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第5章・防衛戦

第34話・リスタート

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「…………」

この状況をどうすればいいというのか。
悪魔というのは存外適当なヤツらのようだ。

今の状況か?
うーん、生き返ったには生き返ったんだろうけどさ。傷が治ってないんだよ。そう、胸のやつ。これ、意味ないんじゃないか?悪魔ちゃんはなんか知らんが疲れ果ててるし。

「あ~、疲れた~……。魂引っ張って降りるのってこんなに大変なんだ……」

「なあ、これここからどうすればいいんだ?」

何故か首から下が動かない。
しかもまるでザ・ワー◯ドでも使ったかのようにみんな止まってる。

「え~っと、もう魂は戻ってきてるから、後は怪我治して私の魔力分けてあげる。そしたら後は頑張って」

疲れたような顔でブエルはそう言った。

そうだ、せっかくだからブエルという悪魔について説明を加えておくとしよう。
面倒だったら読み飛ばしてくれて構わない。

ブエルは論理学、倫理学の大家で総帥でもあり、自然哲学、道徳哲学にも優れ薬学の大家で全ての薬効の効果を教えてくれることから、悩み事や病を癒す力を持つとされる。
ブエルの能力は全ての人間の病と怪我を手(足)で触れただけで癒すことができ、特に男性を癒す能力が非常に高いとされている。
しかし、ブエルの手により病が快復した場合、その対象となった人物は生涯、星に祈りを捧げ、苦境にある人を救わねばならない、という債務を背負うことになっているため、相応の覚悟が必要となる治療である。
『ゴエティア』によると、ソロモン72柱の悪魔の1人で、50の軍団を率いる地獄の大総帥であり、序列は10番目となっている。

『ゴエティア』というのは、ソロモン王が使役したという72人の悪魔の召喚の儀や能力が書かれているグリモワール『レメゲトン』の第1書の表題である。

「ああ、言い忘れてたけど私が傷を治したらこれからずっと困ってる人を助けなきゃならないんだけどさ。別にいいよね?」

「え?」

困惑するケイジなど意に介さず、ブエルはケイジの手を取る。その手は普通の人間のように暖かく、柔らかい。

「おい、どういうことだそれ?」

「だから、傷を治す対価ってこと。助けられた命は誰かを助けるために使ってね、ってことだよ」

「マジかよ……」

選択の余地がない事は分かりきっているのだが、どうしても気が引けてしまう。
人助け、か……。

まあ、考えようによっては自分を変えるいい機会かもな。そこまで生活が制限されるってことでもないだろうし。

「むうぅ~……!!」

ケイジが応える前に意識を集中させるブエル。
うん、やっぱり選択の余地なんてないね。

「おお……」

あっという間に傷は完治し、体には魔力が漲ってくるのを感じる。感覚的にはソウさんに魔力を解放してもらった時に似ているが、あの時とはレベルが違う。

「わあ、すごいや。こんなにうまくいくなんて、やっぱり私達相性抜群だね!! もう結婚しない?」

意味不明なことを口走るブエルを横目に、首を動かして周りの状況を把握する。
俺の体は物資が置いてある救護地点まで運ばれているが、戦線はかなり後退していた。
この場所じゃあ、すぐにでも街に侵入されかねない。

「サンキュー。これ、いつになったら動けるんだ?」

「ガン無視きついよぉ~。もう動かしていいの?」

「ああ。いつでもいける」

「じゃ、頑張ってねご主人。私は寝てるから~。」

そう言ったブエルの体は足の方からどんどん消えていく。
こいつ成仏でもしてるのか?

「あ、そうだそうだ。私のことはエルって呼んでねご主人。じゃあおやすみ~」

獣っ子はそう言い残して消えていった。
もう戻って来なくていいのだが。

体は動く。
立ち上がると、傷の痛みは無く、体力も魔力も有り余っている。ふと後ろを見ると、救護を担当していたのであろうエルフの娘や、傷ついたハンター達が目を丸くしていた。
そこにはヤツもいた。

「な、ケ、ケージ!? お前、どうして!?」

傷だらけの体を起こしながら言うのはガルシュ。幸い、斬られた傷は致命傷ではなかったようだ。

「あ~、話せば長くなる。割とマジで。だからとりあえずこの戦いを終わらせてくる」

横に置いてあった剣を拾い、腰のベルトに鞘を取り付ける。

「本当にどうしちまったんだ……? なんでそんなに黒い魔力を……?」

ガルシュはケイジの魔力を黒い、と形容した。ケイジ本人にはどう見えるのかは分からないが、周りの者たちからは禍々しい魔力に見えるようだった。

「まあ、また後でな。お前はそこでゆっくりしてていい」

そして足を戦場に向ける。どう見てもこちら側が不利だった。そしてあの男の黒霧もまだ残っている。
ケイジは意識を集中させ、魔力を集めた。

「出ろ、白霧」

ケイジの左手から放たれた白い霧は、黒霧を打ち消して戦場を包んだ。

「な、これは……? 力が戻ってきた?」

ハンターたちはケイジの出した白霧で力を取り戻し始めた。ケイジの出した白霧は、ローブの男と対を成す魔法である。この世界の魔法は、自分の魔力とイメージ力が重要になる。ローブの男の魔法が敵の力を奪うのに対して、ケイジの魔法は味方に力を与えるものだった。
これはこの時点でブエルの縛りがかかっているのが理由なのだが、ケイジ本人は気づいていない。

「なっ、なんであの男が!? あいつが殺したんじゃないのか!?」

馬上の男が、勢いを取り戻したハンターたちを見て、ケイジを見つけて慌てふためいた。

戦場を見ると、ジークも乱戦の中に混ざって、拾ったであろう剣を振るっていた。それほど切羽詰った戦況だったということだ。

ケイジは悠然と歩を進めた。
襲ってくる敵兵は風魔法で吹き飛ばした。
ジークがこちらに気付き剣を振るう。
ケイジは剣を抜いた。

ギィン、と音を立てて剣と剣がぶつかった。

「おいこら味方だ。大丈夫か?」

「ケージ!? お、お前なんで!? 確かに死んだはずじゃ!?」

「色々あってな。帰って来た。ここはもう大丈夫だから、お前は一旦下がれ。剣もお前もボロボロだろ?」

「だ、大丈夫なのか?」

「ああ。心配かけて悪かった。あとは任せろ」

ジークはまだ何か言いたげだったが、自分の状況を考え、言われた通り下がっていった。

「さあ~て、第2ラウンドだ。続き、やろうぜ」

ケイジの視線の先にいるのは、ローブの男だった。ケイジが立っている事にも別段驚いたそぶりは見せない。

「ふん。どういう仕掛けか知らんが、何度でも殺すまでだ」

復活したケイジの力で戦況は五分五分まで戻って来ていた。
そしてここから、ユリーディア防衛戦は一気に動く事になる。
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