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第6章・社畜生活は終わらない
第40話・柔軟性
しおりを挟む空には雲がかかり始めている。時刻はまだ午後4時だが、ところどころが暗くなっていた。そんな中、ケイジとジークは検問所まで来ていた。
「……人がいない?」
がら空きの検問所を見て、ジークが訝しげに言った。
「みたいだな。素通り出来るからありがたいが」
口ではそう言いつつも、2人はかなり事態を重く捉えていた。がら空きの検問所を素通りする。
ああ、やっぱ面倒臭そうだな……。いくら何でも検問所をがら空きにするなんてよっぽど特別な事情がなきゃしないだろ。で、このタイミングの特別な事情って言ったら1つしかない。ったく、全滅してなきゃいいが……。
「……やれやれ」
そう言ったのはケイジ。ジークも同じように苦い顔をしている。2人の前に広がる王都には、誰1人外出している者がいなかったのである。形だけ残して、人だけを抜き取ってしまったかのように。
「何やってるんだ? あいつら」
視線は向けないが、さっきからチラチラとカーテンの隙間から2人を見つめる住人達がいた。何があったかは分からないが、かなり怯えているようだった。
「さあな……。はぁ、状況は思ったより悪いみたいだな。急ぐか」
「だな。城ってのは、あのちょこっと見えてるやつでいいんだよな」
そう言ったケイジの視線の先、王都の中心地域であろう少し高地になっている場所には、絵に描いたような西洋風の立派な城があり、その先端部分が少し見えていた。
「そうだ。距離は……ここから6、いや、7キロってとこか」
「うへえ、遠いなおい」
いくら城がユリーディア寄りの場所にあると言っても作戦の前に7キロを徒歩はキツい。何とかして楽できないものか……。
「じゃあ、魔法を使ったらどうだ?」
「魔法? 今は箒も絨毯も持ってないぞ?」
そう言うケイジに、ジークはニヤッと笑って言った。
「いや、そうじゃなくてな。自分に魔法をかけるんだ」
「自分に? ……ああ、そういう事か」
ピーンと来たように、ケイジが応える。
「そうだ。精製とかよりは魔力付与に近い感覚で、自分に魔法をかけるんだ。イメージは……体力強化、それと身体能力向上でどうだ?」
「オーケー。習うより慣れろ、だ。やってみるか」
どういうことかって?
そうだな、例えるならゲームとかでいうバフみたいなもんだ。本当に、この世界の魔法は柔軟性が高い。応用のパターンは無限にある。便利なもんだ。
よし、まずは魔力を集中、増幅させて……。そこから、自分の体内に変換して送り込むイメージで。そして、そのまま閉じ込めるイメージ。
「……っと、こんな感じか」
やはり主人公+主要キャラ補正。2人とも抜群にセンスがいい。
「そうだな。さーて、走ってみるか」
「おう。じゃあ行くか」
トッ、トッと軽くジャンプした後、グッと足に力を入れて走り出した。
「う、おおおおおお!!」
おお、こりゃすげえ! 風にでもなったみたいだ! こんなにスピードが出るとは! しかも全然疲れねえ!
ふと横を見ると、ジークも同じように楽しそうに走っていた。
「はは、これは爽快だなケージ」
「ああ、最高の気分だ。こんな使い方もできるんだな」
人目も気にせず、2人は王都の中を駆け抜けていった。
間。
「あ~、あれか? レオル王国の奴らって」
「そうみたいだな。流石にあの数を相手にするのは面倒だ」
建物の陰から城の周りの様子を伺う2人。その視線の先には、5、6人の武装した獣人たちが見張りをしていた。
獣人、悪者……うっ頭が……。
「どうすっかな……。全員倒すとは言ったが真正面から突っ込んでも逃げられるだけだろうし」
ていうか殺し屋なのに正面突破とか論外だよな。うん。この話のコンセプトがこっそり無双なんだから、まずは潜入するとしますか。
「……お、あそこならいいんじゃないか」
ケイジの隣で、ライフルのスコープで城の様子を伺っていたジークが言った。
「ん、どこだ?」
「あそこの窓だ。施錠されてる様子もないし、あの大きさなら俺たちも通れるだろう」
ケイジもライフルを借りてその窓を見てみた。
「あそこか。確かに開いてるな。じゃあさっさと瞬転移しますか」
そう言ってケイジが魔力を溜め始めたのを、ジークが止めて言った。
「いや、待て。俺はそれ出来ないから別の方法で行こう」
「別の方法? あるんならそれでもいいが……っておい、何やってるんだお前」
「え?」
「え? じゃなくて。何でお前は当たり前のように俺にロープを巻きつけてるんだよ」
言われながらも手を止める事なくケイジの体にロープを巻きつけ、動きを制限しない程度に固定したジーク。
何考えてるんだこいつ、拘束プレイでもする気か?
「これでよし……と。じゃあ行くぞ」
「いやいやいやだから待てって。どうする気だ?」
質問に応える事なく黙々とライフルに魔力を溜め始めるジーク。そこで始めてケイジもその意図に気付いた。
「おい……お前まさか……」
「そのまさかだ。ちゃんと引っ張り上げてくれよ?」
「待て待て待て待て他になんか方法がハウッ!?」
ジークは拒否するケイジにお構いなく、スッと後ろに回り込んでケイジのケツにライフルの銃口を突き立てた。
俺、ライフルに処女奪われちゃうのかな。
「よーし、行って……来いッ!!」
ジークがライフルの引き金を引いた瞬間、溜められた魔力がとてつもないエネルギーとなってケイジの体を吹っ飛ばした。
「イヤアアアアアアアアアアア!!!!!!」
物凄い勢いで曇り空にアーチを描くケイジの姿は見事なものだった。
これただの人間大砲じゃねえかあああああああああああああああ!!
っていうか、これやばくね!? いや、この勢いで突っ込んだら俺も城も無事じゃ済まないし、音で絶対バレるだろ! いくらなんでも無鉄砲すぎませんかジークさん!?
「クソ、だったら……!」
窓に達する前に、急いで魔力を充填する。
「硬化!! と、サイレント!!」
硬化は自分の体を硬く、言ってみれば防御力を上げるイメージで。サイレントは自分の周りの『音』を奪うイメージで。
ギリギリで魔法を発動し、そしてケイジは窓に突っ込んでいった。
「うおえ……酔った……」
ふらふらと、どうにか立ち上がる。だいぶ派手に窓枠やら壁やらが壊れているが、サイレントのお陰で中の奴らにはバレていないようだった。
「あいつ……いつか絶対仕返ししてやる……」
揺れる頭を落ち着けながら、窓の下を覗き込む。すると、そこにはケイジが宙を舞っている間に見張りたちの目を盗んで城のすぐ側まで走って来たのであろうジークがロープを持って立っていた。何やら口をパクパクさせている。
なになに……? は、や、く、ひ、き、あ、げ、ろ? あ、あの野郎……。
やたら偉そうな態度に軽くイラッとしつつも、誰かが来たらヤバイのでロープを体から外して引き上げる。ジークはロープと吸着魔法を使い、器用に城の外壁を上って素早く窓にたどり着いた。
「ふう、ご苦労」
「お前……いつか仕返ししてやるからな」
やり方はともかく、無事に気付かれることなく城内に侵入した2人はこっそりと王と姫の行方を探した。
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