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第2章・新たな拠点

26.血族

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「これが儂らエルフと人間たち……いや、この世界の歴史じゃ。真実を知るものは人間の中にはそうそうおらんじゃろうな」

  長老はしんみりとした様子で語った。エルフたちから向けられる敵意も再び増えた。思っていたよりも深刻な事情だったのか、レイアスも首を少し下げ困ったような表情を浮かべている。
  しかし、俺はそれどころではなかった。


ーーー月下勇次郎……嘘だろ!?


  月下勇次郎。俺の祖父だ。もちろんばあちゃん、奥さんにあたる人もいた。けれど、長老が話した昔話を俺は聞いたことがあるのだ。確か俺が幼稚園児のころだったから5歳児が楽しめるような曖昧なものだったが、確かに聞いた覚えがある。

  遠い世界から勇者が現れ、多くの者達と協力して戦い、最後は敵とも仲良くなってハッピーエンド。

  そんな内容だった。今思えば年寄りが孫に話すには些かオタク要素が多すぎるが、じいちゃんの実体験だと考えれば納得はいく。信じ難いことではあるが。
  けど、それが事実だと考えれば時々じいちゃんが見せたおかしな言動やばあちゃんの言葉にも納得がいく。

『私はあの人を愛してるし、もちろんあの人も私を愛してくれてる。それは分かるのよ』

  ばあちゃんはとても大人びた人だった。じいちゃんのように孫を溺愛するような素振りは見せなかったが、それでもたくさんの愛情を俺に注いでくれた。

『けど、あの人は時々すごく遠いところを見ているの。自分でも気付いていないのかもしれないけど』

  その話をしてくれた時のばあちゃんは、すごく寂しそうだった。

『そのあと決まって私に申し訳なさそうにする。けど私には何も話してくれないのよ。けど、ユウスケになら話すかもしれない。だからそうしたらこっそりおばあちゃんに教えてちょうだい』

  ばあちゃんは気付いてたんだ。じいちゃんが無意識のうちにこの世界のことを思い出して懐かしんでることに。


ーーーってことは、あの神様も知ってるのかな。


  昔話では神の力を借りた勇者と言っていた。あの爺さんは俺がオタクで理解が早いから転生させたと言ってたが、もしかしたら俺がじいちゃんの孫だから……?

「どうした、青年よ」

『主……?』

  周りからの声にハッとする。

「長老、その昔話ってのは何年前のことなんだ?」

  もしもこの世界とあちらの世界の時系列が同じで、じいちゃんと一緒に戦った人たちが、この森ならエルフの姫さまが生きてるんならまだ希望はある。俺が会いに行けば、じいちゃんの孫だって分かってくれるはずだ。

「だいたい100年前の出来事じゃ。儂はまだ生まれてすらおらん」

「100年……」

  曖昧な年数だ。時系列が異なるのは分かったが、100年じゃ関係者が生きてるかどうか確証が持てない。他種族の寿命がどのくらいかは分からないが、まずはここで俺がじいちゃんの孫だと信じてもらう必要がある。

「そのエルフの姫さまに会いたいんだが」

「……何故じゃ」

  長老は目を細めながら俺を見る。疑いの目だ。

「俺の名前は月下祐介。月下勇次郎は俺のじいちゃんだ」

「なっ……!?」

  エルフたちの間に、今日一番の動揺が広がる。レイアスでさえも目を丸くして驚いている。
  
  いやレイアスは俺の名前知ってるはずなんだけど。

「姫さまに合わせてもらえれば分かるはずだ。俺の知ってるじいちゃんのことを話せば」

「……」

  長老は頭を押さえながら、少しの間考え込んだ。やがて頭を上げ、ゆっくりと答えた。

「来なさい。姫の元に案内しよう」

「ありがとう」

  レイアスと顔を見合わせ頷き、心の中でガッツポーズをとる。ここまでくれば、あとはなるようになるはずだ。
  
  ついに足を踏み入れたエルフの森は、とても幻想的な光景だった。魔物対策だろうか、ほとんどの建物が太い木の上に建てられており、エルフたちは器用に木の上を歩いている。
  中にはリアのような幼いエルフもいるが、問題なく生活しているようだ。そこそこ文明的な道具も見えるあたり、物流のルートも確保しているらしい。

  慣れた様子で木の上を歩く長老を、レイアスに手を借りながら追いかけていく。やがて周りの建物が減ってくると、奥に一際大きな建物が姿を現した。

「あの中じゃ。姫様はあの中におる」

  長老はその建物を指差した。

「儂らでさえもあの場所に立ち入ることは許されん。じゃがお主なら、お主の言葉が本当なら姫様は話を聞いてくれるじゃろう」

「分かった」

  太い木の上を歩く。大きな扉を、レイアスと二人がかりで開く。
  中は薄暗く、小さな蝋燭の灯りだけが見える。そのすぐそばには人影がひとつ。

「誰です? ここへの立ち入りは禁止しているはずです」

  綺麗な声だった。とても100年前から生きている人とは思えない。

「こんにちは」

「その声……勇次郎!? あなたなのですか!?」

  一声挨拶をすると、エルフの姫は取り乱しながら必死に呼び掛けてきた。レイアスが他の灯りを探していると、姫さまが魔法を使ったのだろう、部屋を照らす小さな火の玉が空中に浮かび上がった。

「勇次郎……?」

  姫さまは丸い目でこちらを見つめている。

「俺の名前は月下祐介。月下勇次郎の孫です」

「孫……?」

「はい。勇次郎は俺のじいちゃんです」

  姫さまの魔法で姫さまの姿をはっきりと見ることができ、そして驚かされた。
  姫さまはとても若々しかった。100年前から生きているなんて信じられないほどに。

「あ、ああ……」

  よろよろと立ち上がる姫さまをレイアスが支える。そのまま姫さまは俺に近づいてくると、その細い腕で俺を抱きしめた。

「良かった……あの人は、向こうの世界でも幸せに……」

  ポタポタと床に涙が落ちていく。

「幸せに、生きてくれたのね……」

  胸が痛む。そのまま華奢な体を抱きしめる。

「じいちゃんは何度もあなた方の話をしてくれました。じいちゃんは……あなたのことを、最後まで心配していたと思います」

  ばあちゃんが『遠くを見ている』と言っていた時。その時のじいちゃんは、きっとこの人のことを思い出していたんだろう。
  無理やり引き離されてしまった、愛する人のことを。

「その声、この体、この匂い……懐かしいわ……」

  離れたがらない姫さまを何とか宥め、再びベッドに座らせる。

「まさかまたあの人の声が聞けるなんて。でも、なぜあなたはこちらの世界に……?」

  俺は全てを話した。
  自分が事故で死んで神様の力と共にこちらの世界に転生したこと。初めて訪れた村で優しさを感じ、村をスティアの力で助けたこと。森でレイアスを助け、森を助け、レイアスと従魔契約を結んだこと。新しく訪れたセイレンの街の森でリアを助けたこと。
  そして、再び人間とエルフの友好関係を築きたいと思っていること。

  全てを話すと、エルフの姫さまはクスクスと笑い出した。

「あなた、勇次郎そっくりね。やることも、考えることも」

「じいちゃんと?」

「ええ。あの人も日頃からそればっかり言ってたのよ。『種族なんか関係無く仲良くしろ~』って」

  確かにあの人らしい、と小さく笑う。

「分かった。私たちエルフ一族はあなたに協力します。このフィリア・ノーツが保証するわ」

「ありがとうございます」

「あなたになら、一度は諦めた夢も託せる。いいえ、託したいと思える」

  フィリアさんは再び立ち上がり、今度はしっかりと立ちながら俺の手とレイアスの手を握った。

「ともに進みましょう。あの人が抱いた理想を叶えるために」



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