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第1章・ホットケーキの甘い罠?

第8話・ペットの飼育は計画的に

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  さて、ここで問題だ。
  成人男性を一般的な民家の屋根から隣の家の2階の窓にぶん投げる。そしてそのままの勢いで階段を1階分転がり落ちる。
  どうなると思う?

  そう、ただじゃ済まないよな。
  うん、その通りだ。

  ただじゃ済まねえんだよ普通は!
  受け身とったから大した怪我はないけどそれでも痛えよ!

  どうなったか説明すると、俺は予測していたルートを辿り勢いよく窓からダイブ。
  そこまでは良かったが、体を受け止める壁となるはずの階段の手すりが根元から折られていたため、俺の体を受け止めるものはなく、飛び込んだ勢いのまま階段を転がり落ちたのだ。
  まったく、俺が死んだらこの話終わっちまうんだからもう少し自重してほしい。

「け、ケージさん!? 大丈夫ですか!?」

  ケルートに襲われそうになっている所に突然降って来たケイジを見て、テリシアは驚きながらそう言った。

  頭大丈夫ですかとか言わないで!
  ていうかテリシアさん、あなた人の心配してる場合か……?

  今どうなってるかって?
  えーと、興奮しきったケルートに片腕掴まれて服半分くらい脱がされてる。ギリギリだったけどナイスタイミングだったな。これでバッチリ証拠も掴めたし……。

  っておい落ち着けお前ら!!
  どうしたんだよ!!

  何?ケルートぶっ殺す?
  いや無理だろそこからじゃ。俺がやるから見てろって。

「あはは、ちょっと忘れ物しちまって……で、ケルートだっけ? お前何やってんだ?」

  よろよろと立ち上がりながら、ケイジは顔を赤くしたケルートを睨み付けた。

  とりあえずその汚いイチモツをしまってくださいお願いだから。変に獣じみててマジで目の毒なんだ。

「またお前か……! なんでだテリシア!? なんで俺にはあれだけ頼んでも家の場所を教えてくれなかったのに、こんな、ギルドに来たばっかのやつに!」

  ケルートは分かりやすく怒っている。
  結局のところ、こういう輩は自分の行動の何が悪いのか分かっていないから同じ過ちを繰り返すのだろう。

  テリシアか?
  ああ、だいぶ怯えてる。

  抱きしめてあげたい?
  馬鹿野郎、それじゃケルートと同類だろうが。とりあえずさっさとこのアホ殴って終わらせよう。

「まだ分かんねえのかこのタコ。お前がやってんのはただのストーカーだ。ろくに相手のことも考えてねえくせに自分のことばっか優先してんじゃねえよ。挙げ句の果てに無理矢理襲う? 結局頭ん中は動物のままじゃねーかこの発情ザルが」

「ふざけんな……てめえさえ、てめえさえいなければ!!」

  ケルートは怒りのままに背中の剣を抜いてこちらに斬り掛かった。
  だがその刃はボロボロになっていて、手入れをしていないどころの話では済まないほどに腐敗していた。

「あ、危ない!!」

  お、テリシアちゃん俺のことなんか心配してくれるのか。大丈夫だよ全然危なくないから。

  どうするんだって?
  丁度いいや、お前らにもこういう時の対処法を教えてやろう。

「ガアアアアッ!!」

  まず、ポケットナイフを取り出す。そう、キーチェーンになってるくらいのやつで全然大丈夫。で、それを正確に、かつ力強く刃の重心にぶつける。
  そうすると、ほら。

「なっ、何だと!?」

  大きな、派手な金属音を立ててケルートの剣は真ん中から砕けた。

  理由?
  見た通りだが。薄っぺらい紙ですら人間の皮膚くらいなら簡単に切れるんだ。小さくても立派なナイフがあれば、ましてやあんなボロボロの剣なら、重心を捉えれば簡単にぶっ壊せる。ま、多少なりコツはいるけどな。

「さ、武器壊れちゃったな。どうする? まだやるのか?」

  武器を破壊されて焦るケルートを、俺はなおのこと煽った。

  え?
  もう飽きて来た?
  早くテリシアちゃんとお喋りしたい?
  いやお前らなあ……。まあいいや、すぐ終わらせるから待ってろ。

「グルアアアアアアアアア!!」

  2度目の咆哮をあげ、殴りかかってくるケルート。

  お、また馬鹿正直な右ストレートで。
  そんな獣みたいな鳴き声あげるんだったらもうちょいマシな攻撃してこいよ。このくらいだったら誰でも避けられると思うんだが。で、俺のオススメはこんな感じに下に躱すやり方。反撃がしやすい。

  どうやってトドメを刺すか?
  そりゃあお前、敵の懐からトドメの一撃っていったらこれしかないだろ。

  そう!!
  一撃必殺、昇竜拳!!

「ショーリューケン!!」

「ぐほあああっ!!」

  アゴに昇竜拳がクリティカルヒットしたケルートは、そのまま後ろに仰け反った。
  だがケイジの怒りはまだ収まっておらず、追撃の体制に入っている。

  仰け反って的が大きくなった腹にそのままドロップキック!!

「どりゃあっ!!」

「うごあああっ!!」

  もろにキックを食らったケルートは、吹っ飛んで机や棚を潰しながら壁に激突した。

  やっべ、テリシアの家なのにぶっ壊しすぎた。

『ケルート』様がログアウトしました。

  あの調子なら、憲兵さん達が来るまでは起きないだろ。やれやれ、本当に手間のかかる……。

「ふう。テリシア、大丈夫だったか?」

  念の為ケルートの様子を伺いながら、座り込むテリシアに手を貸した。握り返された、俺のよりも小さなその手は、さっきと同じようにまだ震えている。

「は、はい……あ、ありがとうございます」

  ちゃんと伝えなければならない。
  現実は残酷なのだということを。

「なあ、テリシア。今までケルートのことどう思ってた?」

「あ、明るくて、優しくて、良い人だと思ってました」

  まあ、テリシアからはそう見えてただろうな。この子の性格なら尚更だ。

「今は?」

「今は……とても、とても怖い人に見えました」

  ショックだと思う。
  周りから見ればおかしな奴でも、テリシアから見ればヒューマンである自分に変わらず接してくれる存在の1人だったはずだ。

  そいつがこんなことをしてくれば本当にショックだと思う。だからこそ、取り返しのつかないことになる前に間に合ってよかった。
  危なかったよ、割とマジで。

「テリシア、よく聞いてくれ。テリシアの性格を否定したりするつもりはない。でも、これからはもっと人を疑うことも考えなきゃならない」

  ケイジは不安げなテリシアの目を見て、優しく語りかける。

「今回は俺がここに来れたから良かったけど、もしもう1度同じようなことが起きても、また俺が助けに行けるとは限らない。それは分かるだろ?」

「はい……」

  辛いのはわかってるけど、教えなきゃいけない。どこの世界でも、危機感のない奴は早死にしちまうから。

「でも、最初にも言ったけど俺はテリシアの素直なところ嫌いじゃないよ」

  あ?
  何口説いてるんだよだって?
  いや、そうじゃなくて説教だけじゃしんどいだろうからフォローも入れたつもりだったんだけど……。

「あの……ケージさんは、信用出来ますか?」

  信用できるかなんて普通本人に聞く?
  いきなりすぎてビビったわ。
  うーん、どう答えるべきか……。
  別にテリシアの敵に回るつもりなんて無いけど、俺殺し屋だしなあ。

  え?
  これからずっと守ってやるって言え?
  お前らのそのブレないところほんと好きだわ。

「さあ、どうだろうな」

  俺は答えを濁した。
  何と言えばいいのか、自分でも分からなかったから。

「ケージさんは、きっと信用できる人です。だって、会ったばかりの私を助けて、慰めも説教もどちらもしてくださったんですから」

  涙ぐんだ顔で笑いながら、テリシアはそう言った。

  あ、だめその笑顔。ちょっと可愛いって思っちゃった。

  ってお前ら何悶え苦しんでるんだよ!!
  は!? テリシアが可愛すぎて生きるのが辛い?
  ……っておい!! 返事をしろ!!
  メディック!! メディーーーーック!!

「そっか。まあ、これからは気を付けてな。それじゃ」

  早くこのバカどもを病院に連れてかないと。
  あ、頭の方の病院ね。

「あ、ケージさん!」

  そうして今度こそ帰ろうとしたケイジの手を、テリシアはぎゅっと握った。

「ん、どうした?」

「あ、あの、その、まだ少し怖くて……も、もし良かったら、い、一緒に寝てくれませんか?」

 手を離さぬまま、テリシアは絵に描いたようにモジモジとしながら言う。

  お前ら、死んだ甲斐があったぞ。
  なんと向こうからベッドイン誘われちゃった。っていうか、やっぱりそういう所だとおもうなあ僕……。

  ま、今日くらいは良いか。
  寂しそうな顔してるテリシアほっぽって帰るのも気が引けるし。

  ケルートを引っ張り出して憲兵さんに引き渡すシーンは面倒だから割愛。
  そんな所見せても面白くないだろ?


間。


  今か?
  今はテリシアの着替え待ち。パジャマにでも着替えてるんだろ。

  っていうかさ、思ったんだけど。
  俺、帰るってどこに帰るつもりだったんだろう。まだ金も家もないんだから帰る場所なんて無いのに、平然と帰ろうとしたさっきの俺って……。誘われた時はマジでびっくりしたけど、結果オーライだったな。

  ってお前らいつの間に!?
  何?テリシアが生きてる限り俺たちは死なん? そりゃ逞しいことで。

「お、お待たせしました。どうぞ?」

  着替えを終え、テリシアがドアからひょこっと顔だけ出して言った。
  そして、部屋に入ってテリシアの姿を見たケイジは衝撃を受けた。

  お、準備出来たって可愛いっ!!
  パジャマのテリシア可愛いっ!!
  なんだこれ戦術兵器か何かか!?

  ってああー!! お前らー!!
  な、なんだ!? 遺言があるなら聞くぞ!?
  え? 墓にはパジャマ姿のテリシアの写真を供えてくれ?
  わ、分かった。おやすみ。
  俺も心を落ち着けなければ。

「お邪魔します。って、ベッド1つしかないのか?」

  相談に来た時には見なかった寝室には、やや大きめのベッドが1つあるだけだった。

  誘ってるとしか思えないんだけどこの子。
  これを素でやってるんだから、ある意味ケルートもドンマイだよなあ。

「ごめんなさい、お客さん用の布団とかは無くて。い、嫌でしたか?」

  いや、全然大丈夫だけど。
  ていうより別の意味で大丈夫じゃないけど。

「いや、俺は大丈夫だけどさ。テリシアはいいのか?」

「私は大丈夫です。ケージさんは信頼出来る人ですから」

  そう言って穏やかな笑みを浮かべるテリシア。ケイジですら揺らぐこの威力、侮りがたし。

  ッ!!
  この笑顔!!
  だれかこの破壊兵器を止めてくれ!!

  頭で謎の葛藤をしつつ、促されるままにベッドに潜り込む。

  ああ、布団あったけえ。
  まさか誰かと一緒のベッドで眠ることになるなんて、思ってもみなかった。
  人生何があるかわからないものだ。

「あの、ケージさん」

  テリシアが顔を見つめながら話しかけてくる。

  なんでしょうか破壊兵器ちゃん。
  この距離間やばいんだけど。煩悩が。

「ん、どうした?」

「その、お恥ずかしいんですけど、ぎゅって、しても良いですか?」

  大佐、この子完全に誘ってるぞ。
  もうそろそろ良いんじゃないかな?

  え?勝手に手ェ出したら殺す?
  そのかつてない真顔でいうのやめてくれ怖いから。分かってるって。

「別に良いけど、どうかした?」

「し、失礼します」

  少し遠慮しながらも、テリシアは俺の体にギュッと抱き着いた。それと同時に自制心が悲鳴を上げる。

「あの、私、やっぱり本当にショックだったんです。ケルートさんの事。マスターに助けてもらってあのギルドで働くことになって、最初はすごく怖かったんです。でも、ケルートさんが最初に話しかけてきてくれて……そこから皆さんとも仲良くなれて、だから……」

「……」

  ケルートの気持ちも理解できる。悪いことであるのには違いないが、理解は出来る。
  富、名声、恋、酒、薬などなど。
  人を狂わせるものなんて世界に溢れてる。
  どんなに誠実な人間でも、毒に侵されることはあるのだ。

  それが人間の営みで。
  それが、人間の鮮やかさで。
  醜く、愚かで、残酷で、そして美しい。
  人の歴史は、いつもそうやって紡がれてきた。
  俺はそう思う。

「ケージさんは、いなくなったりしませんか? 私を、裏切ったりしませんか? 嫌いになったり、しませんか……?」

  ああ、そんな泣きそうな顔で見つめないでくれ……。
  俺は、どうするべきなんだろう……。

  え?
  素直になれ?
  ……そうだな。せめてこっちの世界でくらい、正直に生きてみるか。

「……大丈夫だよ」

  優しく微笑みかける。
  ああ、俺こんな顔できるんだな。

「俺はテリシアを裏切らない。嫌わない。いなくなったりしない」

  正直に生きるってのも、案外悪くないかもしれない。今の一言で、なんだか心が軽くなった気がしたんだ。

「……!!  ケージさん、ケージさん……!!」

  テリシアは消え入りそうな声で、より一層強くケイジの体に抱き着いた。

  ほわああああああああ!!
  だからそれはやばいんだってばあああああ!!

  結局、眠れるかどうか不安に思っていたが、1日の疲れからか俺もテリシアが寝てから数分で寝てしまった。
  2人は寄り添う様な形ですうすうと寝息を立てている。
  そんなこんなで、ようやく俺の長い長い異世界生活1日目は幕を閉じたのだった。
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