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第9章・収穫祭デート?

第67話・誓い

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頬を撫でる風が気持ちいい。
体を照らす夕陽が暖かい。
足にしがみつく彼女の腕が可愛らしい。
子供の頃、よく自由に空を飛びたいと思っていた。飛行機に乗るとかじゃあなく、風を肌で感じられるように、鳥のように。縛られた人生から抜け出したいと思っていた。
そして、それが今叶った。大好きな女性ひとと一緒に自由に夕暮れ空を飛んでいる。
最高の気分だ。

「テリシア、大丈夫か?」

座り込んで足を離さないテリシアに尋ねる。

「は、はい。立つのは無理そうですけど、風がすごく気持ちいです」

「なら良かった」

下の街では、今も収穫祭の真っ最中で賑わっている。ちらほらと見える知った顔も、みんな楽しそうだった。

快適な空の旅を十数分。海が見えるくらいの場所まで来た。ここらでは漁師であろう人たちが各々の店を開いている。生け簀に入ったまだ生きている魚を売っている店や、魚料理を振る舞う店。周りの客は、俺たちと同じく花火を見に来たのだろう、場所取りをしたり食べ物や飲み物を運んだりしていた。

「さてと、ここら辺でいいか。テリシア、あとどれくらいで始まるか分かるか?」

「ええと、あと2、3分で始まります」

周りを見渡してみると、同じように魔法で空中から見ようとしている人たちもいた。中にはかなり大きな絨毯、いやもはや絨毯のような何かといったほうが適切そうなものを操っている人もいた。
さすがは異世界、花火の見方もそれっぽい。

「ん、じゃあなんか酒とつまみを……」

「分かりました、じゃあ選りすぐりを」

そう言うとテリシアは持っていた巾着袋に手を突っ込み、ゴソゴソし始めた。
何でも人気の魔法具の1つだそうで、この袋とボード、もしくは棚などがセットで販売されている。魔力の込められた棚にある道具や食べ物などを、任意の場所で袋から取り出せるそうだ。汎用性の高さや袋の多様なデザインなどで、かなりの人気商品らしい。

ちなみに魔法具というのは魔法適性のない一般人でも扱うことの出来る魔力の込められた道具のことである。日常生活用のものから戦闘用のものまで様々で、他にも出て来たらその時に詳細は説明しよう。

「えーと、ガルシュさんの焼き鳥とスモークチーズ、塩茹でした枝豆と……おつまみはこれくらいで、フィルカニウムの葡萄酒とエール、それとビール。あとは和国のお酒! どうですか?」

「中々に豪華だな。珍しい組み合わせとか相性を考えたメニューもいいが、こういう好きな物詰め込んだ~みたいなのも捨て難い」

好みの酒とつまみに、ついつい腹の虫がなる。個人的には腹を空かせて飲むのは掟破りだが、まあたまにはいいだろう。

「ですよね! あ、そろそろ始まりますよ」

「お、じゃあ乾杯しようか。そういえば、テリシアはアルコールいけるっけ?」

「もちろんです! ああ、お酒飲むの久しぶりだぁ~」

「はは、じゃあまずはビールで」

絨毯に座り、嬉しそうに持つテリシアのコップにこれでもかとビールを注ぐ。

「ありがとうございます。じゃあケージさんもどうぞ」

「ほい、あざっす」

そしてケイジのコップにも同じようになみなみとビールが注がれる。
すると。
ヒュ~、という音と共に細い光が一筋。
少しして、パッ、と大きな花火が辺りを照らした。少し遅れて、ドオン、と腹を震わせる音が響く。
地上は一気に賑わい始めた。

「あ、先越されちゃいましたね」

「はは、そうだな。じゃ、こっちも始めますか」

「はい! それじゃ、乾杯!」

「乾杯」

キン、とグラスを合わせ、冷えたビールを一気に流し込む。ゴクッ、ゴクッと喉越しを楽しむ。

「……っぷはぁっ!! く~っ、やっぱこの感じたまんねぇ!!」

一息でグラスを空け、息を吐く。
もちろん他の酒の味わいなども好きだが、やはりこのビール独特の喉越しは癖になる。

「……っはあっ!! ああ~、染みる~!!」

隣ではテリシアが同じようにグラスを空け、白いひげを作っていた。

「いやあ、やっぱこの感覚は病みつきになるな」

「ですね~! もう、最近忙しくて全然飲んでなかったから余計に美味しく感じますよ!」

眼前では、本格的に始まった花火が夜空を彩っている。
赤、青、緑、オレンジ、紫。
大きいもの、小さいもの、細長いもの、滝のようなもの。
子供の頃に見たきりだった、美しい光景。
心を震わせずにはいられなかった。

「花火、初めてですか?」

「いや、初めてってわけじゃないんだけどさ。すっげえ久しぶりなんだ」

「そうなんですね。あ、次は何飲みますか?」

2人のグラスに注いだビールの缶は、もう空になっていた。まだ何本かあるが、折角だし他のも飲みたい。

「うーん、じゃあ……」



間。



花火が始まってから1時間ほどが経った。
空はすっかり暗くなったが、街はまだまだ明るく、花火もまだ続いている。

「ふう……」

腹もそれなりに膨れて、アルコールが回ってきたケイジは小さく息をついた。

「ああ、何だか眠くなってきちゃいました……」

隣で目をパチパチさせながら呟くテリシア。
俺ほどアルコールに強いわけではないだろうに、俺に合わせて飲んでくれた。きっと気を遣ってくれたんだろうな。

「ん、大丈夫だぞ寝ても」

「え~……折角ケージさんと来たのにぃ~……もっと一緒に飲みたいですぅ~……」

うん、顔赤いし完全に酔ってるなこの子。

「そんな無理しなくても……また来年も来ればいいだろ?」

「……って事は、来年も一緒にいてくれるんですね?」

それを言われた瞬間、急に胸が押さえつけられた。
本当に、来年もここにいられるのか。
このまま何も起きずにいられるのか。
この日常が、崩れずにこの日を迎えられるのか。
不安が押し寄せて来た。

「……ああ、もちろんだ」

不安を振り払い、強く答える。
絶対に守る。そう心に決めた。何があっても。

「えへへ~、ケージさん大好きです~」

酔っ払ったテリシアが抱きついてくる。
ちょ、今そういうことされると自制出来る自信がないんだけど。

「よしよし、また来ような……来年も、絶対に」

「……」

「……寝ちったか。じゃ、帰りますかね」

膝の上で眠るテリシアの頭を優しく撫でる。
満足気な顔で眠るテリシアはまるで遊び疲れた子供のようだった。

「守ってやるさ……絶対に……」

あまりスピードは出さず、街を眺めながら家に向かう。絶対に、この日常は壊させない。

こうして、新たに強い決意を胸に、収穫祭デートは幕を閉じたのだった。
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