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第11章・和国の反乱

第83話・ティータイム

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  真っ暗な長い長い廊下。沢山の窓と派手な装飾が壁にはあり、床には厚みのあるレッドカーペットが敷かれている。まさしく圧政者の城、という感じである。和国は何方かと言えばケイジが元居た世界の日本のような国なのだが、何故か城は西洋風である。この中を着物を着て歩くのを想像すると少し違和感がある。
  色々と拝借したい物もあるが今は無視して廊下を進む。1分1秒でも早く標的を殺してこの反乱を終わらせるために。

  意外にもティルとエリスは朱天の城に留まっていた。広場に現れた馬車も城の中に停めてあった。警備兵の記憶を見ても、2人ともこの城で休息を取っているようだった。

  今が千載一遇のチャンス。

  ケイジはそう思った。普通の人間ならば、逃げた相手が数時間後に暗殺しに来るなどとは考えないと思ったからである。ましてやエリスの連れて来た精兵達はケイジの魔法で再起不能になっている。城の守りはまさしくザルだった。

「…………」

  その階層のかなり奥の方まで来た。最後の1つの部屋は周りの部屋よりも装飾が豪華で、構造的にも周りの部屋より広いようだ。
  ティルの部屋で間違いないだろう。この部屋に入り、静かにナイフを突き立てれば終わりである。
  だが。

「……ちっ」

  ケイジは部屋に入ろうとはしなかった。
  否、入ることが出来なかった。
  何故ならば。

「やはり来たな」

  部屋の前には銀髪の女騎士が待ち構えていたからである。
  ティルが放ち、ケイジが跳ね返した魔法を切り裂いた時よりはどこか柔らかに見えるが、それでも眼光は鋭く光っている。
  気付いていたのだ。ケイジはそう思った。そして同時にやはり手強いとも思った。ここまでの読みは一朝一夕で身につくものではない。よほどの経験が無ければ出来ない芸当なのだ。

「……はぁ」

  少なくとも、今のタイミングでの暗殺が不可能だと判断したケイジは軽く溜息をついた。

「何者だアンタ。さっきの剣術といいこの読みの良さといい、そんじょそこらの魔法剣士じゃないだろ」

  ケイジがそう声をかけると、エリスは少し驚いたような顔をした。

「なんだよその顔」

「いやなに、やはりそちらも只者ではないな。瞬時に暗殺は無理だと判断したか。いい見切りだ」

「そりゃどーも。で、質問の答えは?」

  エリスは「ふっ」と軽く笑った。先程よりも幾分警戒心が薄れたようだ。

「エリス。ノスティア公国陸軍第2大隊総部隊長、エリス・イークラムだ。そちらは?」

  ちょっと待て今この女、イークラムって言わなかったか……?
  それって、レニカさんの家族か親戚ってことか……?

「どうした? 名くらい名乗ってくれてもいいだろう」

  エリスの言葉で我に返る。
  今はまだ断言出来ないし、こちらの動揺を知られるのはマズい。とりあえず忘れねば。

「サギリ・ケイジ。ユリーディアのギルド『フェアリー・ガーデン』所属のハンターだ」

  ギルドの名くらいは知っているのだろうか。

「そうか。ケージよ、それでどうする? 今すぐ続きを始めるか?」

  口元をニヤッと歪めながらエリスはそう言った。

  ったく、趣味の悪い女だ。

「いや、やめとく。今やっても負けるだけだ」

「それは分からないぞ? ほら、試しにまた魔法を放ってみろ」

「やらないって」

「そんな事言わずに! さあ、さあ!」

「やらねぇって言ってるだろ!」

  何なんだこいつは!馬鹿なのか!?

  すると、エリスはクスクスと楽しそうに笑った。口元に手を当てながら笑うその姿は戦場での凛とした姿とはかけ離れていて、不覚にもケイジもドキッとしてしまった。

「ふふ、おかしな奴だ」

「そりゃお互い様だけどな」

「それで、今日はどうするのだ?」

  悪びれる様子もなくエリスは言う。

「帰る」

「え!? 何故だ?」

「お前がいて暗殺が出来ないからだ」

  何なんだこいつは、本当に調子が狂う。

「まあまあ、どちらにせよこの後は予定は無いのだろう?」

「いや、だから暗殺の準備するんだって」

  いい加減その場を立ち去ろうとすると、エリスはあっという間に目の前まで立ち寄りケイジの首元に黒い剣を突き付け、

「な、い、よ、な?」

「……ありません」

  剣は鞘から抜かれていないので逃げることも出来たはずなのだが、ケイジには出来る気がしなかった。笑顔の圧力が大きすぎたのである。



間。



「……なんだこの状況」

「ん?」

  時刻は午前6時。場所は朱天の城、4階のテラスにて。モーニング・ティータイムである。
  テーブルにはコーヒーと紅茶がそれぞれ用意されており、クッキーやフルーツ、小さめのパンに金平糖もあった。
  そして何故か、いや当然といえば当然なのだが、ケイジの相席にはエリスがいる。
  結局ケイジは帰らせてもらえず、エリスの笑顔の圧力で脅された後、「用意をさせるから小1時間待っていろ」と放置プレイを30分ほどされた。そしてようやく戻って来たかと思った途端「ティータイムにするから来い」とテラスまで連れてこられたのだ。

「いや、何で俺は敵であるはずのお前と仲良くお茶してるんだよ」

「お前ではない。エリスと呼べ」

「何でだよ」

「私もケージと呼ぶから呼べ」

「嫌だ」

「よ、べ」

「分かりましたから剣を向けないでください」

「よし! 物分りの良い奴は好きだぞ!」

  子供のような笑顔で笑うエリス。さっきからクッキーに伸びる手が止まっていない。

  本当によく分からないヤツだなぁ……。
  どうも仮面を被ってるようには見えないし、今のところ敵意を向けられてる気もしない。その分何を狙ってるのかも全く分からないから不安が拭えない。
  あの兵士から聞いてたとは言っても、自分の個人情報まで平然と喋ったしな、こいつ。ティルに加担するくらいだから裏の顔がバリバリあるような奴だと思っていたが、真逆過ぎて恐ろしい。
  俺も仕事柄沢山の人間と関わってきたんだし、人を見る目はそれなりにあるはず。その目をあてにすれば、少なくともこいつは根っからの悪党ではないみたいだ。油断は禁物だけどな。

「ケージ、遠慮せずにもっと食べていいんだぞ?」

「……なあ」

「な、ま、え」

「エ、エリス」

  剣を向けてくる時も、圧力こそあっても憎しみや敵意を感じることはない。拗ねた子供のような声色なのだ。

「何だ?」

「お前の目的を知りたい」

「ふむ」

「残念ながら俺にはエリスが理由もなくティルに加担するような奴には見えない。だから何か理由があるんなら教えて欲しい」

  エリスは少し考え、口を開いた。

「奇遇だな。私もケージが悪人だとは思えない」

「そりゃ一般的に見ればお前らの方が悪者だからな」

「そういう事ではない。この反乱という出来事関係無しに、ケージは良い人間としか思えないのだ」

「……」
  
  揺さぶりでもかけてるのか、こいつ……。単純にこんな美人に良い人間だなんて言われると気が緩みかねない。綺麗な薔薇には刺があるって言うし、油断は出来ない。

「そうだな、再び敵対するとしてもケージになら話してもいいかもしれない」

「……」

「私が戦う理由を」

  子供のような笑顔は消え、戦いの時のような真面目な顔でエリスは語り始めた。

「戦う理由、か……」

「私の故郷はノスティア公国の東にあるクローバーという小さな村だった。私には両親と姉がいて、農業や牧畜をしながら平和に生きてきた」

  姉……。
  やっぱりこいつはレニカさんの……?

「だがある日、村が盗賊に襲われた。家畜は殺され家は焼かれ、私と姉さんも必死に戦ったけど村は守れなかった。両親も死んで姉は攫われ、私は1人になった」

  攫われた……レニカさんが?
  ってことは、人身売買業者にソリド王国まで連れてこられたってことか。

「食いつなぐ為に軍に入った。私はたまたま周りよりも優れていて、今も軍の命令でここにいる」

  軍の命令、か……。ってことはティルも利用されてるに過ぎないってことだろうな。

  どういうことかって?
  ここまでの様子を見る限り、クロメよりティルの方が単純で扱い易いのは分かっただろ?
  だから利用されてるんだ。この反乱でクロメを殺して、ティルが和国を手に入れた後にティルも殺す。そうすれば和国は総崩れ、あっという間にノスティア公国の植民地ってわけだ。考えすぎかもしれないけどな。

「お前はどうしたいんだ?」

「え?」

「エリス・イークラムは何故今を生きているんだ? 目的も無く淡々と生きているのか?」

「……違う」

  エリスは首を横に振った。

「と言うと?」

「私の生きる目的はただ1つ。姉を見つけ出すことだ」

  力のこもった声でエリスは言った。目からも意思の強さが見て取れる。

「いつか姉を見つけ出して、今度こそ平和に暮らす。そのために私は軍にいる」

「……お姉さんの名前は?」

「レニカだ。レニカ・イークラム」

「……そうか」

  クソ、マジかよ……。ほんっとに世間は狭いよな……。トラブった仲間を助けに来たら敵が知り合いの姉だったとか普通ありえるか?
  勘弁してくれ、どうすりゃいいんだ……。

「だから私は戦う。姉さんが見つかるまで、ずっと」

  だったら、レニカさんがユリーディアにいること教えればこの反乱は終わるんじゃ……。いや、それじゃエリスがノスティア公国を裏切ったことになっちまうか。
  くっそー、どうすればエリスと戦わずに反乱を止められる……。

「ケージはどうなんだ?」

  ケイジが悶々と悩んでいると、語り終えたエリスが聞き返した。

「あ?」

「ケージは何故、たった1人でこの反乱勢力に立ち向かう?」

  ケイジは「そんなことか」と当然のように言う。

「大切な仲間が困ってるから助ける。それだけだ」

「なるほどな……」

  再びエリスが口を開こうとした時、ヤツがそれを遮った。

「エリス! お前何をやってるんだ! 早くそいつを殺せ!」

  ティルである。召使に着せてもらったであろう煌びやかな和服に身を包み、しかしこちらに近付いてくる様子は無く廊下から叫んでいる。ついさっき殺されかけた相手が当然のようにいるのだから当然かもしれないが、臆病という他ない。

「殺せってさ。どうする?」

「……すまない」

  エリスは頭は下げず、だが目線は下げながら小さな声でそう言った。その表情は呆れたような残念そうな、不満に満ちたものだった。

「やるか?」

「ああ。それが私の任務だ」

  剣を持ち立ち上がるエリス。まだ完全な臨戦態勢には入っていない。
  そう判断したケイジはすぐさま椅子を立ち、テラスの淵に足をかけた。

「ま、お前にゃまだ聞きたいこともあるし今殺し合うのは得策じゃないからな。とりあえず帰るわ」

「エリス、逃がすな! ここで殺せ!」

「お前さっきからうるせぇんだよ!」

  外から喚き散らす臆病者にイラつき、投げナイフを1本投げた。
  真っ直ぐ飛んで行ったナイフはティルの僅かに右の柱に突き刺さった。

「ひぃっ!」

  初めから当てる気は無かったんだけどな。狙ったってどうせエリスが止めるだろうし。

  ケイジがナイフを投げても動かなかったところを見ると、エリスも当てるつもりはないと見抜いていたのだろう。

「じゃあな」

「……」

  そうして、一先ずケイジは城を去っていった。すぐに消えてしまった後ろ姿を、エリスは複雑な表情で見ているのであった。
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