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第13章・結婚式!
第102話・畑荒らしの犯人
しおりを挟む時刻は午後2時。ミツバやエラムがうたた寝を始めた頃、我が家への来客を知らせるベルが鳴った。
「ん、来たか」
「お客さん?」
「ジークだ。仕事行ってくるよ」
立ち上がり、収納魔法でコートと仕事道具を取り出しながら寝息を立てるエラムの頭を軽く撫でる。
「分かった、行ってらっしゃい」
そう言いながら両腕を広げ、期待の眼差しを向けてくるテリシア。小さく笑いながら、軽めに彼女を抱きしめた。
「行ってくる。夕飯までには帰るよ」
幸いなことに、和国と公国でのトラブルから暫くの時間が経っても大きなアクションは起こっていない。ミルさんから聞いた話では、公国内でもそれに関する大きな話題は挙がっていないらしい。可能性は低いが、このままあの出来事が無かったことにされる事だって有り得る。
「よう、待たせたな」
家の前にはいつも通りのジークの姿。この世界に来た時と比べれば随分と表情が柔らかくなっている。
「いや、俺が少し早く着いたからな。時間通りだ」
「よっしゃ、行くか」
「ああ」
とはいえ、当然の事ながら原因を作った連中にはそれ相応の報いを受けさせなければならない。一度首を突っ込んだ身だ、最後まで付き合うのは当たり前と言える。
だがそれも、まずは和国の復興が終わってからだ。エリスとレニカさんが口聞きをしてくれたらしく、この街からも随分と物的支援が行われている。ギルド宛てにクロメからの連絡も来るし、公国がもう一度武力行使をするような事が無ければ国力の回復は時間の問題だろう。
「にしても珍しいな、俺たち2人が揃って依頼なんて」
まずは目の前の仕事に集中するとしよう。今回の依頼はユリーディアのとある農家から寄せられたものらしい。最近畑荒らしが現れたらしく、その招待を調べて欲しいんだとか。
「まあそういうこともあるだろう」
ジークは特に疑問を抱いている様子も無い。
「ミルさん直々の指名だろ? 随分と大層な畑荒らしもいるもんだ」
そう、今回の依頼はミルさんからの指名式だったのだ。ギルドに届く依頼の中には依頼者が担当を指名する場合と、職員が担当を指定する場合がある。前者は依頼者が特定の冒険者と交流がある場合が多く、後者は依頼の難易度が関わり、冒険者の安全の為に職員が十分な力量を持つ冒険者に依頼を回すことが多い。
今回の依頼は後者で、しかもミルさん直々の指名だった。つまり俺たち2人でないとこなせないと判断されたのだろう。畑荒らしが何か特別なものと繋がっているか、はたまた別の意図があって俺たちを派遣したのか。
ともかく、警戒するに越したことはない。
「畑の持ち主は古い知り合いだそうだ。俺たちなら確実に依頼をこなせると判断したんだろう」
「だといいがな」
ジークとしては特に裏があるとは思っていないらしい。確かに筋は通っているし、依頼書にもおかしな部分はなかった。
だが、何かが引っかかる。この違和感は……。
特に心配する必要は無いって?
なんだ、何か知ってるのか?
って、教えてくれる訳ないか。まあ、お前らがそう言うんだったらそこまでピリピリする必要は無いかもな。
間。
「そろそろか」
「ああ」
牧畜地域から少し離れた、ユリーディアの端に位置するとある家。ここ付近の畑に件の畑荒らしは出没するらしい。万が一の可能性も考慮し、依頼者の夫婦は今はギルドにいる。
天気も良く、吹き抜ける風も心地いい。このまま平和な日々が続いて欲しいものだ。
「よし、やるか」
「ああ」
畑の中を歩くと、畑の外側の方にチラホラと作物が荒らされた形跡が見え始めた。茎や葉が傷付いたものから実が齧られたようなもの。どうやら犯人は野生生物らしい。
「分析」
「探索」
目に魔力を集中させ、簡単には見えない細かな痕跡を浮き彫りにしていく。こういう技術が必要な点では、創造魔法が使える俺やジークが適任だったことも理解できる。
「おいケージ、これは……」
「ああ。何だこの魔力痕跡は」
発動コードこそ違えど、視えるものは大体同じらしい。荒らされた部分には、違和感を覚えるほどの魔力の痕跡が残されていた。そしてそれはまるで道のように犯人が逃げていった道を示している。
「まさか魔獣か……?」
魔力の痕跡が残っているということは、犯人は魔法を使える人間か魔力を操る獣、即ち魔獣に絞られる。魔法が使える人間ならば、こんなに魔力を垂れ流して痕跡を残すとは考えにくい。
「可能性は高いな……」
ジークの顔付きが変わる。
当然だ。魔力を操るという点から、魔獣は通常の害獣よりも危険度が跳ね上がる。それがユリーディアのこんな場所で活動しているとしたら、街の住民たちに被害が出る可能性もある。事態は一刻を争う。
「行くぞ、ジーク」
「ああ」
俺たちは痕跡を頼りに追跡を急いだ。
間。
「アイツか……?」
依頼主の畑から徒歩で15分ほどの小さな森の入り口あたり。辺りに根を下ろす木の中の一本、その上に畑荒らしの犯人らしき姿があった。
シャクシャクと音を立てながら野菜を齧るその動物は、今まで見た事のある動物とは似ても似つかない形状をしていた。全身が魔力に包まれており、ウサギとリスが混じったような姿をした犯人はこちらに気付く気配も無く木の上で野菜を堪能している。
「間違いないな。ケージ、どうする?」
少しだけ考えたが、すぐに答えた。
「俺がやる。周りを警戒してくれ」
「了解した」
もちろん見た目が害的でないことは分かっている。しかし奴は恐らく魔獣だ。見た目に惑わされ判断を誤ればどんな被害が出るか分からない。
すー、と息を吐く。気付かれる可能性を考慮し、魔力は使わずナイフを構える。遠距離武器を使う方が楽ではあるが、俺のハンドガンもジークのライフルも風魔法の媒体を組み込んであるため発射時には魔力が発生してしまう。難易度は上がるが、ナイフを投げる方が気付かれる可能性は低い。
「ふッ!」
狙いを定め、ナイフを投げた。投げる目的で小型化されたナイフは空を切り、標的の首元に突き刺さった。
だが、標的の反応は予想外のものだった。
「キュイッ!」
「なっ!?」
ナイフが刺さったヤツは小さな悲鳴を上げると「ボフン」という鈍い音と共に煙となって消えてしまった。標的を失ったナイフが地面に落ちる。
「あれは……まさか召喚獣か?」
「そうみたいだな。別の気配も無い」
召喚獣。召喚魔法を発動させることによって生み出される魔法体の生物であり、魔力を操る獣である魔獣とは違い存在そのものが魔力によって構成されている。
読み聞きした知識ではこのような認識だが、実際に見たのは初めてだった。なるほど、確かに存在そのものが魔力なら魔力痕跡があれだけ残っていたのも頷ける。
「なら誰かの召喚獣ってことだが、それにしては……」
「ああ。指示を受けて動いているようには見えなかったな」
召喚獣は召喚者の命令に絶対服従であり、命令が無い限りは実体を持たず召喚者の魔力として内包されるか、そうでなくとも召喚者の周りにいる。そのはずだ。
しかしヤツはどちらかというと普通の生物が持つ本能に従っているように見えた。好きに生きろ、とでも命令すればああなるのかも知れないが、召喚者の魔力が継続的に得られなければ召喚獣は消滅してしまうはずだ。
「片付いた事には変わりないだろうが……」
「要報告ってとこだろうな」
「ああ……」
妙な違和感が残っていた。もちろんあの召喚獣のことなのだが、何か既視感のあるような感覚。
「ケージ、どうかしたのか?」
「あの召喚獣、どうも身に覚えのある魔力のような……いや、今考えてもしょうがないか」
違和感こそあれど、ここで唸っていても明確な答えが出ないことは間違いない。ならばまずはレニカさんやミルさんに報告した方が進展があるだろう。
「帰ろうぜ、ジーク」
「ああ」
何処となくトラブルの匂いを感じながらも、俺たちは夕日に照らされ始めたユリーディアを歩くのだった。
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