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第13章・結婚式!
第105話・好き嫌い
しおりを挟む時刻は午後5時。ギルドへ報告に向かったジークとは別れ、今は帰路に着いているところだ。
「む……流石にまだ冷えるか」
雨季を抜け幾分か春らしくなったとはいえ、陽の落ちたこの時間帯はまだ冷える。街の住民たちも長袖の外着を羽織る者が多い。
とはいえ夕飯前の帰宅時、街はまだまだ騒がしい。あちこちの店で店主たちが自慢の商品を携え、主婦たちがそれを目利きしている。
効率性を追い求めるなら話が変わるが、やっぱりこういう昔ながらの商売のスタイルは良いものだと思う。棚に並べられた物をレジに持っていき料金を支払うという単純作業とは違う、自らの目と経験を信頼した上でその道のプロたちと交渉する。現代の世界では中々得られない経験だ。
思っていたものとは違う、残念な現実が多いものだとしても、商店街という響きに憧れた経験は誰しもあるはずだ。お前らもそうじゃないか?
ユリーディアはこういった個人経営の規模が小さな店がほとんどだ。商売に関する知識は深い訳じゃないし、税金やら組織やらの細かい事情も分からないが、原則的に自己責任で生きていくこの世界ではこちらの方が都合が良いんだろう。その分各々が人との結び付きを大切にし、また人との輪が広がっていく。それもまた、良い生き方だよな。
「あ、ケージさん!」
賑やかな街を眺めながら少しばかりゆっくりと歩いていると、聞き覚えのある声の持ち主に呼び止められた。
「サーチェさん、こんばんは」
声の持ち主は、赤髪に可愛らしい猫耳を揺らすサーチェさんだった。お使いだろうか、ギルドで働く時に身に着けている給仕服姿のサーチェさんはトテトテとこちらに駆け寄ってきた。
「こんばんは! お仕事帰り?」
「ああ、そうだよ」
「そっか、お疲れ様!」
「ありがとう」
ニコッと快活に笑うサーチェさん。相変わらずこの人の笑顔は見ていて飽きない。テリシアとはまた違う、言うなれば天真爛漫な笑顔って感じだ。
いや違う浮気じゃない。頼むから迂闊な発言はやめてくれ。サーチェさんを連れてきた時に何があったか覚えてるだろ?
俺と共に尻の尊厳を失いたくないなら言葉には気を付けてくれ。頼むぞ?
「サーチェさんは買い物か? その転移魔法陣布、ギルドのだろ?」
「うん、そうそう。いや~、やっぱりユリーディアは賑わいが凄いね!」
「それは思う。活気に満ちてるってのはこういう事を言うんだろうな」
収穫祭の時にテリシアが使っていたが、ギルドで提供する食材を買い出す際にはギルドの食料庫とリンクされた魔法陣を刻印した道具を利用できるそうだ。一見ただの布に見えるそれの上に食材を置き、特定の魔力を込めればそれらが食料庫に転送される。
「ほんと、毎日が楽しいよ。ケージさんには感謝してる」
「そっか、そう言って貰えると何よりだ」
言い出しっぺとしては嬉しい限りだ。そのうちあの愉快な親父さんも連れてきたら面白そうだな。
「そういえばさ、ケージさん」
「ん、どうした?」
「ケージさんって食べられない物とかある?」
えっ、どんな質問だそれ。ジークじゃあるまいし、俺は人間向けの食べ物しか食べられないんだが。
「さ、さすがに普通の食べ物以外は難しいと思うけど」
その答えを聞くと、サーチェさんはハッとした様子で、笑いながら続けた。
「ごめんごめん、そうじゃなくて。嫌いな食べ物とかあるか聞きたくてさ」
「ああ、なるほど。そういうことか」
俺まで虫を食うヤベー奴扱いされてるかと思って焦った。言うまでもないが、俺はどんなに空腹でも虫は無理だ。絶対にな。
「特には無いと思う。ここの食べ物はどれも美味いからな。サーチェさんの料理なら尚更だよ」
そう答えると、サーチェさんは嬉しそうに頷いた。
「うん、分かった! ありがとね!」
「もしかして新しいメニューの試作とか?」
あまりにもこの街に馴染んでいるから忘れていたが、ユリーディアにはまだヒューマンは俺とジーク、テリシア、エリスくらいだ。エリスの部下たちは城壁跡の混合住宅地に住んでいるのが殆どだし、もしかするとヒューマンには無い食文化があったりするのかもしれない。
そんなことまで配慮してくれるとは、相変わらず気が利く人だ。
「あー、うん、そんな感じ!」
思っていたものとは違う、少しだけ不明瞭な返事。まあ何から何まで話すこともないだろう。
「じゃ、私はギルドに戻るね」
「ああ、分かった。仕事、頑張ってな」
「うん!」
元気に手を振るサーチェさんを見送り、またゆっくりと歩き出す。
朝と夜の肌寒さはまだ残っているが、白い息はもう出ない。
春はもう目の前だ。
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