれた腕がどちらのものか、その確認すら儘ならないうちに媛の意識は沈んで行った。
媛は大きな動揺の渦の中にいた。目的地もなく人家の屋根を伝って逃げながら、想い人の顔を思い出す。
(銀優は私を見てすっごくビックリしてた。そりゃそうだよね。いきなり二階の窓に人が居たら仰天する……って、人……か。私はもう人じゃない……よね)
自嘲の笑みを浮かべる媛は銀優はもう手紙を開けただろうかと想像する。
面と向かっては想いも詳しい事情も伝えられないと思っていたから急いで手紙を認めたのだ。それが銀優本人の手に渡ったのは良かったが、本当ならそっと彼の部屋の机にでも置いて行くつもりだった。彼が起きていたのは本当に想定外だったのだ。
(優秀なハンターだと熟睡してても吸血鬼の気配を察知するのかも……)
媛は溜息をついて徐々に速度を緩めると、ちょうど目に入った小さな公園に降りて一人ブランコに腰を下ろして俯いた。こんな時間なので公園には誰もいない。不良やイチャ付くカップルなんかがいなくて良かったと安堵した。
「はあ、何でこんな所に来てるんだろ私。お祖母ちゃんも心配するだろうし家に戻れば良かったじゃんねえ」
兄と名乗る得体の知れない相手に狙われているというのに、自宅から離れた場所で一人になるなんて警戒心が薄いとか無謀だとか馬鹿だ阿呆だ間抜けだ愚かだと言われても反論できない。
大通りからは離れ、寝静まった住宅街の中に位置するような所だからか、公園はとても静かだ。
虫の音一つない静か過ぎる周囲に段々と不気味さが増してくる。
(ううんちょっと待って、どうして虫一匹さえ鳴いてないの?)
今は日中暑いとは言え晩夏で、ここは周囲に木や茂みだってあるのだ。殺虫剤を撒き散らしたわけでもないだろうに虫の声一切が聞こえないなど有り得ない。そこに気付いて血の気が引いた。
ゆっくりとブランコから立ち上がると、探るように周囲へと注意を向ける。
背中がざわざわした。ゾクゾクと言い換えてもいい。
全身が緊張して呼吸が浅く速くなる。
だって、居るのだ。
自分ではない吸血鬼が。
この知ったばかりの気配は、十中八九病院で会った相手だ。
(ああもう私ってば本当に迂闊。で、でもこうなったら精一杯抵抗してまた隙を作って逃げるしかないよね)
自分の異能がどの程度相手に通用するのかは未知数だ。でも大人しく連れて行かれるなんて御免だった。
(根っからのオカルト世界の住人とこんちは~なんて絶対に嫌だもん~~~~ッ!)
半ば涙目になりながら、媛は相手がどこから近付いてくるかと感覚を研ぎ澄ます。
植え込みの途切れた公園入口にふっと人影が降り立った。
「そんなに警戒してくれなくてもいいのになあ。お兄ちゃんは悲しいよ、エーン?」
相手からの間延びした呼び声に、息が詰まりそうになった。
自分はこの声を覚えている。
でも思い出せない。
矛盾しているが、そうなのだ。
「び、病院で言ってた迎えに来たって言うのは、も、もしかしてずっと私が十六になるのを待ってたんですか?」
「そうだよ。媛と一緒に素晴らしい長い夜を生きたいと願っていたからね。だけどそれももう叶ったも同然だ。俺が何もせずとも媛は真の吸血鬼として目覚めたんだからね。さあ仲間が待ってるよ。行こう。俺の妹だって紹介したら皆歓迎してくれるはずだ」
病室でと同じように手をこちらへと向けて近付いてくる兄だと名乗る吸血鬼。
祖母は彰人と呼んでいた。
「あなたは緋汐彰人という名前なんですか?」
「おや、思い出してくれたのかい?」
媛はふるふると首を否定に振る。
「お、お祖母ちゃんがそう呼んでいたから」
「ああ、千影祖母ちゃんか、元気? ってあの人は誰よりも元気か」
一人で納得するように頷く彰人の様子から目を離さずに、媛はじりじりと退がる。病室と違い後方は悠々と空いているにもかかわらず、逃げられる気がしなかった。今度は彰人の方も逃がさないと本気モードなのかもしれない。
「しっかり吸血鬼になってしまったんだし、もういい加減聞き分けるんだよ、エーン?」
「とっ唐突過ぎます! 私はまだ自分で自分を把握するので精一杯なのに急に来て何なんですか! しかも一緒に行くのが前提みたいに言わないで下さい。私の気持ちはどうなるんです? 無理強いしてくるだけで意見を訊いてもくれないなんて、それでも本当にあなたは私の兄なんですか?」
「誰が何をどう言おうと兄だよ。そもそも急かすのは、悠長にしていたら朝になって俺も媛も灰になってしまうからだよ」
「灰に……。やっぱり私もそうなるんですか?」
「きっとね。だから今すぐにでも連れて行くつもりだよ」
「でも、そんなのは誘拐と一緒です!」
「そうだね。でもたとえ媛に嫌われても今は連れて行く。後々お兄ちゃんに感謝するはずだから」
「――絶対しませんっ」
即座に言葉が出た。
「私は吸血鬼として生きるなら、欠片の自由がなくとも真っ当に、人間と同じように過ごしたいんです」
好きな相手に会えなくとも、少なくとも同じ空の下に居たいのだ。
強い拒絶に彰人が初めて眉をひそめた。
「人間に監視されて蔑まれてまで、俺たち吸血鬼が人間と仲良く生きて行く意味って何だい? 尻尾を振るそんな価値が人間達にはあるの? 吸血鬼を吸血鬼だってだけで虐げて踏み付けて、その上に立って平気な顔で世界平和を掲げるような奴らと握手なんてしたいわけ?」
「そ、れは……」
媛は反論できなかった。人間社会で吸血鬼を取り巻く環境はまさにその通りだ。
闇の吸血鬼に限定せずとも、吸血鬼側からすれば思う所はきっとある。
「緋汐家はさ、長年に亘って両者間の軋轢をどうにか無くそうと奮闘しているけど、実際は煮え湯ばかりを飲まされているって知っていたかい? 千影祖母ちゃんも飄々としているように見えて、沢山の悔しさとか苦痛を味わってきたはずなんだ。おくびにも出さないけどね。俺は大事な妹を人間達の消耗品にはさせたくない。吸血鬼は吸血鬼だけの楽園があるんだ。媛もそこで一緒に生きるべきだよ」
緋汐家が積み上げてきたものとそれに埋もれた代償を媛は知らない。彰人は知っているからこそこう言うのだろう。吸血鬼の肩を持てば、彼の言葉は一理ある。
でも媛は人間がそう言う考えの者たちだけだとは思わない。
現に銀優のような人間だっているのだ。
監視は監視だったかもしれないが、媛の正体を知っていたのに彼はいつも媛の意思を尊重してくれたし、駄目な所は窘めてくれる。対等に接してくれていた。
(……吸血鬼は吸血鬼でもこんな状態になった今の私へはどうかわからないけど)
自分が今でも彼にとって近しい存在なのか自信が持てない。
表情を曇らせた媛に何か察する所があったのかもしれない、彰人は畳みかける気か一気に距離を詰め腕を掴んできた。
「別れが悲しかったり寂しいのは今だけだよ。ずっとお兄ちゃんは傍に居るから、だから少しずつでいいから忘れたらいい。一緒に千年も生きちゃえば今なんて瑣末な思い出にしかならないだろうしね。俺に従ってくれないかな、エーン?」
優しい声、瞳の色は変わったけれどあの頃と同じ慈しむような眼差し。
(あの、頃……?)
自らで重しを乗っけた蓋を押しのけて記憶がじわじわと溢れ出て来る。忘れていた過去が媛の手に返ろうとしている。
(……お、兄……ちゃん?)
真っ黒い絶望がひたひたと足元から這い上がっても来る。
思い出したくない、と無意識の一部が拒絶し記憶を妨げる。
放心したようにして動けないでいる媛を彰人が引っ張った。
「目を閉じていてもいいよ。俺が責任を持って連れて行ってあげるから」
「待っ…」
「――媛に触るなっ!」
瞬きさえも間に合わない一瞬の出来事だった。
彰人の腕から先が降ってきたような銀の閃きに一刀両断される。
力の抜けた指先が媛から離れ、それは灰になって消えていく。
(あ――これ、知ってる……見た事ある……あ、あああ、ああ――お兄ちゃんが死んだ時にっ)
そうだ、彼は紛れもなく媛の兄、緋汐彰人だ。
彼はあの時、闇の吸血鬼になってしまった。
間違いなく一度死んでもいる。
巨漢の吸血鬼の男に心臓を突かれて殺されている。
(私は確かにこの目で死を見届けたもの)
なのに、兄は生きて動いている。
いや、そもそも生者なのだろうか?
彰人の十六の誕生日はあの時とっくに――半年は過ぎていたはずだ。
彼は血の覚醒では闇化しなかったのだ。
ならばあれはきっと闇の吸血鬼へ転化するための方法なのだろう。おそらくは禁術扱いとされる類の。
「ああ、ははっ、あの時の再現みたいだね」
あの時は痛かったなあ、と呑気な口調で兄は嘯く。
確かに、かつても銀優が乗り込んできて兄彰人の腕をぶった切った。本当に何の偶然なのだろう。
ぴたりと重なるような光景が引き金になってより一層勢いを増して怒涛のように記憶が押し寄せ、感情の波が媛を追い詰めた。
ショックで悲しくて胸が痛い。
(頭が痛い。ガンガンする。お兄ちゃん、銀優、私にとっての大切な二人なのに。嫌だよこんなの。お願いだから争わないで。殺し、合わ、ないで……)
急激な記憶の回復のせいか、頭痛が酷くて酷くて意識が朦朧とする。
足から力が抜けてフラリと体が傾いていくのが薄らとした意識の中でわかった。
「「――媛!」」
揃って叫んで抱き留めてくれた腕がどちらのものか、その確認すら儘ならないうちに媛の意識は沈んで行った。
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