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第12章・劇的ビフォーア〇ター
第97話・引っ越しィ!
しおりを挟む時刻は午前6時。建国記念日翌日の朝ということで、作戦決行は午前7時頃の予定だ。たった一晩での準備は決して楽ではなく、それぞれの顔には疲労の色が浮かんでいた。
それでも文句の一つも言わずに動いてくれる仲間たちを頼もしく思いながら、俺は口を開いた。
「おはようみんな。急で悪いが、作戦を実行する。準備は出来てるな?」
「当然だ」
ジークが答える。
「無論じゃ」
クロメが答える。
「問題無い。お前たち、行けるな?」
「「「オオ!!!」」」
エリスと兵士たちが答える。
「よし。現場では隠密性を最優先に各自行動してくれ」
エルとエラム、ジークたちとアイコンタクトを取り、小さく頷く。
「それじゃ出発するぞ」
両手に魔力を集中させ、足元に魔法陣を浮かび上がらせる。もちろん瞬転移の魔法陣だ。
「ケージ」
クロメが声を掛けてきた。
「成功を祈っておるぞ」
「ああ、任せとけ」
穏やかな、それでいて力強い笑み。俺も今できる一番の笑顔で返す。
辺りが光に包まれ、俺たちは再び件の街へと移動した。
間。
現在時刻は午前6時50分。作戦決行まで残り10分だ。
「よし、隠密魔法をかけるぞ。みんな集まってくれ」
既にジークたちは配置についている。兵士たちには昨日精製した魔法具を持たせてある。あとは彼らが自分の家まで行き、家族と共にいるだけでいい。
「エンチャント、シャドウ」
成功だ。魔法を掛けた俺は問題無く認識できるが、周りの一般人からは兵士たちは認識できないようになっているだろう。
「分かってると思うが失敗は許されないぞ。仮にお前たちの誰かが間に合わなくても、作戦は決行する」
残酷なことなのは分かっている。自分が間に合わなかったり、家族がその場にいなくとも待たないと言っているのだ。
だが、兵士たちの中に否定する者はいなかった。彼等もまた、エリスの部隊の中心を担う精兵である。今回の作戦において、迅速さが大事なのはよく分かっている。
「いいか、しくじるなよ! 全員でユリーディアに来い! いいな!」
「「「了解!!!」」」
シャドウの効果で俺にしか聞こえないが、気迫の乗った返事が響く。
「よし、行動開始!」
その一言で、兵士たちはあっという間に街の中へ消えていった。この様子なら大丈夫だろう。
この作戦か?
まあ、完全無欠って言ったら嘘になるな。つーのもあれだ、魔法陣使って魔法を発動させる時ってめっちゃ光るだろ?
霧は充満させるが、それでも中規模で建物内を認識させればそれなりに光るわけだ。それもあちこちでな。一般人に見られた程度なら魔災害って言い訳で乗り切れるだろうが、知ってる人間からすればあの光は一目瞭然だ。間違いなく魔法陣の光だってバレる。
ぶっちゃけそこに関しては運だな。知ってる奴がいませんように、って祈るしかない。
え? 俺の運の無さは折り紙付きだって?
やめろよフラグ立てるの。そういうイベントはいらないんだよ少なくとも今は。
「エル、いいか?」
「うん、いつでも」
呼びかけると、少し真面目な顔付きをしたエルが現れた。
こいつもちゃんと事態を把握して、なんだかんだ真面目に手助けしてくれるから有難いものだ。
「……時間だな」
時計の針が午前7時を指し示す。それと同時に、風上となる街の東側からふわりと白い霧が漂い始める。
どうやら霧魔法は上手く発動したようだ。イメージ通りの、あの不気味な霧が街を包んでいく。
少し待つと、街の中からチラホラとパニックになった声が聞こえる。タイミングはちょうどよかったようだ。
「よし、やるか」
「ほいほーい」
全身に力を込め、魔力を解放する。エルはここぞとばかりに背中に抱き着いた。
「何やってんだ?」
「違うよほら、魔力を渡す時は接着面積が大きい方が楽なんだよ」
にしては昨日は手だけだった気がするが。
「まあいいか。転移魔法発動」
予め用意しておいた魔法具の親機に、スムーズに魔力を流し込んでいく。予想はしていたが凄まじい勢いで魔力が吸われる。まさかこんなに早く2度目の輸血献血をすることになるとは思わなかった。
「範囲転移、並列起動……!」
迅速に、かつ丁寧に。魔法具の各部に魔力を行き渡らせていく。するとだんだんと魔法具が光り始めた。魔法陣が発動する時の光だ。
「うん、上手く発動してるっぽいよご主人」
目を瞑っているエルが言う。魔法陣が発動する時はその場に高密度の魔力が発生するから、恐らくはその街の中の魔力の流れを感じ取っているのだろう。
「よし……にしても相変わらずキツいな……」
様子を見る限り、今回は一度に全ての魔法具子機が発動するのではなく、段々と発動していくようだ。もちろんその間は魔力を吸われる。
「そりゃ2日連続でこんなことすればね。もしかしてご主人ってMのひと……?」
「もうお前には二度と構ってやらない」
「ごめんなさーーーい!!」
エルのいつもの冗談で少しだけ肩の力が抜けた。狙って言ってるのかは定かではないが、助かってるのは確かだ。
やがて魔法具親機の光が消え、魔力の吸収が止まった。
「よし、終わったか。ジークたちと合流して和国に戻るぞ」
「りょうかーい!」
間。
「よし、それぞれ人員の確認と報告を」
時刻は午前8時、朱天の大広場にて。エリスによる人員確認と、クロメの部下たちによる船での移動の準備が恙無く進められている。
どうやら兵士の家族は人質的な意味合いが強かったらしく、その身なりはとても貧相なものが多かった。記念日の街の雰囲気からは想像もつかなかったが、殆どの住民が我関せずといった扱いをしていたらしい。
人間の本質なんて分からないものだ。自分のことですら把握出来ているのはほんの一握りの連中なのだから、他人の本質を理解するなど稀の稀。
「ケージ、ガルシュから返事が来てたぞ。どうやらユリーディアの西側の城壁後の地区に集合住宅地を作ってるらしい」
ジークがやれやれといった感じで報告してくれた。どうやら子供の頃のトラウマを克服するのには骨が折れたようだ。
「なるほど、そりゃいいな。さすがはアイツ」
少なくとも公国の街ではエルフやゴブリンなどの亜人種は見られなかった。エリスや兵士たちはエルやエラムの姿を見ても特に反応はなかったが、家族、中でも子供などはどんな反応をするか分からない。いきなり亜人種の街に住むとなれば怯える子も出てくるだろう。
だからこそ、人間と亜人種が交わる城壁跡は都合がいい。各種交易のための店なども増えたと聞いたから、住み心地も悪くないだろう。
「相変わらずヤツのコネは侮れないな」
ジークが言う。
「全くだ。あそこは中々に激戦区のはずなのに」
これも風の噂程度だが、城壁跡付近は店などを開こうとしても土地代がかなり嵩むらしい。それもそのはず、ソリド王国の改革の影響はユリーディアを含めた各地に出始めているのだ。亜人種との交流に躊躇いを持つ人間は減ってきているし、人間の居住地区の近くに店を開けば物珍しさや交流目的で店は繁盛しやすい。特に飲食店などは人気なのだそうだ。
そんな地区の一角を即決で住宅地として買い取っちまう。ほんとにどうなってんだか、アイツの人脈は……。
「ケージ、ジーク」
頼れる仲間に軽く呆れていると、安心したような顔をしたエリスが歩み寄ってきた。
「転移は成功したようだ。兵士たちもその家族も、欠員はいない」
それを聞いた俺たちも、ホッと息をつく。
「そりゃ良かった」
「ただ……」
エリスの表情が曇る。
「何かあったのか?」
何か失敗でもしたのだろうかと、男二人して不安になる。
「とりあえず来てくれ。実際に見てもらった方が早い」
「分かった。ジーク、行くぞ」
「ああ」
一抹の不安に駆られながら、俺たちはエリスについていった。
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