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第7章・新生活も楽じゃない
第55話 ・満足
しおりを挟む「それじゃ、村を救った英雄達に乾杯!!」
「「「カンパーイ!!」」」
時刻は午後6時。
酒場は沢山の村人たちで賑わっていた。
その中心には、ジーク、メル、ガルシュの3人。エラムがケイジと一緒にこの村に来ていることを知る者は少ないが、ドラゴンの脅威をケイジたち4人が退けた事は周知の事実らしく、その場にいた3人を祀り上げて宴会になっていた。
「おお、兄ちゃん良い飲みっぷりだねぇ!!」
「おう。誰か俺に挑戦する奴はいないか?」
上機嫌で酒を飲み、誰彼構わず勝負を挑み出すジーク。そしてそれにひっつくメル。
「んああ~、わらしも飲むぅ~」
「おいおい、嬢ちゃん大丈夫か?」
そしてベロンベロンのメルを心配する村人には、ガルシュがアドバイスした。
「ああ、そいつはいつもそんな感じだから放っておいて大丈夫だ」
「そ、そうか。それにしても、ゴブリンでもあんたみたいな良い人はいるんだな」
その言葉に、ピクリとガルシュの手が止まる。そしてそれを見た村人は慌てて付け加えた。
「すまない、悪い意味じゃないんだ。気に障ったんなら本当にすまない」
「ギャハハハハハ、良いって良いって。オレたちゴブリンなんてそんなもんだからよ!」
豪快に笑うガルシュ。こいつのこういうところは本当に立派だと思う。
「おうゴブリンのアニキ、腕相撲しようぜ」
そんなガルシュに、若い獣人の青年が挑み掛かる。
「いいぜ、かかって来いや!」
「やれやれー!」
「俺はゴブリンの旦那に5000イル!」
「じゃあ俺はセークに8000イル!」
そして酒場に男達の叫び声が響く。
「ぬおおおおおおおおああああああ!!」
「フンガアアアアアアアアアアアア!!」
間。
場所は変わり、村外れの草原。
ケイジは1人、少し雲が掛かった朧月を眺めていた。
何でここにいるのかって?
簡単だそんなこと。酒場にいると殺されかねないからだ。
俺もう満腹なんだよ。あのままあそこにいたら際限なく飲み食いさせられるだろうし、もう調子に乗って飲みすぎてリバースするのには懲りたんだ。
ああ、ジークなら大丈夫だ。ついでにメルもあそこまで酔い潰れるのが早けりゃ逆に大丈夫だ。心配なのはガルシュだが、まああいつも大丈夫だろ。アホだし。
それに、正直今回はあんまり感謝されるような事はしてない気がする。こんなに早く問題が解決したのはエラムが素直で良い奴だったからだ。レオル達に関しては問題に入らないあんなの。
大半の村人はまだエラムがドラゴンでここにいるって事は知らないし、何だかモヤモヤする。ああ、ちなみにエラムはまだ宿で寝てる。
はぁ、なんだかなぁ……。
そんなふうにぼんやりと月を眺めていたケイジの元に、1人の女性がやって来た。
サーチェだった。仕事着とは一変して綺麗な洋服に着替え、耳にも可愛らしいリボンが付いている。
ケイジはそんなサーチェを見て言った。
「あれ、サーチェさん。こんな所でどうしたんですか?」
「それはこっちのセリフだよ、ケージさん。宴会には行かないのかい?」
「ああ、あれはちょっと……腹一杯なんで勘弁したいですね。ジークほど酒も飲めませんし」
「あはは、そういうことね」
軽く笑みを浮かべたサーチェは、すこし照れ臭そうに続けた。
「じゃ、じゃあ、私も一緒にお月見していいかい?」
「ああ、もちろん。どうぞ」
「ありがと。よいしょっと」
ケイジのすぐそばに腰を下ろしたサーチェ。
ケイジは全く気付いていないが、分かりやすくサーチェの顔は真っ赤である。ケイジめ、相変わらずのタラシ野郎が。
ああ、せっかくだからここからはサーチェ目線でお送りいたしましょう。サーチェさんからだとこのタラシ野郎がどんな風に見えてるか、気になるでしょ?
(うう、隣に座ったは良いけど何喋れば良いんだろ……。私って言葉遣いも綺麗じゃないし……。ああああ、緊張するよぉ)
「サーチェさん」
かなり近めな距離にドキドキしていたサーチェに、少し真面目な顔のケイジが話しかけた。
「あ、う、うん。どうかした?」
「エラムのこと、なんですけど……。本当に良かったんですかね……?」
「って言うと、この村に連れて来たことかい?」
「はい……」
私でも分かるくらい悩んでる。
もう、そんなに悩まなくても良いと思うんだけどなぁ……。
「だから大丈夫だって。みんな分かってくれるよ」
ポンポンと、背中を軽く叩く。
「でも……」
「でもじゃなくて。絶対大丈夫だから。ほら、顔上げて?」
「うむぁ」
ぐにっとケイジの顔を掴み、自分の顔の前に持ってくる。
うわぁ、まつ毛長いなぁ……。それにほっぺも柔らかくて、髪もサラサラ……。
「あ、あの、サーチェさん……?」
はっ、しまった!!
思わず見惚れてしまった!!
「あ、ああ、ごめんごめん」
パッと手を離す。
「ええと、そうそう。絶対大丈夫だよ。もう一回言うけど、ケージさんが良い人だってのは私が証明出来るから」
「……本当にそう言い切れますか?」
「……え?」
「本当に、俺が良い人だって言い切れますか?」
「う、うん。言うよ!」
「俺のことを深く知ってるわけでもないのに?」
「う……」
胸が締め付けられる。正論を突きつけられて、急に言葉が出て来なくなる。
確かに、私は何も知らないくせに上部だけを見て言っているだけなのかもしれない。
それでも。
「……言うよ」
「…………」
私がケージさんのことを何も知らなくても。ケージさんがどんなモノを背負っているか知らなくても。
「何度でも言うよ。ケージさんは、良い人だって」
この気持ちは、絶対に嘘じゃないんだから。
「な、何度でも……」
あ、あれ……?
「サーチェさん……」
「あはは、な、何これ……」
何故か、涙が止まらない。
抑えが利かず、嗚咽まで漏れる。
「ご、ごめんね、私……」
もう戻る、と言おうとした時。
「あ……」
私は、ケージさんに抱き締められていた。
立派な腕と体で、優しく。
「ありがとう」
たった一言。
ケージさんの、そのたった一言で、また私の涙は止まることを忘れたように流れた。
「うっ、ひぐっ、うう……」
頭がボーッとしてくる。
切なくて、悲しくて、嬉しくて、愛おしくて。
形容出来ない思いを溢れさせながら、私もケージさんに抱き着いた。
「ありがとうサーチェさん。何だか、本当に心が軽くなった気がするよ」
「うん、うん……!」
他人行儀な喋り方じゃなく、普通に、ジークさんたちにするように自分に接してくれた。
自分も、ケージさんの助けになれた。
そう思うと、嬉しくてたまらなかった。
そして。
「ケージさん」
「ん……」
言わずにはいられなかった。
「好き」
泣き顔のまま無理やり笑って告げた、人生初めての告白。
ケージさんは一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに優しい笑みを浮かべて、また私をギュッと抱きしめてくれた。
「ありがとう」
その言葉が聞けただけで。
その笑顔が見られただけで。
私は満足だった。
2人はそのまま、月明かりの下、しばらく一緒に過ごしていたのであった。
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