新しい春がはじまる

カタクリ

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卒業

卒業式

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通い慣れた長い通学路。もう何度も見てきたはずなのに、今日はこの道も新鮮に感じた。周りの背景が白く淡く滲んで見えて、俺も歩くのがぎこちなくなる。
俺の隣で静かに歩いているのは、俺の幼馴染の春樹だ。いつもは俺の顔を覗き見してからかってくるくせに、今日ばかりはそんなおちゃらけた姿は見せてくれないらしい。普段通学中は苦しげな首元を空けて涼んでいるのに、今日はピシッと決めている。
「そんなに気張ることなんだ、卒業式って」
俺が独り言のように呟くと、そいつは一瞬間を置いて答えた。
「だめかよ、緊張しちゃ」
「いーや、いいと思うけどね。逆にいつもがうるさすぎるんだよなお前は多分」
「なんだよそれ、俺いつもうるさいんか…」
「自分で気づいてなかったんかい」
いつも通り何ともない会話をするけれど、毎日の登下校の時みたいな軽さはなかった。自覚はなかったけれど、俺も緊張しているのだろうか。
また静寂が訪れる。これが他の人なら気まずいだけなのだけれど、春樹といる時には静かだと心地よく感じる。やはりそれが幼なじみというものなのだろうか。
「いやー、俺達も卒業かぁ。早いもんだよな」
春樹が頭の上に手を組み伸びながらそうぼやく。春樹の顔をちらりと見やったら、春樹は何だか悲しげな表情を浮かべていた。眉毛は下がっているし、目元も目線が下に下がっている。今にも泣きそうだ。
「お、春樹卒業嫌なん? 泣きそう? 泣く? 泣いちゃう?」
俺が少しおちゃらけながら春樹に笑いかけたが、春樹は乗らなかった。それどころか、こちらの目を見やりながら真剣な表情になる。それにつられ俺も笑顔が消えた。
「……俺、マジで泣くかも卒業式」
「え?! マジで言ってんの? お前って泣くんだね……。いつも泣かせてばっかじゃん」
「俺の事なんだと思ってんだよ」
「非情マシン」
「それお前が考えたの」
「うん」
「なんで」
「なんでって……。春樹もてるのに、女子全員振っていつも泣かしてるから。お前女子振るときすごい冷たい感じだし機械っぽいなって思ってさ」
「しょうがねえじゃんか、好きでもない人に告られて付き合う気もないのに変に気持たせたらもっと可哀想だろ。…ってかなんだこの会話」
「え?」
「もう少しで卒業だっつぅのに呑気だなぁって」
「はは、確かに。うーん、今日が卒業式だなんて感じあんましないんだよ」
「……そんなもんかね」
そう春樹が小さく答え、やはりまた沈黙が降りてくる。
足元がフラフラとして落ち着かない。景色が白んでいく。決して具合が悪いとか、そういう類のものでないことは分かるのだけれど、どうしてこんなにフラフラするのだろう。まるで異世界に来たみたいだ。
春樹は今どんな感じだろう。俺と同じかな。
「そういえば、勇輝に言っときたいことがあるんだった」
突然春樹が声を上げ、顔を俺の方へ向けてくる。いつもは寝癖がつきっぱなしだったこいつの髪の毛も今日は綺麗に整えられていた。
「今日さ、卒業式終わって色々落ち着いたら4組の下駄箱の前らへんで待っててくんね?」
「唐突だな。……なんか用でもあんの? いつも通り一緒に帰るとかじゃなくて?」
「いや、お前を連れていきたいところがあるんだ。今日じゃなきゃダメだから絶対来いよ」
妙に真剣な表情でそう春樹は言った。春樹のこんな顔を見るのは久しぶりだ。
「良いけどさ……。卒業式の後って友達とかと結構話したりするから時間かかるよ。ごめんだけど」
「そんなの気にしねぇよ、俺だってそうだし」
「あ! そうだね。春樹にも友達は結構いたっけか。俺てっきりお前は人見知りで友達少ないもんだと思ってたわ」
「それいつの話だよ?!」
俺が春樹をいじると、春樹は顔を赤くして恥ずかしがった。
「小学生の時の話だよ。お前人見知りすぎて隣の席の女子にも話しかけられてなかったし、友達も少なかったやん」
そう言って、俺の頭の中には昔の記憶が蘇る。幼稚園から一緒の俺達は元々仲が良かったけれど、春樹は最初俺以外の友達いなかったけか。俺の後ろについてまわっていた春樹の様子がとても懐かしい。
もうあの頃から9年も経つなんて。
「恥ずかしいけど懐かしいな。時間経つの早くね?!」
春樹が大袈裟に驚く。先程のあの泣きそうに見えた様子とは打って変わって元気になったようだ。
「それ俺も今思ったとこ。早すぎるよ、マジで。あーあ、卒業は良いとして高校ちょっと不安かも」
「…だよなー。友達は出来るか分かんねーし、お前とも別れるし?」
「あはは、今生の別れじゃないんだから。俺らはこれからも会えんじゃん。家近いし」
「…おう」
春樹はまたもや弱気になったかのように返事をする。こいつは一体何に悲しんでいるのだろう。中学を卒業してもまた会える。遊べる。確かに一緒にいる時間は減るだろうけれど、別にそれくらいいいじゃないか。
道端に植えられている桜の木の花びらが目の前で舞い散る。ああ、ここ桜並木なんだっけ。いつの間にここに来てた。
「まあ、いいじゃん。高校入ったらカワイイ彼女作れるかもよ? 中学の頃はお前振ってばっかだったけど、好きな人できたらさ、お前顔は結構イケてるし高校入ったら青春出来そう。俺も作れるかなー」
俺がそう軽く励まそうと言った瞬間、春樹は足を止めた。俺が不思議に思って振り返ると、春樹は俯いてしまっていた。
「春樹? どうしたんだよ急に立ち止まって」
「……そっか、お前はそうだよな」
春樹は相変わらず俯いたままそう答える。
「は?」
「……ごめん、なんでもねーや」
「はぁ? 何か言いたいことあるならはよ言え」
俺は春樹が思っていることを言わないのに少し腹が立ち、春樹に詰め寄る。こんなことで怒るのもどうかと思うが、ちょっと悲しかったのだ。こいつが俺にこんな風に他人行儀になることなどほとんどなかったからだった。しかも今日は人生の節目の卒業式である。今日くらい、いつも言えないことや飲み込んでしまっていることも言って欲しいのだった。
春樹はそんな俺の様子に少し驚いたようで、足を一歩後ろに引く。
「……いや、びっくりしたー。怖っ」
「そんなにかな」
「うん、お前があんなに寄ってくるなんて。お前、基本的に人には無頓着だから気にしないと思ったんだけどなぁ」
頭を掻きながら春樹は俺の体を押して横に来させ、歩こうと耳打ちした。
「てか、今何時よ勇輝」
「話変えんな。お前さっき何を言いかけた?」
春樹は俺がそう言うと、軽くため息をついて俺に笑いかける。
「誤魔化せねぇなぁ……」
「俺を誤魔化そうだなんて、100年早いよ」
「はぁ……。えーっと。この話さ、後でにしないか」
「え?」
「その……卒業式終わった後に言いたい」
「そんなもったいぶる必要あるの?」
俺が眉毛を寄せてそう聞くと、春樹は困ったように頷いた。訳はわからないけれど、つまり今は言いたくないらしい。俺もそこまでしつこく追求するのはやめにして、いいよと返事をした。

いつの間にか学校に着いていつの間にか卒業式。
今はもう卒業証書授与の時間だ。俺は1組の4番だから呼ばれるのが早く、今は暇を持て余している。流石に近くの友達に話しかけるわけにもいかず、俺は眠気と闘っていた。近くからは女子の泣き声が聞こえるが、俺の目は乾き切っていた。
「3年2組23番橘春樹」
ここで春樹の名前が呼ばれる。春樹はハキハキとした声でハイと返事をし登壇していった。春樹は真面目だからこういうことにもしっかり取り組むのだろう。
俺が席に戻ってくる春樹のことを目で追っていると、春樹と目が合った。春樹は俺のことを認識したらしく、他の人に不審がられない程度に微笑んだ。俺も少し笑うと、春樹は俯いて席へ戻っていった。そんな様子を見て、俺は春樹が朝卒業式で泣くかもしれないと話していたことを思い出す。もしかしたらもう既にうるっときていたのかもしれない。そうだとしたら泣き顔を見られるのが恥ずかしかったんだろうな。
そんなことを考えているうちに、凛とした司会の先生の言葉が聞こえてきた。もう卒業証書授与のプログラムは終わったようだ。その司会の言葉に合わせ、俺は起立をした。
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