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第12章・劇的ビフォーア〇ター

第96話・作戦開始

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「よし、こんなもんか……」

  街の規模や外周、歩きでの時間、実際の地理や主要道の位置など、露店で手に入れた街の見取り図を含め基本的な情報は集まった。
  あとはここからどうするか、だ。

「やはり親類縁者を含めると多いな……」

  エリスが呟く。
  転移させる人間のいる建物は赤い丸が付いている。その数は想定内だが少ない訳ではない。

  これだけの数を転移させるとなると術式を使った広範囲魔法が1番だよなぁ……。
  けどやっぱ目立つんだよな……。

「ふーむ……」

  ネックとなるポイントはやはり隠密性だった。行方不明になった兵士の家族が3日と経たず纏めて行方不明になれば、どんなバカでも関連性を警戒する。
  しかしモタモタしているわけにもいかない。時間をかければかけるほど、公国側、その中の今回の作戦を主導した連中が新たな手を打ってくるはずだからだ。

  本来は大規模な戦争行為を行った後は互いに時間を空けるのが定石だ。様々な歴史を鑑みればそれは明らかだし、実際に今の和国にはまだ戦う余力は無い。
  だがノスティア公国は広大な大陸を支配する、こちらの世界で最大の国。はっきり言ってその軍事力は計り知れない。その頭が一纏めではないとなれば尚更だ。公国上層部の別勢力が和国の現状に目を付ければ、今度こそ戦争になりかねない。

「隠して移動させる、か……」

  何に見せかけるのがいいだろうか。公国の一部が俺たちの敵であることは明白だが、この街の住民に罪は無い。魔獣でも呼び寄せて街を壊滅させれば簡単だが、それでは公国とやっていることが変わらない。

  あ、そうだ。そういえば昔見た映画に使えそうなのがあったな。

「この街は……地理的には風向きは……」

  地図と一緒に買っておいた青ペンで、地形と風向きを綴る。

「よし、これなら……!」

  ん、どんな作戦かって?
  お前ら「ミスト」って映画知ってるか?
  そう、それだ。アレをいい感じに利用させてもらうとしよう。おっと、もちろん異世界から巨大生物を召喚なんてしないから安心しろ。

  要するに、魔法で発生させた大規模な霧でこの街を包んじまうってわけだ。あのレベルの霧ですぐさま外出しようなんて奴はいないだろうから、その隙にユリーディアまで転移させる……ってのは流石に無理があるか。人数が人数だし、一先ずは和国まで連れて行って、そこからは船だな。
  俺の瞬転移は、転移させるモノの質量と距離で必要な魔力量が変わるんだ。俺一人ならユリーディアとこの街を数往復程度は出来るが、兵士たちとその家族全員を一度にユリーディアまで運ぶのは骨が折れるなんてものじゃないだろう。
  
  転移後の辻褄合わせに関しても考えはある。敢えてこの場に魔力の痕跡を残しておいて、魔力の暴走によって起こった災害……まあ魔災害とでも捉えてもらえばいい。兵士の家族以外にも、家畜やら建物やら、影響が出ないものを同じく転移させて、街の住民を少しだけ別の街に飛ばせば証拠隠滅にもなる。

「考えが浮かんだのか?」

「ああ。段取りが少し面倒だが、これならたぶんいける」

  エリスに作戦を説明する。今回はやることが多い。霧と魔素の準備、兵士たちを転移させる簡易魔法陣の量産、クロメたちへの連絡と船の手配などなど。ユリーディアでの生活場所は、和国に戻ったあとガルシュに鳥を飛ばせば何とかしてくれるはずだ。無理を頼む説教の覚悟もしておこう。

  今更ながらだが、この世界は情報連絡手段が少なすぎる。手紙や書簡、鳥が主な連絡手段ではいざという時に対応が大きく遅れる。まさに今回みたいな感じでな。
  さすがに電波やらスマホやらを発達させるのなんて夢のまた夢。魔法を使って何かしら補う必要がある。

  ま、事が落ち着いてから試行錯誤だな。

  一先ず俺たちはエラムと合流し、転移を使って和国に戻った。





間。






場所は朱天の城の一室。ケイジ、ジーク、エラム、クロメ、エリス、ユウの6人を揃えて作戦会議中だ。

「なるほど、ミストか。あまり思い出したくはないが、作戦は悪くないな」

  ジークが言う。映画を見たのはまだそれなりに幼い修行時代だったらしく、ジークにしては珍しく鳥肌が立った作品のようだ。

「今回ほどの規模で引越しさせりゃどうせバレるからな。せめて別件として対処させたい」

「ふむ、了解した。ユウ、船の手配を」

「はっ」

  ユウが忙しなく部屋を後にする。

「エリス、細かいところは掻い摘んで兵士たちにも話をしておいてくれ。霧を出す直前に、家族の所へ行ってもらうようにな」

「分かった」

  これは俺の提案だった。霧を起こし、そのまま小範囲転移魔法の並列起動で転移させる。この流れは変わらないが、万が一の家族の取りこぼしを防ぐために兵士たちには転移の直前にそれぞれの家に戻ってもらう。バレたら面倒だが、兵士たちにもシャドーの魔法をかければそのリスクは減らせる。

「ジークはエラムとエリスと霧の準備を頼む。水魔法を熱で気化させる容量で、そこに魔力を多めに含ませれば消えない霧になるはずだ」

「任せろ」

  これも実験済みだ。どうやら空気中に存在する魔力、魔素は物質を結合させる性質を持っているらしい。細かい発動原理は分からないが、普通に魔法を発動させるよりも少ない量を意識して霧に同化させることで、霧散しない霧ができる。

「俺はエラムと簡易魔法陣を作る。作戦決行は明日の朝だ」

  タイミングとしては視界が確保でき、なおかつ人の通行量は少なめ。夜ではそもそも霧を視認しにくいし、人が多すぎては兵士たちの移動の支障になる。

「よし、始めるぞ」

  各々が準備に取り掛かった。

  俺はクロメが用意してくれた寝室に戻った。

「エル、いるか?」

「ほーい!」

  キューブルームにいるエルを呼び出す。ふと様子を見ると、キューブルームの中が凄いことになっている。確かに兵士たちにこのサイズでは手狭だから拡張してくれとは言ったが、誰も街を作れなんて言ってない。断じて。

「なんだこりゃ……まあいいや、話は聞いてたな?」

「うん、聞いてたよ。術式魔法具を作るんでしょ?」

「ああ。イメージはあるが俺の魔力だけじゃたぶん足りない。力を貸してくれ」

  なぜかエルは驚いたような顔をした。

「なんだその顔」

「いや、ご主人が素直に頼み事するなんて珍しいな~と思って」

「もういいクロメに頼む」

「ああああ、待って! 魔力貸すよ、手伝う~!」

「ったく、さっさとやるぞ」

  相変わらずなエルに呆れながらも、作業を始める。エラムの両手から俺の左手へ、そして全身へ。魔力が流れ込む。

「魔法具精製」

  不思議と言葉が出た。

範囲転移エリアサモン。範囲選択、中規模」

  頭の中にはそれぞれの条件付けをするための術式が溢れている。これも恐らくはエルのお陰だろうが、まるでプログラムでも組んでる気分だ。

「対象認識、生物。転移先は術者の任意による」

  必要な情報は揃った。

「精製開始」

  その一言と共に、強烈な勢いで魔力が吸われていく。目の前にひとつ、またひとつと魔法具が精製されていく。

「ぬぐぐ……!」

  エルから魔力を分け与えてもらっていても、このスピードは中々に強烈だ。そもそも魔法具精製は術者の魔力ではなく魔素の濃い空間で自然精製させるのが主流らしい。いわばこれはズルいやり方だ。

「頑張ってご主人! 意識が飛ぶと精製も止まっちゃうから!」

  まるで輸血しながら献血してる気分だ。勢いはそれらの比じゃないが。

  しばらくすると魔力の吸収は止まり、数十個の転移術式の組み込まれた魔法具が完成した。

「あー、クソ。死ぬかと思った」

「うへぇ、疲れた。ご主人も相変わらず無茶するね」

  エルですら疲弊するレベル。俺だけでやってたら下手すりゃ死んでたな。

「今回は急ぎだからな。だがもう二度とやらん」

「私的にはご主人と繋がってるって感じがして悪くなかったけどね~」

「アホか」

「酷い!」

   相変わらずの軽口を叩くエルに心の中で感謝しつつ、俺たちは作戦に備えるのだった。
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