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オッドアイの偏執1

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 村の豊穣を祝うお祭りの日、夜遅くまで皆が騒いでいた夜、私は怪我をした妖精と出会った。

 だってとても綺麗な目をした男の人で、人間に妖精って表現はおかしいかもしれないけれど、本当にあんなにも凛々しく美しい殿方がいるなんてとびっくり感動したのは今でも覚えている。

 あの頃……十五歳の私は大人たちの言いつけを守らず、こっそりお酒を飲んで、でもそれがバレて、叱られそうになったけれど逃げ出して、今日は感謝の日だし大目にみてやるかと大人たちからのほとぼりが冷めるまで、加えて私自身の酔いが醒めるまで、誰にも見つからないように村近くの森の中に隠れていたの。

 その森のいつも私が薬草や木イチゴを摘みに行く穴場で、木の幹に凭れるようにして彼はいた。
 腕に矢傷なのか怪我をしていたから、まだ半分残っていたお酒で消毒してあげて、上質な布じゃあなかったけどスカートを裂いて包帯にして巻いてあげたわ。
 何日も食べてないって凄く空腹な様子だったから、自分のために持ってきた手持ちのお菓子を全部あげたらペロリと平らげてしまった。

 彼はジェイルって名だって教えてくれた。

 護身のための剣を持ってはいたけれど一見旅人のような出で立ちだった。

 私はミモザよって名乗ったら「サラダみたいで美味しそうだな」だって。

 ホントどれだけお腹が空いていたのかしらね。
 私が大人たちのお酒をくすねたから朝まで隠れているんだって言ったら、彼は自分も似たようなものだって言って、お互い一人じゃ退屈だろうから話でもしていようって流れになった。
 まだ残っていたお酒は仲良く二人で半分こにした。
 これで自分もお酒泥棒の共犯だなんてニヤリとして言うものだから、ぷっと噴き出しちゃったわ。

 初対面なのに変だけれど、この人と一緒にいるのが何だか凄く当たり前のようにしっくりきて、落ち着くって感じた。

 でも全然心臓の方は落ち着いてくれなかったけれど。
 どうせ旅の人なんだろうと思えば大した躊躇いもなく、私はちょうどいい暇潰しに自分のことを話して聞かせた。
 既に両親は他界して、今は祖父母と暮らしていること。
 村の中でも貧乏な方なこと。
 でも祖父母との生活は楽しいんだってことも。

 そして、いつか素敵な誰かと恋をすることが願いなんだって教えたの。

 相手は村の誰かかもしれないし、村の外の誰かかもしれない。
 私の話に相槌を打ちながら楽しそうに耳を傾けてくれていたのに嬉しくなって、ついつい「そう、例えばあなたかもしれないわ」なんて言っちゃったのは、ちょっと調子に乗って悪戯心が湧いたから。

 そうしたら、彼は大真面目な眼差しで「そうなら光栄だな」って言ったの。私の心臓はもう相手にも聞こえるんじゃないかってくらいに内側から大きな早鐘を打ちつけていたわ。

 まさか私にそんな風に囁いてくれる人がいるなんて思いもしなかったから、余計に動揺した。
 私の髪の色は茶色と普通だけど、木イチゴみたいな赤い瞳は悪魔とか不吉とか言われていて、大半の村人は深く関わろうとはしなかったから。
 社交辞令でも嬉しかったって笑ったら、向こうはちょっとムッとして「本音だ」なんて呟いた。
 男性からの称賛に免疫のない私は照れて耳まで熱くなったし、お酒のせいかふわふわして、夢見心地ってきっとこういう気分を言うんだろうって思った。

 今まで以上にきゅうっと胸が切なくなって、彼に触れてみたくて、そのここいらじゃ珍しい銀髪に触れてみたくて、ついつい指先を伸ばした。

 怪我のせいで体力を消耗していたのか、向こうは髪の毛と同じ銀色のまつげを下ろして目を閉じていたから、気付かれていないだろうなーって思っていたのに、突然五指ごと全部優しく掴まれて、体を引き寄せられた。
 相変わらず木の幹に背を預ける彼の両腕の中にすっぽり収まって、それが妙な安堵を齎してホッとした反面、乙女な部分は最高にドギマギして木イチゴ以上に顔も耳も真っ赤になっていたと思う。
 どうしようごめんなさい出来心ですって慌てれば「その可愛い出来心に感謝だな」って言われたけれど、どういうことって疑問に思う前に頭が真っ白になった。

 だって、口付けされたから。

 至近距離で、一目見た時から一番綺麗だなって思っていた彼の金色と緑色のオッドアイに見つめられて、もう唇は離されていたのに、息が出来ないんじゃないかって思った。

 ひとたび見つめられるだけで、こんなにも嬉しくて恥ずかしいって思う相手に出会ったのは生まれて初めてだった。

 嫌だったらきっと引っ叩いていたわ。
 相手がどんなに美形だったとしても。
 けれどそんな嫌悪は一切湧かなかった。
 それでもキスへの恥じらいはあったからやや目を伏せて視線を彷徨わせて、最終的には彼の左右で異なる色彩の目をじっと見つめた。
 こんなことを言うとふしだらって思われそうだとは一瞬思ったけれど、凄く蕩けるみたいにドキドキしたって正直な感想を告げたら、彼は意外そうに目を瞬いて「殴られる覚悟もしていた」ですって。
 村の男の子たちとは良い思い出なんてなかったし、指先が触れるのもちょっと嫌なのに、あなたは不思議だけれど全然嫌じゃなかったって告げたら、彼は美しくも精悍な面差しをとても柔らかな笑みで満たして嬉しげにした。
 彼に抱き締められて、その服越しの人肌がとても心地良くていつまでもこうしていてほしいって思った。
 粗末でも干した日の布団はとても気持ちが良く、それにぽふっと飛び込んで頬ずりするような気持ちで頬を擦り付けた。

 この時の私は、誓って言うけれど、まだまだ無邪気さ全開で他意はなかった。

 でもきっと彼はちょっと違っていたんだと思う。

 たぶんお酒の勢いもあった。
 消毒薬の代用が出来るくらいに度数の高い物だったし。

 二度目のキスをされた。

 一度目よりも深く。

 しかもそれだけじゃ終わらずに、もっと沢山重ねられた。
 最初のうちは驚いたけれど、二度三度と続くうちに何だか抗えなくて、このままもっと一杯触れてほしくて、火照るような意識と焼けつくような情熱の中に身を任せた。
 知らなかった痛みと悦びに何度も自分を見失いそうになった。その感覚がどこか怖くて、でも金色と緑色の瞳を見つめて、見つめられていたら、それ以上に満たされいつしか安心に変わった。

 ずっと一緒に居たいって、夢うつつにそう願った。

 その願いを声に出していたのか「大丈夫、きっとそうなるから待っていてくれ」って言われたような気がしたけれど、願望がそう囁いたのかもしれない。

 あとは家の場所を訊かれたから大体の位置を答えたような気がする。集落からは外れた所にあるからすぐにわかると思うけれど、完全に酔いが回って私は思考も曖昧で終いには疲れて眠っちゃった。

 翌朝どうしてか、私は自分の家の簡素なベッドで目覚めた。

「え、まさかジェイルってば怪我していたのに私をここまで運んだの?」

 二日酔いを堪えつつ、怪我人に何てことをさせたのかと自己嫌悪に陥っていれば、ふと首に紐に通された指輪が掛けられているのに気付いた。
 それは当然私の物じゃない。

 ジェイルの指輪なのかもしれない。

 借りた記憶はないけれど、純金だろうし大きさ的に女物できっと大事な物だろうから、とにかく彼に返さないとって急いで起きたわ。
 けれどその彼の姿はどこにもなく、朝食を用意してくれた祖母に訊いても数日遅れの新聞を読んでいる祖父に訊いても、そんな人は見ていないって言われて首を傾げたものだった。二人が遅くに帰った時には私はもうベッドで眠っていたみたい。村の人たちも私のやんちゃは黙っていてくれたみたいで、そこだけは幸いだったわ。
 きっと祖父母に心労をかけないように黙認したんだとは思うけれど。

「指輪、どうしよう……」

 保管しておくしかないわよね。

 指輪一つ残して忽然と消えたジェイル。

 私は一晩の甘い夢を見ただけで、本当に彼は妖精だったのかもしれないって思った。

 だけどそれは、決して夢じゃなかったんだってあとでわかった。

 私は俗に言う十月十日後、彼によく似た金色と緑色のオッドアイをした双子を産み落とした。

 一人は男の子で、一人は女の子。

 髪の色は男女の順に、茶色と銀色をしていた。
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