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第7章・新生活も楽じゃない
第56話・本当に転移って便利です
しおりを挟む時刻は午前8時。
村の入口には、沢山の村人達が集まっていた。
「ジークさん、また一緒に飲もうぜ!」
「ああ、もちろんだ」
「くっそー、ガルシュのアニキ、次は負けねぇかんな!」
「ギャハハ、いつでも相手になってやるよ!」
「メルちゃん、ちゃんとジークさんのこと見ててあげるのよ?」
「うん、まっかせてよ!」
別れを惜しむ声、再戦を誓う声、仲間意識を高める(?)声など様々だ。
そんな中。
「にしても、おっかしいなぁ……」
ガルシュが言う。
「何やってるんだ、ケージのやつ……」
「え、ジークも知らないの?」
「ああ。昨日から会ってない」
ケイジがまだ、入口に来ていないのだ。
3人とも急ぎの用がある訳でもないので別段問題は無いのだが、連絡も無いとなると心配になるのは仕方の無いことだろう。
「まさか、今頃サーチェさんとあんな事やこんな事を……」
「えええええっ!?」
「おいおいジーク、変なこと吹き込むなって。後でケージに殺されるぞ」
「ハハハ、そんなまさか痛ってぇ!」
ゴン、と鈍い音を立ててジークの頭にゲンコツが落ちた。
「な~に言ってやがるんだバカ旦那が」
「ごめんね、遅くなっちゃって」
ケイジの背中には眠りこけているエラム、隣には大きな荷物を背負ったサーチェがいた。
「やっと来たかアホ娘が」
サーチェの親父さんが言う。
「ケージ、どういうことだ?」
頭を擦りながらジークが問う。
「ん、サーチェさんがな、修行としてギルドで働いてみたいんだと。人手は多い方がいいだろうし、テリシアとミルさんに掛け合ってみようと思ってな」
「そのドラゴン娘ちゃんは?」
「ここにいても仕方ないし、身寄りも無いみたいだからな。連れてく」
「なるほど……」
「うわぁ、ケージさん浮気相手を街まで連れてくとか無いわ~」
「親父さんサーチェさんの代わりにこのバカエルフ置いてきますんで」
「ちょっ冗談だからやめて~!」
いつもの如く、喧嘩まがいの言い争いをし始めるケイジとメル。
それを見つめるサーチェに、ジークが言った。
「……良いのか?」
「何がだい?」
「言い難いが、あいつにはもう心を決めた相手がいるんだ」
「ああ、テリシアちゃんのこと?」
「知ってるのか?」
「うん。昨日ケージさんに聞いた。ケージさんが異世界?から来たっていうのも、テリシアちゃんって子のことが本当に大好きなのも。全部聞いた」
サーチェは少し残念そうに言った。
「だったら尚更、良いのか?」
が、すぐにいつもの明るい笑顔を見せてサーチェは応えた。
「もちろん! この国は一夫多妻制有りだし、そもそもまだ結婚はしてないんでしょ? だったら私にもまだチャンスはあるよ!」
「……ふっ、アンタみたいな女性に好かれるなんて、ケージはつくづく幸運だな」
「……そう、かな」
「ああ。あいつは、本当に心からこの世界を楽しんでるんだ。仲間たちのことを心から大切に思っているし、テリシアのことも、心から愛してるだろう」
少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、更にジークは言った。
「あいつは、前の世界で苦しみ過ぎた。だから、こっちでは幸せになって欲しい。それが俺を救ってくれた男への、俺からの願いなんだ」
ケイジとジークの間には、今はまだ当人達しか知らない秘密があった。
拭い去ることの出来ない、黒い過去が。
だが、それをいつか超えられた時、その時は、きっと2人とも新たな道を進んでいるのだろう。
そうジークは考えている。
「確かに、ケージさんは幸運だね」
サーチェがギャーギャーと喚き合うケイジたちを見ながら言った。
「ジークさんみたいな素敵な人に、それだけ信頼されてるんだからさ」
「……!」
ニコッと明るい笑みを浮かべてそう言うサーチェに、不覚にもジークはドキッとした。
「ったく、アンタも意外と言うんだな」
「えへへ、そうかい?」
そんなやり取りをしていると。
「ジークからラブコメの波動が!!」
「どぅわああっ!」
一瞬でターゲットをジークへと切り替えたメルが、猛スピードで体当たりをぶちかました。
「痛ってぇな何するんだメル」
「浮気なんてさせないからね!」
「いや違うから……」
倒れたままジークの体に張り付くメル。
そんな2人を見て、またサーチェさんが笑う。
「あはは、ほんとにメルちゃんはジークさんのことが大好きなんだね」
「うん!」
「バカップルが……」
ケージが言う。
「お前に言われたくはない」
ジークも言う。
「おーい、そろそろ出るぞー」
ガルシュが言う。
「さて、じゃあ行きますか」
ジークとメルが立ち上がり、ケイジもガルシュに続く。
すると、サーチェが荷物を下ろして言った。
「父さん」
そそくさと逃げようとしていたサーチェの父親を、周りにいた村人たちが捕まえた。
「……なんだバカ娘」
「いい? 私がいなくなっても無理しないでよ?」
「分かってるよ」
「ちゃんと歯磨きと手洗いうがいもしてよ?」
「分かってるって」
「あとエッチな本は辞書のカバー裏に全巻入ってるからね!」
「お前はオカンか!」
思わぬカミングアウトに、村人たちの間からも笑いが漏れる。
「ったく、さっさと行け!」
「父さん!」
「今度はなんだ!」
「行ってきます!」
その時のサーチェは、出会ってから1番綺麗な笑顔だったそうだ。(ケイジ談)
「……さっさと行け、アホ娘が」
「……うん!」
親父さんは後ろを向いたまま、短くそう言った。
「ガルシュさん、行こう!」
「……もういいのか?」
「うん! もう、大丈夫!」
「よし、じゃあ出してくれ」
まさに感動的な親子の別れのシーン。
まあこれはこれでいいんだけども。
正直また18時間も馬車は勘弁なんだ。
そんなことを考えたケイジが、エラムを荷台にぶん投げて言った。
「ガルシュ、馬車は出さなくていい」
「え? ど、どういうことだ?」
「来る時はここを知らなかったから無理だったが、帰りなら瞬転移した方が楽だ」
「そんな事が出来るのか。相変わらずすげーな」
「ま、ほとんどがエルにもらった魔力のおかげなんだけどな。馬車ごと飛ぶから、荷物とかもしっかり載せとけよ」
地面に手を置き、魔法陣を展開する。
俺だけなら別に必要ないんだが、このサイズでなおかつ人やら土産やらを積んでると陣無しじゃ難しいんだ。
「じゃ、行くぞ」
魔力が込められ、魔法陣が光り始める。
「みんな、また来てねー!」
「ありがとなー!」
「瞬転移」
パッ、と6人の目の前が光に包まれた。
「着いたぞ」
ケイジの言葉に、他の4人が目を開ける。尚、エラムはまだ爆睡中。
「……おぉ~」
メルが驚いた顔をする。
「相変わらず便利な能力だな」
と、ジーク。
「すげぇな、この距離を一瞬なんて」
と、ガルシュ。
「ここが、ユリーディア……」
目を輝かせながら、サーチェが言った。
「だ、大丈夫かな? 私変じゃない? 田舎者っぽく見えてない?」
急に焦りだすサーチェ。
年齢はケイジよりも年上のはずなのだが、こういう所は幼く見える。
「大丈夫ですって。ほら、行きましょう?」
「うん!」
そう言って、サーチェは嬉しそうにケイジの手を取った。
「あ~あ~、これは浮気という他ありませんなぁ」
と、メル。
「だな。っていうかケージ、そのままギルドに行く気か?」
「ああ、そうだが」
「……別に本人が良けりゃいいか」
「じゃ、オレはここでお暇させてもらうぜ」
「ん、何か予定でもあるのか?」
「こんなに早く帰れると思ってなかったからな。せっかくだし今日も店を開くぜ。良かったら来てくれ」
店、というのはガルシュが数人の仲間達と営んでいる焼肉屋のことだ。豚、牛、鳥だけでなく、この世界にしかいないような生き物の肉や、ゲテモノなども取り揃えられていて、街の中でもそれなりに人気があるのだ。
「はいよ、分かった。じゃ、お疲れな」
「おう! 今回も助かったぜ、ありがとな!」
そう言って、ガルシュは店の方へ歩いていった。
「ま、とりあえずはギルドだな。顔も見せたいし」
そして、4人はギルドへと歩いていった。
そう、馬車に彼女がいる事などすっかり忘れて。
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