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第12章・劇的ビフォーア〇ター

第100話・拝啓

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  エリスの部下たちの案内にガルシュを始め大勢の仲間達が尽力してくれているとは言え、ギルドはギルド。ちょうど晩飯時ということもあり、まだまだ多くの仲間たちで賑わっている。

「すごい……!」

  その規模と賑わいっぷりに、ミツバが興奮の声を露わにする。

「だろ? ほら、行くぞミツバ」

「ケージ、俺はメルのところに行ってくる」

「ああ、分かった。またな」

  そう言い残し、ジークは颯爽とメル目掛けて人混みの中に消えていった。
  そんな様子に苦笑いしつつ、俺たちはもちろんカウンターの彼女の元へ。

「あっ……!」

  こちらに気付くや否や、彼女はパァッと嬉しそうに笑いながら駆け寄ってくる。それを見て思わずこちらも頬が緩む。

「ケージ、おかえり!」

「おう、ただいまテリシア」

  身体に触れる、彼女の感触。声。匂い。今まで通りで、堪らなく愛おしい。
  人前ということも気にせず、思い切り抱きしめた。

「ん……寂しかったの?」

「当たり前だろ」

「えへへ、そっか」

  馴染みの光景にもはや一々気に留めるような仲間もいないが、ミツバだけは違うようだった。

「むー、ケージ、私も」

「え?」

「えっと、この子は……?」

  ここで初めてミツバを認識したテリシアが、不思議そうに尋ねる。誤解されてもおかしくない様な台詞だったが、ミツバが子供で助かったようだ。

「あーと、説明すると長くなるんだが……」

  和国で起きたことを掻い摘んで説明した。エリスがレニカさんの妹だったこと、クロメの弟を倒して、クロメは国の復旧に追われていること、転移魔法を含むミツバのことなど。ノスティアやあの魔法使いなど機密性が高いことは、ここでは伏せておいた。

「なるほど……ミツバちゃん、私はテリシア。よろしくね」

「俺の恋人で、ミツバの新しい家族だ。ほら、自己紹介できるか?」

  少しの嫉妬と少しの緊張を交えながら、ミツバは俺の足にしがみつきながら言う。

「ミツバ、です。よろしく、テリシア」

「可愛い……」

「あら、可愛らしいお客さんだね」

  ミツバに見惚れるテリシアに苦笑いしていると、カウンターの奥からミルさんが出てきた。仕事中だったのか、まだ酒は飲んでいないようだ。

「ミルさん。ただいまです」

「うん、おかえり。メルからもさっき『ジーク帰ってきたから家に居る』って言われたよ」

「あ~、なるほど」

  家で何をするつもりかは聞かないでおこう。うん。

「それで、その子は? ケージさんの連れ子かい?」

「いやそんな訳ないじゃないですか……」

  カウンターに身を寄せ、小さめの声でミルさんには伝えられるだけを手早く話した。レニカさんやガルシュと同じく、ミルさんには伝えておく必要がある。

「今回のことなんですけど、ノスティア公国の一部の連中が黒幕らしくて。暫くは大丈夫でしょうけど、こっちに何か仕掛けてくる可能性もあります」

「ノスティア公国……なるほどね……」

「何か知ってるんですか?」

  予想よりも冷静に見えるミルさんに、少しだけ違和感を覚えた。すると、ミルさんは小さく溜息をつきながら話し始めた。

「あの国はしょっちゅう他所の国と揉めてるんだよ。今回ほど大きい事は無かったけど、内部の派閥が拮抗してる分表面上はどこが首謀者か分かりにくいだろうね」

「表面上は?」

「まあね。これだけの大事を起こして、しかも失敗してるんだ。まず間違いなく損失にはなる」

「敵対してる派閥はそのネタを欲しがる……と?」

「そうだね。どこが先に来るかは分からないけど、ケージさんが思ってるよりは早くこっちに接触してくると思うよ」

「なるほど……」

  公国についての知識が乏しい分、予想が甘かったようだ。だが、裏を返せばそれはこちらの強みにもなる。

  どういうことかって?
  向こうのことは知らなくても、今回の事件の当事者としての情報なら俺たちは持ってるからな。エリスたちの身柄も、あの魔法使いのことも、薬のことも。あれが公国で違法か合法かは知らないが、首謀者たちを強請るネタなら詳しいに越したことはない。
  敵対してる派閥が必ずしも今回の首謀者と同じく俺たちを敵視してるとは限らないしな。

「ま、とりあえずは様子見するしかないけどね」

「ですね。エリスにももう少し詳しいこと聞いてみます」

「お話終わりました?」

「うん、もうケージさん連れてっていいよ~」

  事態の深刻さを伝えないためか、ミルさんはいつもの軽い口調で言った。
  それを知ってか知らずか、テリシアは優しくミツバの手を引くのだった。

「そういえばエルちゃんたちは?」

「エラムはガルシュの手伝いで、エルは……」

「ほーい! 呼ばれて飛び出てエルちゃんだよ~!」

  既に見慣れたエルの飛び出しを最小限の動きで躱す。それにめげる事もなく、エルは相変わらずフワフワと浮遊している。

「む~、避けないでよ~」

「どこに引っ込んでたんだ?」

「ん~、内緒!」

「そうか」

  エルが隠し事とは珍しい。思えば今まで冗談や軽い嘘はあっても、エルが何かを隠すことは無かったかもしれない。何かしら意味があるのだろうが、些か気になってしまう。 

「ん、この子は? ご主人の隠し子?」

「んなわけあるか」

  だがわざわざ問い詰める必要も無いだろう。普段から適当にあしらっているとはいえ、エルもれっきとした俺の家族なのだ。
  仲間として、契約者として、家族として、信頼している。

「ミツバ、コイツは居候のエルだ。仲良くしてやってくれ」

「えっ私そういうポジション?」

「いそうろう……?」

  不思議そうな表情を浮かべるミツバを見てテリシアが軽く笑う。

「ミツバちゃんに変なこと教えないの。エルちゃんも私たちの家族で、ミツバちゃんのお姉さんだよ」

「そうだそうだー!」

  珍しく味方に付いたテリシアを煽てるアホ悪魔。とても長女ポジションには見えない。
  しかしミツバは姉という単語に食い付いたようだった。

「お姉ちゃん……?」

「ふふん、そうだよ~。エルお姉ちゃんって呼んでね!」

「エルお姉ちゃん!」

「か、可愛い……」

  これまた珍しくエルが悩殺されている。コイツが何歳かは知らないが、母性本能でも刺激されたのだろうか。

「って、ダメじゃん! なんか姉ポジション定着しかけてるけど私はご主人のお嫁さんなんだからね!」

「はいはい、そうだな」

「ご主人~!」

  やれやれ、相変わらず騒がしいやつだ。とはいえ何だかんだで良い姉をやっているのだからそう言われるのも仕方がないだろう。

「ふー……」

  4人で歩きながら、ふと空を見上げる。透き通った、綺麗な夕暮れ空だ。風は少し冷たいが、今の俺はもう1人じゃない。
  家族がいる。仲間がいる。

  暖かい、帰る場所がある。


  ーーーー見てるか? ブラック……。


  お前も、本当はこんな景色を見たかったのかもな……。

「ケージ? どうかした?」

  愛しい彼女の声に、小さく笑って答える。

「いや、なんでもないんだ」

  きっと俺達は、この瞬間を生きていくために出会ったんだ。

「いい天気だな」

  この世界で、これからも。


  
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