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第2章・新たな拠点

20.交渉

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「いやでもそこはさ……」

「嫌だ。ここは主といえども譲れない」

  ここまでレイアスが粘ることなんて初めてだ。飴をあげても効果は無いようだし、どうしたもんか。

  何をそんなに揉めているかというと、借りた家の間取りは2LKのそこそこな物件だった。エマさんに登録の手続きをしてもらい、1年分の家賃銀貨120枚を払ってからレイアスと一緒にここに来たわけだ。ちなみに銀貨100枚で金貨1枚相当の値段になるから、今の所持金は村でレイアスの短剣を買った分を合わせて銅貨4枚と1200ポイント。すっからかんに近い。とは言ってもこの街ならば仕事に困ることは無いだろうし、数日ならばyamazonの食べ物で過ごせる。
  話がズレたが、レイアスが引き下がらない理由が部屋の割り振りだ。割り振りと言っても部屋数が多い訳でもないので一人一部屋、リビングとキッチンは共同でいいと俺は提案した。しかしそこでレイアスは不満を口にした。

『ならば寝室も別になるのか?』

『まあそうだな。けどそんなに狭い部屋でもないし、なんだったら折り畳みのベッドとか買ってもいいぞ』

『そういう問題ではない! 部屋が違うのなら主と一緒に眠れないではないか!』

  というわけだ。確かに昨日の寝心地は最高の一言に尽きるが、どうやら俺よりもレイアスの方が味をしめてしまったらしい。

「もしこのまま別々の寝室を使うというのなら私は毎晩主のベッドに潜り込むぞ」

「え~……」

  分かってはいたが強情だ。とてもじゃないがこうなったレイアスを納得させる手段なんて思い付かない。
  それにもしこのまま押し切って別々の部屋にそれぞれシングルベッドを置いたとして、それでレイアスが毎晩ベッドに忍び込んできたら大変な事態だ。昨日のクイーンサイズのベッドですらあんなことになったのに、シングルサイズに2人なんて密着率が大変なことになる。

ーーーまあ、頑張って我慢するしかないか……。

  男冥利に尽きる状況だが、一歩間違えれば取り返しのつかないことになる。俺の中で。
  そういうことは、然るべき状況になってからすることだからな。童貞臭い考えかもしれないがそこは譲れない。

  もしかしたらと思いながらレイアスの目を見るが、強い意志のこもった瞳で真っ直ぐにこちらを見つめている。

ーーーこれは、俺の負けだな。

「分かったよ。じゃあ部屋の片方を寝室にして、後で2人用のベッドを買おう」

「ああ! ありがとう主!」

  パァァ、と効果音が聞こえてきそうな程にレイアスの表情が明るくなる。よほど嬉しいのか、尻尾もブンブンと揺れている。まるでおやつを貰える時の犬のようだ。

ーーー可愛い……。

  というわけで寝室問題はレイアスの勝ち。残るはもう1つの部屋の使い道だ。

「もう1つの部屋は……どうすっかな」

  元々部屋を分けたとしても寝室として使うくらいにしか考えていなかった。日常生活のほとんどはリビングで事足りるだろうし、納屋代わりに使うとしてもアイテムボックスアプリがあるから必要性は低い。

「使い道が無いのなら無理して使うこともないのではないか? そのまま何も置かずに掃除だけ定期的にしていれば、いずれここを出る時も楽だろう」

「それもそうだな」

  レイアスの言う通りだ。この家は人からの借り物だし、必要のないものを無理して使うこともない。

「さてと、それじゃ昼飯でも食いに行くか」

「そうだな」

  既に日は高く昇り、時刻は正午過ぎだった。腹の虫も鳴り始めている。
  俺たちは街を散策しながら昼食に良い店を探した。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「うん、美味い」

「このスープもいい味だ。主も飲むか?」

「ああ、貰うよ」

  レイアスチョイスで入ったのは家から徒歩5分ほどの定食屋。この世界ではセットメニューのような概念は珍しく、この街でもイチオシの食事処なのだそうだ。
  何の肉とかそういうのはよく分からないが、味はどれも素晴らしい。日本人の性か、米が恋しくなってくる。

  食事を終え、席で一段落しているうちにyamazonでキングサイズのベッドをポチる。ベッドくらいならこちらの世界にも売っているだろうが、今は金がない。今すぐギルドに行くのもありだが、あと半日で金を稼いでベッドを購入するってのはあまり現実的じゃない。
  何より、日本製品のマットレス同一型ベッドの性能は素晴らしい。何で泊まったかは覚えていないが、あの高級ホテルのベッドのふかふか具合は今でも覚えている。

「さてと、食った食った。とりあえずギルド行くか」

「分かった」

  ギルドの依頼というのは採集や討伐だけというわけではない。一般市民の手伝いやボランティア的な仕事も多くあるそうだ。そこら辺の仕事なら報酬は多くないが、日払いのものが多いらしい。
  ウィキの情報とエマさんから聞いた話を合わせれば、ギルドという組織について大体の理解はできた。

  依頼主がギルドに依頼を出す時は冒険者に払う成功報酬の他に契約金があって、それがギルドの主な収入源になっている。その資金はギルドの運営管理や各国との協力費に使われているそうだ。協力するのに金がかかるってのもおかしな話だが、どこの世界でも組織同士にはトラブルが多いらしい。
  ギルドは国を跨いだ巨大な組織で、国営に対する影響力も大きい。それぞれの国の魔物対策の一線を実質的に担っている組織でもあるし、実際王都の賢者様は冒険者でありながら王国お抱えの魔法使いになってるんだとか。
  この国の王都にギルドの本部があるのはこの国の立地が良いとかこの国のギルドに対する理解があるところとかいくつかの理由があるんだと。

  まあそこら辺のゴチャついた事情に首を突っ込むつもりはないが、知っておいて損は無い。こっちにその気が無くても、目立つことがあればそのうち関わらなければならないこともあるだろうから。

  しばらく歩いた後、昼飯時ということもあって賑わうギルドに入る。そのままクエストボードの前に向かうと、ランクごとに分けられた様々な依頼が貼られていた。

「うーんと、さっさと終わりそうなやつは……」

  魔物討伐に街のゴミ拾い、薬草採集に子供たちのお守り。まさに多種多様、色々な依頼がある。

「主、これはどうだ?」

  レイアスが1枚の依頼書を指差す。


『ゴブリン退治

  森の外側に住むゴブリン達が畑を荒らしまわっていて困っています。畑に近付かないようにあいつらを退治してください

  成功報酬  銀貨5枚』

  悪くない。森の外側だけなら大した個体数はいないだろうし、報酬の額から見てもゴブリン自体それほど強いわけではなさそうだ。

「よし、これにするか」

  依頼書を持ってクエスト関連手続きのカウンターへ。カウンターでは銀髪ロングの綺麗な受付嬢がペンを忙しなく動かしている。

「こんにちは、依頼を受けたいんですが」

「これはユウスケ様、こんにちは。依頼ですね、拝見します」

  依頼書を渡す。

「ゴブリン討伐ですね、畏まりました。依頼主に連絡しておきますので、討伐が終わりましたらまたこちらのカウンターまでお越し下さい。その時にゴブリンの腰布を忘れずにお持ちください」

  討伐した証拠ということだろう。そのあとそんなものをどうするのかは少し気になるところだが、ひとまず今は関係ない。

「分かりました」

  レイアスを連れてギルドを出る。依頼地の東側の森までは街から約2キロ。レイアスの足ならすぐの距離だ。依頼自体も大したものじゃないし、油断さえしなければ問題なくこなせるだろう。

「さて、行くか」

  この街での初めての依頼へと、俺達は出発した。

  
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