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第2章・新たな拠点
19.一緒に
しおりを挟む「マジかよこれ……」
「主、どうかしたか?」
ギルドでの戦闘訓練を終えてから約1時間後。宿に戻ってきた俺達は、用意された部屋を見て愕然とした。いや愕然としたのは俺だけなのだが。
ーーーなんでベッド1つしかないんだよおっさん……!
用意された部屋は確かにそこそこの広さがあった。2人で泊まるには申し分ない。ただ、肝心のベッドが1つしかないのだ。他に布団が用意されている様子もなく、大きさはクイーンベッドほど。
2人で使えということだろうが、あいにく俺は童貞なんだ。この世界に来てからはだいぶマシになったが、女の子どころかマトモなコミュニケーションなど苦手として生きてきた。
「と、とりあえず寝るか」
「そうだな。私ももう眠い」
とりあえずはレイアスの様子を見てみよう。ここでレイアスがベッドを1人で使おうとすれば、俺も諦めがついて床で寝るなりできる。
「主、入らないのか?」
まあそんなことをレイアスがするわけないとは分かっていたが。
「ああ、着替えてからな」
どうやらレイアスは魔法で服を精製してるらしい。あの黒い渦に体を包み込んだかと思うと、寝間着用の薄着に服が変化していた。随分と便利な魔法だが、機会があればちゃんとした服を買ってやりたいものだ。
着替えながら自分を落ち着かせる。くれぐれも変な気を起こさないようにしなくては。
「さあ主、いらっしゃいだ」
俺が着替えたのを見計らって、レイアスが掛け布団を捲りながら笑顔でそう言った。とてもじゃないが誘ってるとしか思えない。
どうにか表情をキリッとさせながらベッドに入る。既にレイアスの体温が若干伝わっていて暖かい。
そこそこ疲れが溜まっていることもあってか、心配をよそにベッドに入っても特に変な気にはならなかった。それよりも2人分の体温の暖かさにますます眠気が加速する。
「今日は色々あったな……」
「そうだな。主と一緒にいると退屈しない」
「そりゃ褒めてるのか?」
「まさか。主のような人間を『とらぶるめーかー』と言うのだろう?」
「間違っちゃいないけどさ……」
正直勘弁願いたいものだ。俺にはやるべきことがあるし、何より必要のないコミュニケーションを抵抗無くできるほど俺は社交的な人間じゃない。
「主も災難だな」
レイアスがクスクスと笑う。
「まあそうは言ってもお前と出会えたんだ。災難ばっかでもないさ」
「そう言って貰えると私も嬉しいよ。貴方と一緒にいられるだけで生き延びてきた意味があったと思える」
柔らかい笑顔で、真っ直ぐな瞳でレイアスは言う。からかわれた仕返しのつもりであんな痛いセリフを言ったというのに、レイアスは余裕でこんなことを言ってくる。
顔が真っ赤になり体温が上がる。どうしてこう、コイツの言葉はこんなにも胸が締め付けられるのだろう。笑顔を見るだけで嬉しくなるし、声を聞くだけで安心する。こんな気持ちを何と言うんだろうか。
「大袈裟だな」
「そんなことはない。私はきっと、あなたと共に生きるために生まれてきたのだ」
レイアスは俺の右手を握り、そのままその手を天井に向けて言う。
「私は主よりもずっと長い時間を生きてきた。多くの物を見て多くの者と語り合い、父上と共に民を導いてきた。一族を統べる者として、世界の多くを見てきたつもりだ」
レイアスの感情が伝わってくる。悲しみや慈しみ、幸せなどがグルグルと混ざりあって何とも不思議な感情だ。とても穏やかな心持ちなのは分かる。
「それでも、主と出会ってからのこの数日間は信じられないほどに刺激的だった。見たこともない魔法に見たこともない食べ物……」
確かに初めて飴を食べた時のレイアスの顔はまだ覚えている。まるで子供のような笑顔だった。
「世界はまだ私が知らないことで満ちている。私はそれをあなたと一緒に見ていきたいんだ」
「俺もだよ」
気持ちが溢れ出しそうだった。
「俺もこの世界をもっと見て回りたい。色んな場所に行って色んなものを見て、色んな人と話をしたい」
こんな素敵な世界でこんな人と出会えたことが嬉しくてたまらない。
「この世界の何もかもを、レイアスと一緒に見ていきたい」
「そうか、気持ちは同じか。ふふふ、それは嬉しいな……」
レイアスは本当に嬉しそうに笑った。俺は堪らずそんな彼女を抱き寄せた。
「俺も嬉しい。これからもずっと、よろしくな」
レイアスの腕が背中に回り、俺の体を優しく抱き締める。
「こちらこそよろしく頼む」
このまま溶けてしまうんじゃないかと不安になるくらいな幸福感の中、俺は眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌朝。朝食を済ませた後にギルドに向かうと、そこでは後の祭りだった。
「見てよ、あの人が2人を倒したっていう……」
「いきなりCクラスからスタートしたんだろ?」
「何でも魔力量が桁外れらしいぜ」
あちらこちらで噂されている。昨日の戦闘訓練のことは話していないはずだが、大方居合わせた職員の誰かが喋ったのだろう。困った話だ。
喧騒を無視してカウンターへ向かう。エマさんと目が合うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「ユウスケさん! おはようございます!」
「おはようございます」
「凄いですね、まさかあの2人を本当に倒しちゃうなんて!」
ギルドでの噂や昨日の奴らの態度を見た限り、どうやら相当な迷惑野郎だったようだ。
「大したことはしてませんよ」
「そんなことはないです! あの2人、前々から違反スレスレの迷惑行為を繰り返してて迷惑してる人も多かったんですよ。ですが昨日の一件で正式に冒険者ギルドを破門になったんです」
まあ怪我制限無しの戦闘訓練を勝手にやったんだ、妥当な罰則だろうな。
「皆さんユウスケのこと怖がって避けてますけど、本当はすごく感謝してるんです」
「怖がってるんですか……」
風評被害もいいところだ。悪い奴らをやっつけたんだからヒーロー扱いされてもいいだろうに、こういうところばかり現実的になっている。
「まあまあ、そのうち変な誤解も解けますよ。今日はお休みですけど、戦闘訓練担当のシーナちゃんも凄く感謝してましたし」
戦闘訓練担当というと、あのオドオドしていたメガネをかけた受付嬢のことか。確かにビビって書類偽造してたし、罰則とか受けてないといいが。
「だといいんですけどね」
「大丈夫ですよ! それで今日はどうされました? 依頼なら沢山ありますよ!」
「それも用事の1つなんですけど、聞きたいことがあって」
こればかりはウィキでは良さげな情報は見つからない。現地の人に聞く方がいい。
「俺たちはしばらくこの街を拠点に動こうと思ってるんです。だからある程度の期間利用できる寝床を探してるんです」
宿に泊まり続けるのも不可能ではないだろうが、さすがに金がかかりすぎる。この世界にあるかどうかは分からないが、アパートのようなものがあれば助かる。
「なるほど、そういうことでしたか。それなら冒険者向けの賃貸物件がいくつかありますよ」
エマさんはそう言うとカウンターから何枚かの書類を取り出した。どれも平屋だが、2人で住むにはどれも十分そうな家だった。
「冒険者向けっていうのは……」
「それはですね、他の職業と比べて収入が高い冒険者たちに優先権のある物件のことです。ただ長い期間定住しない冒険者も多いですから、契約期間は短めなところが多いです。今日のはどれも1年ですね」
「なるほど」
そこは俺たちにとっても好都合だった。爺さんからの天命の対象がどこに来るかも分からないし、この街でS級の功績が残せない可能性もある。1年という期間なら融通も効きやすいはずだ。
俺はレイアスと話し合いながら、ギルドに1番近い広めの一軒家を借りることにした。
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