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第2章・新たな拠点

21.森での出来事

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  ゴブリン。人間の半分ほどの体躯に緑色の体、人間の半分ほどの知能を持つ魔物。力の優れる個体を筆頭に5~6匹ほどのコミュニティを築く習性がある。過酷な環境でなければどこにでも生息が確認されており、行商人が被害に遭うことも稀にある。
  群れを1人で相手取ることは熟練の冒険者でなければ難しいが、集団で戦い個人戦に持ち込めばそれほど厳しい相手ではないため、1対1でゴブリンを倒せて初めて一人前の冒険者とも言われる。
  個体によっては人間が扱うような武器を持っているものもいるが、基本的には所属している群れを表す腰布を巻いている。植物の染料を用いて布を着色していると推測されている。

  ゴブリンに関する情報はだいたいこんな感じだ。見た限り戦闘力が高そうな情報もないし、今回の依頼は森の外側、畑を荒らしているゴブリンの群れを討伐すればいいからそう時間はかからないだろう。
  何だったらこちらにはレイアスがいるし、今のオオカミの姿、ブラッディウルフの本来の姿を見せれば戦わずともゴブリンたちを追い払えるかもしれない。

『主、着いたぞ』

  レイアスの声にスマホから顔を上げる。目の前には深い森が広がっている。日が高いこの時間でもところどころに陰りが見える。

「よし、始めるか」

  アイテムボックスからクロスボウを取り出す。装着されている矢はエンハ村の武器屋で何本かおまけしてもらったものだ。さすがは本職、yamazonで買うよりも殺傷能力は明らかに高そうに見える。
  情報によればゴブリンが畑を荒らすのは農民たちが作業を終えて家に戻る夕方頃。そろそろ畑荒らしの準備をしていてもおかしくない。

  森に入る。レイアスの歩き方が変わる。先程までのようなスピード重視ではなく、極力気配と足音を消した静かな歩き方だ。それでも人間が走る程度のスピードは出ているからやはりブラッディウルフの力は偉大だと再確認できる。

  気配を殺しての探索を30分ほど続け、街に面した外側の森を探索し終えるころ。ようやく目標を見つけることが出来た。

  小さな廃屋のような建物の外側に、食べかけであろうイノシシのような獣の死骸を囲んだゴブリンが3匹。窓から見える限り建物の中にもう2匹。明らかにまだ新しい野菜が見えるあたり、畑荒らしの犯人はコイツらで間違いないだろう。

「レイアス、俺が中の2匹をやる。1発撃ったら外の奴らを頼む」

『分かった』

  レイアスから降り、廃屋の窓から正面の茂みに身を伏せる。外のゴブリンたちに気付かれている様子はない。
  クロスボウを構える。スコープの十字をゆっくりと廃屋内のゴブリンの頭に合わせる。風は無い。この距離ならば落差も無く矢は飛ぶ。

「ふー……」

  引き金を引く。矢は空を切り裂き廃屋の中にいたゴブリンの片方の頭に突き刺さった。頭に矢を食らったゴブリンはそのまま地面に倒れ、外にいた3匹と中のもう1匹がこちらを向く。何を考えているか分からない、獣のような濁った目だ。
  その瞬間、外にいた3匹をレイアスが一瞬で切り刻む。その強靭な爪と牙をもって、ゴブリンたちは一瞬で肉塊へと変わった。

「すごいな……」

  やはりレイアスの戦闘力は相当なものだ。今の一撃でも身体能力が桁違いなのは分かるし、人の言葉や魔法を理解するほどの知能もある。長く生きている分、戦いのセンスも俺より圧倒的に上だろう。
  人間化している時の戦いも見てみたい。短剣を選んでいるあたり機動性に重きを置いた戦い方をするはずだが、実際にどんな動きをするかは見てみないと分からないからな。

  レイアスの動きに感心していると、残った最後の1匹が廃屋から出てきた。低く唸りながらジリジリと距離を取ろうとしている。

ーーーここで逃がしちゃダメだな。

  1匹でも残したら別の群れがまたここに来る可能性がある。他の場所にいるゴブリン達にも、ここに来たら危ないと思わせる必要がある。

  背負ったグラムを抜く。発せられる魔力からは、昨日の夜ほどの昂りは感じられない。

『主!』

  逃げの体勢かと思ったゴブリンだが、俺が剣を抜いた瞬間に棍棒を手に持ち飛びかかってきた。両手で棍棒を振りかぶり、狙いは俺の頭だ。
  ゴイン、と鈍い音が響く。

「ギッ!?」

  明確な手応えがあったであろう一撃。それを喰らってものともしない俺を見て驚いたのか、ゴブリンは着地のタイミングで少し体勢を崩した。
  すかさずそこを狙い、間合いを詰める。

「スラッシュ」

  グラムの魔力を俺の魔力でコントロールする。剣が一瞬光り、魔力の斬撃がゴブリンを襲う。

「ギギャァッ!」

  斬撃はゴブリンの体を真横に分断し、そのまま奥の木を数本切断した後消えていった。
  グラムの魔力を整え、剣を収める。

『流石だな、主よ』

「ああ、レイアスこそ大したもんだ。助かったよ」

  互いを労いながら、証拠品であるゴブリンの腰布を集めていく。血塗れになったそれを触るのは些か抵抗があるが、これも依頼の一部としてのしょうがないことだ。手早く5匹分の腰布をアイテムボックスに収納する。

「さて、帰るか」

  スマホをポケットに突っ込み、レイアスに乗ったその時だった。

『ん!?』

「どうした?」

  レイアスが何かに反応し、森の奥の方を向く。

『叫び声だ。それも幼い少女のような……』

  トラブルの匂いだな、これは。まあ当然ながら無視は出来ないし、これでポイントに変わるような何かがあれば儲けものだと考えよう。

「行こう。方向は分かるか?」

  レイアスが走り出す。

『ああ。この奥だ』

  迷い込んだ一般人でもいるのだろうか。だがこの胸騒ぎは何だ。何か、根拠は無いがそんな単純なことではないような気がする。
  
  俺とレイアスは声の元へと急いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「クソ、手間掛けさせるんじゃねぇよ。こんな所まで逃げやがって」

「やだ、離して!」

「アニキ、この区域はまずいですぜ。これ以上奥に行くと魔物の出現率が上がる」

「分かってる。早くこの森を出るぞ」


ーーー悲鳴の正体はこれか……。


  男が2人に女の子が1人。状況から察するに人攫いの類だろう。特徴的なのは、女の子の耳が普通の人間のそれよりも長いことだ。この世界で見るのは初めてだが、エルフで間違いないだろう。
  1つ気になったのは、多種族が暮らすセイレンの街の中では何故か1人もエルフを見かけなかったことだ。街に居る時は意識していなかったが、よくよく考えれば不自然なことではある。

「行くぞ、乗れ」

「やだ、お姉ちゃん……」


ーーーまあ助けるしかないよな。


「レイアス、やるぞ」

『了解した。奴らはどうする?』

「俺が捕まえる。レイアスはあの子を頼む」

『分かった』

  静かに言葉を交わし、反対方向から距離を詰める。ゴブリンの群れを倒した時と同じように。
  
  剣は抜かず、右手に魔力を貯める。闘技場で使った、アイスニードルの方だ。
  狙うは荷馬車の車輪部分。馬を仕留めれば確実だが、罪のない馬を殺すのは気が引ける。それに生かしたまま連れていけば褒賞でも貰えるかもしれない。

「アイスニードル・改」

  闘技場で使った時の魔法に、追加のイメージを上乗せする。イメージは『回転』だ。にわか知識だが、銃の弾丸は回転を加えることで威力が上がると聞いたことがある。指サイズの弾でも回転を加えて数発撃てば、魔力消費を抑えながら車輪の破壊くらいは出来るはず。

  中指よりも少し太いくらいの氷の弾丸が車輪を砕く。左側の車輪を2つとも失った荷馬車は、ガリガリと地面を削りながら止まった。
  男2人が剣を持って外に出てくる。立ち上がり、あえて姿を晒す。

「クソ、何で車輪が壊れてんだよ!」

「てめぇの仕業か!」

  これで奴らの気は引けた。あとは上手い具合に荷台から引き離せば、女の子はレイアスが確保してくれるはずだ。
  剣は抜かない。ことの証人としてコイツらは生かしておきたいからだ。俺にはこの剣の強力過ぎる力をコントロールしきれるほどの力はまだない。

  剣を構え襲い来る男たちを無視し、イメージに集中する。
  イメージは『鎖』だ。魔力を線のように紡ぎながら伸ばしていく感覚で。

「チェイン」

  魔力を具現化させる。すると両手から数本の真っ黒な鎖が現れ、その鎖は男たちを雁字搦めに縛り上げた。

「ぬああっ!」

「クソ、何だこりゃあ!」


ーーーこれは中々使えそうだな。


  非殺傷性のものは色々と使い道が多いから重宝する。それは武器も魔法も同じだ。
  ふと荷馬車の方を見ると、人間化したレイアスがきっちりと女の子を確保してくれていた。相変わらず優秀な奴だ。

  俺は男2人に向き直った。

「さてと、説明してもらおうか」

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