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第11章・和国の反乱

第78話・落下死したらどうしよう

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「よし、いいぞエラム、スピードを落としてくれ」

  ケイジの声を合図に、エラムの飛行速度が段々と緩んでいく。
  現在地点は和国とその北側にある大陸との間くらいだ。和国の位置は分かってるが、クロメたちが今何処にいて、そして何処に行けば反乱を止められるのかまでは分からない。だからまずは情報を集めなければならない。

「うぅ、ご主人寒くない?」

  体をケイジに擦り寄せながらエルが言う。現在の高度は上空1000メートルほどで、眼下には分厚い積雲が広がっている。単純計算でも地上より6~7℃ほど気温は低いだろう。ましてや今は晩期、寒いのも分かる。
  常人ならば。

「いや、だったらお前実体化の魔法解除すればいいだろ?」

  エルが普段から誰にでも視認出来て、なおかつ触れられるのは実体化の魔法を使っているからだそうだ。その魔法を使っていない場合は俺以外には見えないし声も聞こえない、触ることも出来ないらしい。
  実体化を使っていなければ寒さや暑さも感じず、壁なども通り抜け放題。殺し屋からすれば最高の能力である。

「やだ、ご主人に触れないじゃん」

「知るか」

  駄々をこねるエルを尻目に、俺は魔力を充填した。

「ブースト・サーチ」

  詠唱を終えると、目元に魔力が集まってきた。そして、眼下には積雲を透過した地上の景色が広がった。
  今発動させた魔法のイメージは「視力の大幅な強化、積雲の透過」だ。まずは何処か人里に降りて、情報を集めないといけない。出来れば大きすぎない村とかがいいんだが……。

「……お」

  見つかった。広さはサーチェさんたちの村の倍くらいだろうか。ちらほらと民家の明かりらしきものも見える。

  1つ気になることがある。
  この世界は、天文学的にはどういった構造をしているのだろうか。表面積的には地球の半分ほどの様だが、全ての大陸で時間軸が共通しているというのは地球人である俺達からすればかなり妙な感覚だ。
  もっとも、この世界に天文学という概念があるかどうかすらわからないのだが。一応言っておくが、星空は見える。朝と夜も来る。太陽もあるし、地球で言う月のような天体もある。
  まったく、訳が分からないぜ。

  まあそれは置いておいて。

「エラム、エル。とりあえずここに入れ」

  パン、と手を鳴らして魔力を込めると、そこに緩く回転する薄青い立方体が現れた。

「え、ご主人これなに?」

「魔法で形成した簡易部屋だ。お前らがいると騒ぎになりそうだから出番があるまでここにいてくれ」

「セッカクキタノニルスバン?」

「食べ物とオモチャも沢山入ってるぞ」

「ハイル!」

  そう言って、エラムは一瞬でキューブの中に消えていった。
  入り方とか説明してないのになんで分かったんだコイツ。
  そして。

「めっちゃ落ちてるけど」

「大丈夫だ。ほれ、お前も入れ」

「えー……ちゃんと出番あったら呼んでよ?」

「おう」

  不満そうな顔をしつつも、エルもキューブの中に入っていった。

  このキューブは空間魔法で出来ていて、中には10畳ほどの部屋がある。デザインはテリシアの家のリビングに似せてあり、家にあった食べ物とオモチャを急いで詰め込んで来た。テリシアごめん。
  精製する時はかなりの魔力を使ったが、1度完成させてしまえば出入りだけなら魔力消費は少なくて済む。ちなみに中にいる時は自力で出ることも出来る。使うのは今回が初めてで部屋の居心地とかは分からないが、2人とも出てこないあたり問題は無いだろう。

  とりあえず和国までは来れた。公式の海路や、あるかどうかは分からないが他の方法で入国しようとすれば間違いなく感知されるだろう。だがここまでぶっ飛んだ方法で侵入する奴らへの対策なんてないはず。だって俺ですらぶっ飛んでるって思うし。

  そして、めっちゃ落ちてる。確か1万メートルから落ちて3分で地上だったはず。だから1000メートルなら18秒?

  あれ、とっくに地面に激突して死んでるはず。って思うよね普通なら。まあそこはラノベ的不思議パワーで落下が遅くなってるってことにしてくれ。

  まあそうは言っても地上はどんどん近付いて来てる。これまた都合良く村のすぐ近くに落ちそうだ。
  着地用の魔法は今までにも何回か使ってきたが、何かこう、全然目立たないやつが欲しい。ミニストームでも割と目立つし。

  激突まであと数秒。
  良い魔法が思い付いた。

「リセット」

  そう告げると、ケイジの体は自由落下を止め、地面スレスレの空中で一瞬静止したあと地面に降りた。

  今の魔法のイメージは「物体の運動エネルギーをゼロにする」ってやつだ。これを使えば物理的な攻撃とか防ぎ放題なんだろうが、結構魔力使っちまった。
  それに魔法を使えるヤツ同士の戦いじゃあ同じ魔法を何回も使ってればすぐに封じられるからな。万能の魔法ってのは存在しないんだ。
  何はともあれ、無事に潜入完了。あの村の住民から情報を頂こう。

「シャドー、とサイレント」

  サイレントは前にも使ったから割愛。シャドーってのは、まあ文字通り影みたいな扱いしかされないってことだ。  
  具体的に言えば、超超超影が薄くなる。居て当たり前、いなくても何も思われない。潜入には持ってこいの魔法だ。
  けど、やっぱり2つの魔法を同時に発動するのはそれなりの魔力を使う。さっさとすませよう。

  小走りで村の中に入り、大きめの建物にお邪魔する。中には老人達の集まっている部屋や、古書堂のような場所もあった。集会場のようで、図書館のようで。多目的な建物のようだ。

  一際奥の部屋に進んで行くと。

「……誰かね」

  書斎のような部屋に、大きな古びた椅子。それに腰掛ける年老いたエルフの男性が声を上げた。

「……俺が分かるのか?」

  シャドーもサイレントも、消える訳では無い。「そこにいるけど気付けない」の究極系だ。視界にも意識にも入っていない訳では無い。
  それでも、気付くのは常人では不可能のはず。

「ああ。君からは不思議な匂いがする」

「……ったく、何者だよアンタ」

  仕方がないからシャドーとサイレントを解いた。バレているのに魔法を使っていても無駄に魔力を使うだけだ。

「ワシはこの村の長だ。君は誰かね?」

「ケイジ。佐霧さぎり圭二けいじだ。クロメを助けに来た」

「ほう、君があの……」

「『あの……』だって? ジーさん何か知ってるのか?」

  俺の来訪に気付き、驚かないどころか存在までも認知している。このジーさんは只者じゃない。何か知っているはずだ。

「知っているとして、どうする?」

「……悪いなジーさん」

  今は年寄りの戯言に付き合っている暇はない。
  座ったままのジーさんに近付き、魔法を発動させた。

「スリープ。アンタらに危害を加えたりはしないさ」

「……」

  クタリ、とジーさんは力が抜けたように机に突っ伏した。
  スリープってのも言葉通りで、相手を眠らせる魔法だ。今回は軽めに掛けたし、30分もすれば起きるだろ。

  右手をジーさんの頭にあてる。
  すると。

「村長、明日の納品についての報告書をお持ちしました」

  ドアの向こうから女の声がした。ノックの音も聞こえる。いくら事情があるとは言え、こんなところを見られたら間違いなく悪者扱いされるだろう。

「やべっ、アブソーブ」

  イメージは「知識の吸収」。口問答をしていたらキリがないので丸っと頂く。別に取ったら消える訳でもないし、勘弁してくれな。

「村長? どうしました?」

  クソ、このジーさんどんだけ知識豊富なんだ!

「村長? 大丈夫ですか!?」

  あああああ、まだかクッソ!

「村長!? 開けますよ!?」

  コンプリート!
  そして脱出!

「バウンド!」

  ガチャリ、とエルフの女性がドアを開けた瞬間に俺の体ははるか上空にあった。屋根に穴開けちまったけど許してくれ。

「さてと、ほいっ」

  再び地面に落下する前に転送魔法で箒を取り出す。下の建物からは女性の驚く声が聞こえるが、スーッと村から離れて飛んでいく。
  頭の中ではもらった情報が続々と整理されていった。

「ふむふむ……」

  反乱を起こしたのは……クロメの腹違いの弟で、軍事力はソリド王国の倍以上。王位を奪うのが目的で、クロメは……捕縛済み!?
  何やってんだあの狐は……ついでにハクも一緒、と。首都の位置は……ここから南西へ70キロ。結構近くて助かった。
  
  アカノ・サツキ。年齢は138歳。
  ん、あのジーさんの情報か……サツキ?
  
  第38代目和国当主で、クロメの曽祖父。今も尚魔力は健在だが、本人の意向で田舎の村長をしている……。

「マジかよあのジーさん……」

  あのジーさん、間違いなく起きてやがったな。クソ、急いでたから完全に寝たと思って油断した。けど抵抗しなかったってことは何かしら事情があるんだろうな……。

  思わぬ強者との出会いに苦笑いしつつも、ケイジはそのまま南西へと飛行していった。
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