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第12章・劇的ビフォーア〇ター

第94話・フラグ建築

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「さて、行くか」

「ああ」

  エラムの翼が大きく動く。辺りに強風が吹く。
  エラムの背中の上には俺とエリス、キューブルームの中には家族持ちの兵士たちがいる。身寄りの無い兵士たちはジークと共に朱天に残るように指示してあり、作戦が終わるまではクロメたちが面倒を見てくれる。
  ここからノスティア公国の街まではおよそ3時間。行ったことがない場所には飛べないのは相変わらず瞬転移のデメリットだ。

「やっぱ予想通りだったな……」

  何がって?
  公国の、っていうより今回の騒動の原因さ。エリスや部下の兵士たちに聞いたら、公国の実態は予想通り上級貴族達の権力争いでドロドロらしい。その中の誰が犯人かまでは、まあいずれ分かるだろう。

「とりあえず、今回はどうするんだ?」

  エリスが口を開く。俺と同じく、体力も魔力もすっかり回復してシリアスモードだ。

「そうだな……とりあえずそいつらの家族の居場所と周りの状況調査ってとこじゃないか?」

  街の規模、警戒度、連れ出す人数、その他諸々。作戦を立てる上で何よりも重要な目標と作戦場所の情報。まずはこれを集めるに越したことはない。
  逆に言えば、これらが揃わない状況での作戦決行は基本的に望ましくない。奇跡的に条件が揃っていて、尚且つスピードが大事な作戦だったら例外になることもあるが、それを期待して行くのはナンセンスだ。

「なるほど……なら道案内は任せてくれ」

「いや、方向はこっちで合ってるんだろ? 大陸が見えたら呼ぶから、お前も中で休んでていいぞ?」

「いや、私も見張りくらいなら手伝うさ。返し切れない程の恩があるんだ、これくらいやらせてくれ」

「ま、お前がそう言うなら」

  似てるなぁ、レニカさんと。自分は全然お礼やら何やらなんて受け取らないくせに、自分が何かしてもらうと恩を返そうと強情だ。
  こういう人は口で言ってもあんまり意味が無いから、無理させない程度に見守るのが一番だ。こっちも助かるしな。

「なぁ、ケージ」

「ん、どうした?」

「本当に……上手くいくだろうか?」

「この作戦か?」

「ああ。公国は今は権力争いの真っ只中だが、それでも世界最大の国であることは伊達じゃない」

  油断なんてしていない。当然だ。絶対に成功するかと問われれば怪しい部分もある。
  だが。

「成功させるさ。もう俺やお前だけの問題じゃないんだから」

  騒動の犯人が公国全体じゃなく貴族の中の1部だったとしても、大きな力と敵対したのは確かだ。今こそ情報封鎖が上手くできているみたいだが、和国、下手をすればユリーディアまでまた何かしらの攻撃を受ける可能性がある。
  それを阻止するのは喧嘩を始めた俺の責任だ。まあ今回は救出作戦に近いが。

「そうか……まあお前がそう言うなら大丈夫か」

   




間。






「あれか?」

「ああ、間違いない。あの街だ」

  和国を発ってから3時間と少し。目標となる街、スフリムが見えた。時刻は午後4時、晩期なだけあって既に辺りは暗くなりつつある。隠密するには好都合だ。

「よし、行くぞ。エラムはこのまま空を飛んでいてくれ」

「ワカッタ」

  エラム曰く、急がず普通に飛んでいるだけなら歩いているのと同じような感覚でほぼほぼ疲れないらしい。相変わらずドラゴンとは凄まじい。

「ま、待てケージ、ここから飛び降りるのか?」

  意外な障害が1つ。エリスは高いところが苦手なようだった。

「ああ。さすがに地表まで降りると目立つからな」

「うぬぬ、くぅぅ……」

「やれやれ、仕方ないな」

  ビビるエリスをお姫様抱っこする。鎧着てるから重いんだが。

「ま、待てケージ! せめて心の準備を」

「よっ!」

「ひゃあぁああああああああ!!!!」

  高度は2千メートルとちょっと。すぐに地表だ。

「ミニストーム!」

  着地寸前に魔法を発動。2人の体が一瞬フワリ浮き上がる。

「ほっ、と」

  着地し、目をぎゅっと瞑り痛いくらい俺にしがみつくエリスを降ろそうとする。
  ていうか痛い、力入れすぎなんだがこの人。

「おいエリス、着いたぞ。降りてくれ」

「はっ! す、済まないな。よし行こうか」

「……ひゃあって言ってたな」

「~~~!! 白雷!」

「うおおあ危ねぇ! 分かった、分かったから魔法
はやめてくれ!」  

「全く! ほら、行くぞ!」

  どう考えてもエリスさんがビビりすぎなんだが……まあいいか。

  スフリムの街の規模は中の上といったところだ。これは中々に探す手間が掛かりそうだ。だが、警備状況については何ら問題無さそうだった。兵士と思しき人間は見当たらないし、居たとしてもこの街の賑わいならトラブルでも起こさない限り注目されることは無い。
  今日が何かの祝日なのか知らないが、この時間でも街は賑わっている。ユリーディアほどの規模じゃないが、収穫祭に近い雰囲気だ。

「よし、じゃあエリス着替えてくれ」

「え?」

「いや、その格好じゃすぐにお前だってバレるだろ? その銀ピカの鎧じゃ」

「いやでも、私は服なんて用意していないぞ?」

「ん」

  魔法で適当な服を生成。まあ俺のイメージだから、テリシアの私服に近いかな。
  ところが、エリスはそれを見てまたもや硬直。

「こ、こんな服を私が……?」

「いや、普通に似合うと思うぞ?」

  エリスもレニカさんと同じで土台美人だ。化粧やら服装やらに気を使ったことが全く無さそうなのも同じ。レニカさんもいっつも鎧着てるし。
  可愛い子には可愛い服を着せよ、って誰かが言ってた……よな?

  違う?まあいいだろ。

「これもあいつらのため……」

  相変わらずの部下思い。決心したようにエリスは木の陰で着替え始めた。思われてる部下達もエリスの私服姿なんて見せたら大騒ぎだろうが。写真くらいは撮っておくから、まあ今は隠しておこう。

「さて、どうすっかな……」

  無論、この後のことだ。正直、隠れて家族を連れ出すだけなら今日にでも出来る。問題はそれの事後処理だ。謎の集団失踪で終わればいいが、中々そうは行くまい。嫁さんだけじゃなく子供がいたり、親がいたり、兄弟がいたり。人数は中々に多い。それが一晩で消えた、尚且つ消えた人間が全て徴兵された兵士の親族だった。怪しすぎだ。
  俺としては、この作戦はあまり長引かせたくない。これといった根拠は無いが、嫌な予感がするんだ。
  エラムを誰も殺さないようにけしかけてその隙に、ってのも考えたが、まあまずエリスが反対するだろうしな。とりあえずは街で情報収集しながら考えるしかない。

「き、着替えたぞケージ」

  エリスが出てきた。

「ん、やっぱり似合ってるな」

  予想通り、ばっちり似合ってる。脛あたりまでの長めの黒いスカートに、白を基調としたシンプルなTシャツ、その上からベージュのパーカー。
  ばっちり似合ってるんだが、これはこれで……。

「似合ってるが、逆に目立ちそうだな……」

「え?」

  美人過ぎるんだよなぁ……。服装と髪型変えただけでこれとは、恐ろしや。変なヤツらに絡まれたら面倒だ。どうせまたエリスさん派手に蹴散らすだろうし、上手いこと抑えないと……。

「ま、とりあえず行くか」


  ちなみに言っとくが、断じてデートとかじゃないからな。
  断じて違うからな。
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