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第7章・新生活も楽じゃない

第58話・図らずとも

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「ったく、何処にいるんだあのドラゴン!」

今か?
エラムのやつを探して街中を走り回ってる。
とりあえずは、乗ってきた馬車を見つけるのが最優先事項だろうな。流石にまだ寝たまま乗ってるとは思えないが、降りたにしても持ち主のオッサンが行方知ってるかもしれないし。

全方位に注意を向けながら走るケイジ。
だが。

「クソ、見つからん……」

幾ら何でも徒歩で探すにはユリーディアは広すぎる。ましてやエラムの方も移動してるんなら、闇雲に探しても埒が明かない。
だったら、もっと効率よく探すに限るよな。

「っし、バウンド!」

足に魔力を込め、高く跳び上がる。
そして近くにあったよく分からない建物の屋根の上まで上り、そこから街中を探す。
絨毯か箒で飛びながら探してもいいんだが、動いてる相手じゃ入れ違いになる可能性がある。だから俺は止まって探す方が安全な筈だ。

馬車が通れそうな道を優先し、目を細めて街を見渡す。

「……いた!」

視線の先、南西に数百メートルの道にようやく馬車を見つけた。予想通り、次の目的地に向けて動いている。
ケイジのいる場所からではエラムがいるかどうかは分からなかったが、とりあえず向かっていく。

「おーい! オッサン、俺だ!」

「ん、ケージくん? どうした、忘れ物か?」

「忘れ物っつーかなんつーか、エラム見なかったか? 俺らと一緒に乗ってた赤髪の」

「ん~、見てないと思うなぁ。ケージくんたちが降りてからは、誰も乗り降りはしてないはずだぞ?」

「そうか……。とりあえず、もっかい荷台見ておいていいか?」

「ああ、構わないよ」

微妙な不安に駆られながら、ジークたちや荷物を載せていた荷台の扉を開ける。

「……ケージ?」

すると、そこには隅で縮こまって震えるエラムがいた。

「エラム、ここにいたのか。悪いな置いて行っちまって……ってどうした?」

エラムは扉を開けたのがケイジだと気付くと、すぐにその胸元に抱き着いた。

「1人にするなバカ……」

「……寂しかったのか?」

「怖かった。1人はもう嫌だ」

ドラゴンの姿の時とはまるで違う態度に驚きながらも、優しく頭を撫でるケイジ。

きっと、この姿だと思考能力も人間の、比較的幼めのレベルになるんだろうな。元々洞窟に1人でいたのも妙だったし、家族や仲間と何かあったのかもしれない。だったら、俺達がそれを癒してやんないとな。

「……ごめんな。もう1人にはしないから」

「約束だぞ」

「ああ。約束だ」

「破ったら燃やし尽くすからな」

「それは勘弁してくれ」

抱き着きながらとんでもない事を口走るエラムに苦笑いしながらも、何事も無く見つかったことに安堵するケイジであった。



間。



ギルドにて。
メンバーは入れ替わり、カウンターにはガルシュとケイジ、そしてエラム。ガルシュは店に顔を出し、数十分手伝って来たそうだ。中側ではテリシアが事務作業を終え、書類の整理をしている。
サーチェは別のカウンターで事情を把握したミルに仕事を教わっており、ジークとメルは既に帰ったそうだ。
薄情バカップルめ。

「それで、その子がペットの子ですか?」

「あ~、まあなんというか、ドラゴンのエラムだ」

「よおふぃくえいいあ」

「何言ってるか分かんねぇよ……」

何言ってるかよく分からないエラムは、テリシアが作ったホットドッグ(肉はエラムの尻尾肉である。本人曰く1時間で生えてくるし自分で食っても美味いんだと)を口に詰め込んでいる。

「はは、相変わらずの大食漢だな」

ガルシュが笑いながら言う。

「全くだ。食費がかさむぜこれから……」

「ん、結局テリシアん家で一緒に暮らすのか?」

「はい。エルちゃんもいますし、浮気したらどうなるかはケージさんがよく知ってるので」

笑顔が怖い。マジで。

「そ、そうか。ならいいが」

「ぷはぁ、ご馳走さま! テリシア、これすっごく美味しかった! ありがとう!」

「どういたしまして。何時でもリクエストしてくれていいですからね」

口周りにソースをべったり付けたエラムは、満足気に感謝の意を述べた。ドラゴンであるが故に簡単には人間や他の種族に気を許したりしないと思っていたが、そうでもないようだ。いや、エラムだからこそ、というのが1番の要因であることは確かなのだが。

「ん、そういえばガルシュ」

「なんだ?」

「結局よ、依頼主って誰だったんだ? あの宝石好きのなんちゃらってのは」

そう、あの胡散臭い依頼主である。

「あ~、あれか。ミルさんだった」

「……え?」

「報告と一緒に誰の事か聞いてみたんだけどよ。『あ、それ私のこと~』って」

「……」

あの人も何考えてるか分からない時があるんだよなぁ……。悪い人じゃないのは間違いないんだが。

「まあ、とりあえずちゃんと依頼主に渡せたならいいか」

「だな。報酬金はまた計算しとくぜ」

「おう、助かる。さ~てと、今日はどうすっかな……」

ボンヤリと呟くケイジ。

さすがに今から別の仕事をする気にはならない。
最近はルルカ姫の救出の時くらいしか日跨ぎの仕事は無かったからなぁ。元々金やら道具やらは足りてるし、日帰りの仕事がほとんどだった。久々の大仕事で結構疲れたし。

「それなら、エラムちゃんを連れて食べ歩きでもしてみたらどうですか?」

意外や意外、それを提案したのはテリシアだった。本人曰く「エラムちゃんはペットなのでケージさんが大好きでもしょうがないです」とのこと。さすが天然ガール、ドラゴン相手に容赦ない。

「食べ歩きか、悪くないな。エラム、行くか?」

「行く!」

「じゃ、また後で。ガルシュもまたな」

「行ってらっしゃいませ」

「またな!」

そんなこんなで、ケイジはエラムを連れて賑わうユリーディアの中を歩いて行くのであった。



間。



「んまあああい!!」

「そりゃ良かった。よく噛んで食えよ」

街の広場なう。
俺の両手には沢山の食べ物、エラムの両手と尻尾にも食べ物。無論、全部エラムが食うヤツだ。ユリーディアの食べ物はお気に召したようで、美味そうなものを見つける度に買っては喜んで食べてる。

ん?
これはデートには含まれないのかって?
まあ、テリシアが許してくれたからセーフなんじゃないか?
それにこいつは異性っていうよりは放っておけない子供みたいなもんだからな。

子供、か……。
よく幼児期の体験は将来に大きく影響するなんて言うが、エラムの場合はどうなんだろうな。
ドラゴンと人間じゃ圧倒的にドラゴンのほうが長生きだし、どこまでが子供なのか分からないがまあエラムは子供だと思う。

「はぁ、ご馳走さま!」

あっという間に持っていた食べ物を食い尽くしたエラムが満足気にほうっ、と息をつく。

「美味かったか?」

「美味かった!」

「そりゃあ良かった」

「ケージ、この後は? どっか行くとこないのか?」

まだまだ遊び足りないと言ったように目を輝かせて尋ねるエラム。

「あー、特に無いな……。まだ遊びたいか?」

「遊びたい!」

子供だなぁ……。

「分かった、じゃあ……草原でも行くか?」

「行く!」

「ん。じゃあちょっと待ってろ」

軽く魔力を込める。
どうだろうな、馬車ごとならともかく1人くらいなら陣無しでも飛べるかもしれない。

「エラム、もうちょいくっつけ。転移するから」

「ん」

ギュッとエラムがケイジに抱き着く。
……ちょくちょく思ってたことだが、こいつ発育良すぎじゃないか?毎度毎度柔らかいものがあたってるんだが……。

え?サイズ?
あー、まあ人間基準でEカップくらいあるんじゃないか?
ちなみにテリシアはCカップ。メルほどぺったんごじゃないが、クロメとかエラムとかと比べるとどうしても、なぁ。
まあ俺は胸でテリシアを選んだわけじゃないからいいんだけどさ。

「ケージ、どうした?」

理性と欲望の葛藤に流されるケイジに、真っ直ぐな目で尋ねるエラム。
ああ、これはピュアっ子ですわ。

「何でもない。瞬転移」

パッ、と目の前が光に包まれる。
そして視界が開けると、そこはユリーディアの南西部の草原だった。前にジークとハクを連れてきた場所だ。

「おおお、広い!」

「好きに遊んでいいぞ。ただし、家畜は食べちゃダメだからな」

「はーい! やっほーう!」

エラムは広々とした草原を走り回り、飛び回り、家畜にちょっかいをかけて遊んでいた。
楽しんでいるようでケイジもホッとした。

さーて、ここからどうするべきか……。

何がって?
もちろんエラムのことだ。
あのままノーム湿原に居させる訳にもいかなかったから連れてきたが、あいつはどうしたいんだろうな……。
まだあれだけ幼いのに1人で過ごしてたってのもやっぱりおかしいんだよな。強いことは間違いないが、それでも普通はまだ親と一緒にいる年齢のはずなんだ。サーチェさんの家で古い文献を見せてもらった。
俺やテリシアに簡単に気を許したのも、寂しかったからなんだろうな。

でも、さっきも言ったが俺たちとエラムたちじゃ時間の流れ方が違う。まず間違いなく俺たちの方が先に死ぬ。
それは当たり前のことだ。
だから、あんまり馴れ合わない方がいいのかもしれないとも思う。深く関われば、それだけ裏切られた時や別れの時が辛くなるんだから。
俺もそうだったように。

だが。
それ以上に、1人にするのは可哀想に思えるんだ。別れも失うことも辛いが、孤独はそれ以上に辛いはずだから。俺が向こうで1人でいた時は、自覚こそ無かったがこっちに来てからよーく分かった。寂しかったんだって。
だから、こっちに来てからテリシアやミルさんの言葉に救われたんだ。

「ケージ!」

悶々と考えていると、エラムがボスッと腹に突っ込んできた。

「おう、どうした?」

「どっか痛いのか? 辛そうな顔してるぞ」

「……!」

やれやれ、こいつでも分かるくらい顔に出てたか。

「いーや、大丈夫だ」

笑いながら、ぐりぐりとエラムの頭を撫で回す。

「ん~……もっと撫でてくれ~」

エラムは嬉しそうにスリスリと身を寄せてきた。
きっと甘えたい年頃なのだ。家族や仲間と何があったのかは知らないが、こいつをまた1人にするなんて俺には出来ない。

「なあ、エラム」

その場に腰を下ろし、エラムを胸元に寄せて撫でる。膝枕の方がなお良いんだろうが、さすがに絵面が、な。

「どーした?」

「お前はさ、これからどうしたい?」

「んえ?」

いまいちピンとこないようだ。

「俺たちとドラゴンじゃ、沢山違うところがある。寿命も文化も。だからそれで困ったり嫌な思いをすることもあると思うんだ」

俺は、エラムを1人にしたくない。孤独の辛さはよく知っているから。
だが、もしもエラムが俺たちと暮らすことを、いつか来る別れを受け入れることを拒否したいと思っているのなら、俺の考えはただの我が儘エゴだ。
エラムが子供だとしても、それはきっちり聞かなきゃいけない。

「いつか俺たちが居なくなる時も来る。それでも、一緒に暮らすか?」

「…………」

エラムはキョトンとした顔でケイジを見つめている。

「よく分からないけど、私はケージたちと一緒に居たいぞ!」

「……そうか」

まだ分からない、か。
確かにそうかもしれないな……。
いつかまた、機会があればちゃんと聞けばいいか。

「にしてもお前、キャラ変わったよなぁ。最初はまさにドラゴン、みたいな喋り方だったのに」

「あれか? あれはじーさまの真似だ」

「じーさま?」

「うん。人間に会ったら、信用出来るまではこうやって喋れって言われた」

「へぇ~……ん、じゃあ俺は?」

「信用出来る! ケージは良い奴だ!」

「そ、そうかよ」

ストレートに言われ、小っ恥ずかしくなって顔を逸らす。

「じーさまはもう死んじゃったけど、ケージがいてくれれば寂しくないぞ!」

「……死んじゃったのか?」

「うん。ジュウジン?に狩られた」

「獣人……」

恐らくレオルたちの国の連中だろう。
それもかなり昔の。エラムの爺ちゃんとなればかなりの年月がたっているはずだ。

「じーさまはワシが死んだら逃げろって言ってた。とーちゃんたちは私に優しくなかった」

「……そうか」

「私は、強くなかったから……恥晒しだって言われて……」

ジークと俺の魔法を付与した鎖を楽々引きちぎって強くない、か……。ドラゴン族やべぇな……。

「だから、私はすぐに逃げて……」

段々と顔を下げて話すエラム。その目には涙が溜まってきていた。

「よっ、と」

ケイジはエラムを向かい合う向きに座らせて、抱き寄せて言った。

「もういい。泣くほど辛いことなら口に出すな」

「……うぅ」

「ありがとな、話してくれて。これからは俺が一緒にいるから大丈夫だ。俺だけじゃない、テリシアもジークもメルもガルシュも、ギルドの皆がお前の友達だ」

「ううぅ……!」

「よく頑張ったな」

俺が、この世界で皆に教えてもらった事だ。
辛いことがあったんなら、皆で分け合えばいい。足りないことがあれば、皆で支えればいい。
この世界は俺を救ってくれた。だから、今度は俺がこの世界の人達を救うべきなんだ。
図らずともエルの思い通りになってる気がしないでもないが。

「うわあああああああああん!! ケージィィィィィ!!」

「よしよし」

大泣きするエラムを優しく抱き締める。
やっぱりまだ子供だな。

「うえええええええん!!」

守ってやらなきゃいけないんだろうな。
下手すりゃ俺よりも強いが、まだまだ幼いんだ。それは俺の役目だ。

そこからエラムはしばらくの間泣いていた。
今までの苦痛を全て吐き出すかのように。
そして、泣き疲れて眠ったエラムを抱えてケイジは街に戻っていった。

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