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第2章・出会いと別れ
第12話・敵対
しおりを挟む「さて、そろそろ始めるかな」
訓練用の剣を手に持ち、ゴーレムを起動する。かつての恩師が残したこのゴーレムにはどうやら特殊な魔力回路が組み込んであるらしく、大気中に存在する魔素を取り込むことでそれを動力源とすることが可能らしい。この技術があれば軍事、産業共に人間の生活に大きな影響をもたらすことは間違いない。だが、彼はそれを公にしようとはしなかった。
『もしこのゴーレムが量産されれば、それだけ我々の生活や戦争は楽になるでしょう。しかしそれは進歩ではないのです。進歩とは、我々が自身で道を進むことを言うのです』
この言葉の真意は、今も尚完全には理解出来ていない。だが、それでも彼がそれを望むのならば俺はその意思を尊重するだけだ。少なくとも彼の思いを理解できるまでは、彼の遺してくれた物を他人に渡すつもりは無い。
「ねえウィル、今日は私も戦ってみていい?」
剣を振るおうとしたその時、ユキが口を開いた。
「え、ユキも戦うの?」
「うん、色々スキル試したいから。セルビスのゴーレムなら簡単には壊れないだろうし」
セルビスとは幼少期のウィリアムの教育係であり、今は亡きノースの夫でもあるセルビス・アルケイドのことである。一般教養から魔法学や各種貴族学など、数多くの知識をウィリアムに授けた師であると同時に王都でも選りすぐりの魔法使いであった彼は、エリード騎士隊の筆頭魔術師としてエリード家をその知識と力を使って支えてきた。
『賢者』というユニーク系統ではないが希少な加護を持っていた彼は、属性魔法などの通常魔法に加え「付与魔法」という物体に魔力を付与する特殊な魔法を得意としていた。魔法が付与された特殊能力を持つ道具は「魔具」や「魔道具」と呼ばれ、魔法技術に優れるだけでなくそれらに関する多くの知識を身に付けていたセルビスの生み出した魔具は疑う余地無く高品質だった。その効力はいずれも強力で、稀に市場で流通する際には同じ重さの宝石で取引されたという程だ。
そんな彼が、最愛の教え子であるウィリアムに遺した傑作こそがこの戦闘訓練用ゴーレムだった。その耐久性は言うまでもなくダンジョンなどに出現する通常のゴーレムとは一線を画しており、更にはこちらの攻撃パターンなどを分析し対応する学習能力も備えている。訓練終了時には学習した一連のデータは破棄されてしまうようだが、それでも訓練の相手としては豪華過ぎるほどの出来だ。
ーーーまあ、確かにこのゴーレムなら……。
ユキの言う通り、彼が作ったゴーレムがちょっとやそっとで壊れるとは思えない。そしてもしも仮にユキが持つスキルがこのゴーレムを破壊するほどの威力ならば、それは知っておかなければならない事柄でもある。
「じゃあ、先に……」
「危ない!」
先に戦ってみてもいいよ、と言おうとした時。振り向いた先のユキに突如として突き飛ばされ、俺は大袈裟に尻もちを着いた。
「痛……ユキ、どうし……」
そして再び言葉が詰まった。先程まで俺が立っていた地面はゴーレムの剛腕により大きく抉られていた。もしもあのままあの場に立っていれば、痛いなどというレベルの怪我では済まなかっただろう。
「なっ……!?」
このゴーレムは本来、こちらから攻撃を仕掛けない限り敵対行動を取ることは無い。こちらから攻撃を仕掛けて初めてそれを防ぎ、捌き、そして反撃してくるのだ。
だが今回は違った。明らかにこちらを倒す気でこのゴーレムは動いている。その目は紅く光っており、動きも普段より遥かに機敏になっている。
「ウィリアム様ノ加護取得ヲ確認。コレヨリコマンド『殲滅』ヲ起動」
機械音声でそう告げたゴーレムは、再び俺とユキ目掛けてその太い腕を振り回した。
咄嗟に飛び退き、攻撃を躱す。ユキも一撃目の反応が遅れたのは虚を突かれたからだったのか、今回の攻撃は軽やかに躱している。
とはいえ目の前の事態が解決した訳ではない。恐らく作製時に組み込まれた魔力回路で加護を感じ取ったゴーレムは、師にも教えられていない特殊な状態へと移行している。紅く輝くその目は明らかにこちらと敵対していることを示しており、攻撃速度や威力も普段とは比べ物にならない。
「くっ、何だこれ……!」
振り下ろされる右腕を訓練用の剣で受け流す。剣の腹で滑らせるように受け流したその一撃の威力は凄まじく、防御に成功しても腕には微かに痺れが残るほどだった。
「やぁッ!!」
振り下ろしの隙を突いたユキの鋭い爪による攻撃がゴーレムの頭部に炸裂し、ギィンと大きな音を立てる。どうやらユキの持つ『戦闘術特級(神狼族)』とは、体の一部をかつての狼の姿のように変化させ戦うスキルのようだ。1本が人間の指ほどの大きさを持つ尖爪による攻撃は強力に違いないが、ゴーレムは頭部に傷を付けながらも怯む様子もなくこちらを睨み付けている。
「硬っ……かなり強めにやったのに」
ユキの口からそんな言葉が漏れる。やはり今のゴーレムはただならぬ性能に変化しているようだ。
改めて敵に対して剣を向け、大きく息を吐く。
彼は意味の無い行動はしない人だ。このゴーレムの行動にも、必ず意味がある。ならばすることは決まっている。
ーーーこのゴーレムを、倒そう。
「ユキ、さっきみたいに色んな方向から攻撃しながらゴーレムを撹乱できる?」
「うん、任せて」
再びユキがゴーレムに攻撃を仕掛ける。木々の中を跳ね回りすり抜けざまにゴーレムを削る攻撃は、要望通り威力よりもスピードを重視したものとなっている。状態変化したゴーレムもこの速さには対応出来ないらしく、高速移動するユキを煩わしそうに両腕を振り回している。
ゴーレムの弱点は関節部。各部を確実に破壊し、内部に隠された魔力核を破壊することで討伐となる。通常部分は鋼のように硬く、動きの中で僅かに露出する関節部分を攻撃することで各部の動きを鈍化、破壊することができる。
何度も復習したゴーレムの対処法を頭の中で反芻する。この知識を与えてくれたのも彼なのだ。きっとこの戦いにも意味がある。
まず狙うべきは両腕だ。攻撃の中心手段として使用される太い腕を破壊してしまえば、ゴーレムの戦闘力は半減する。
お節介な神たちの祝福や従魔術士としてのスキルを使用して戦うのは初めてだが、泣き声を言ってはいられない。誰だって最初は初めてなのだ。
剣術超級、属性魔法中級を行使。
「火炎斬!」
火属性魔法を剣に纏わせ、炎の剣として攻撃する魔法剣士のスキルだ。基本的には『魔法剣術』スキルにより行使できる技の1つだが、属性魔法と剣術のスキルがあれば理論的には同じ攻撃を再現出来る。魔法の知識に精通したウィリアムだからこそできる芸当だ。
左腕の肩関節部分に高熱の剣を食らったゴーレムは大きくよろめき、防御態勢に入ると共に接続の不安定になった左腕を自ら切り離した。ゴーレムがそのような行動をするなど聞いたこともないが、不安定な状態を維持するよりもそれを切り離し右腕の攻撃に集中する方が強力だと判断したのだろう。
防御態勢に入ったゴーレムの注意は完全にこちらに向いていた。そして残った右腕に魔力を集め、より強力な攻撃を仕掛けようと備えている。
だがその隙をユキは見逃さなかった。
「疾爪烈波!!」
死角から放たれた目にも止まらぬ連続攻撃に、ゴーレムの右腕はバラバラに切断された。
頭部ほどの硬度は無いだろうが、それでもあれだけの硬度のゴーレムを切断するとは、やはり今のユキは相当な強さを誇るようだ。風属性魔法も、身軽で自然を好むユキとは相性が良いように見える。
魔力を込めた右腕を切断され大きくよろめいたゴーレムの頭を狙い、剣を向けた。基本的にゴーレムの魔力核は胴体部分に内蔵されており、首を切り落としてそこから狙うのが一般的な討伐法だからだ。
大きなダメージを与えた時には畳み掛けるのが戦闘において定石だ。しかしウィリアムはまだ実戦経験は数える程度しかない。狙うべき隙とそうでない隙の区別はつかなくて当然だろう。
不運にも今回のゴーレムの動きは後者だった。よろめいた勢いそのままに右足で鋭い蹴りを繰り出したゴーレムに不意を突かれたウィリアムは、咄嗟に剣で防御を試みたが剣ごと吹き飛ばされ、背後にあった木に衝突した。
「がっ……!」
視界がボヤけ、肺が強烈に圧迫される。呼吸が困難になり、その場で蹲る。痛みに支配された体はすぐには言うことを聞かなかった。
「ウィル!」
叫びと共に、ユキの動きが一瞬鈍るのを追い詰められたゴーレムは見逃さなかった。
地面を力強く踏みつけながらウィリアムに向け放たれた蹴りの勢いをそのまま反転させ、再び右足をユキに向けて放ったのだ。ゴーレムの備える学習能力によりユキの移動先を予測し放たれた蹴りは、正確にユキの体を捉え地面に叩き付けた。
「うあッ!!」
流石は神狼族と言うべきか、咄嗟に受け身と防御を取ったユキはまだ無事だった。しかしゴーレムはそのままユキを踏み潰そうと、残された魔力を右足に集中させている。
「うっ、ああ……!」
ギリギリとユキの華奢な体が圧迫されていく。そして明確に確信した。
このゴーレムは、間違いなく俺たちを殺す気だ。
このままではユキが死ぬ。
そんなことは、絶対にあってはならない。
悲鳴を上げる体を無理やり起こし、魔力を掻き集める。
「『従魔術式【一式】』を行使……!」
今俺に出来ることはそれだけだった。そして次の瞬間、暖かな力が体中を満たすのを感じた。
体中の痛みは一瞬にして消え失せ、各種感覚が鋭くなったような全能感を感じる。
「はぁあッ!!」
溢れ出る力を右手に込め、大切な相棒を踏み付けるゴーレムを殴り飛ばす。
ゴーレムは轟音を立てながら木を薙ぎ倒し、吹き飛ばされた先にあった訓練小屋を倒壊させた。
警戒は怠らず、ユキに歩み寄る。
「ユキ、大丈夫!?」
「う、ん……なんとか……」
気丈に振舞ってはいるが、数トンの重圧を喰らい続けたユキの状態は良いとは言えない。これ以上戦うのは無理だろう。
「無茶させてごめん。あとは任せて」
離れた場所までユキを運び、木に寄りかからせる。幸い呼吸は安定しており、すぐに危険な状態になることはないだろう。
倒壊した小屋の中から、ギギギと奴の起き上がる音が聞こえる。しかし手応えはあった。如何に特別性のゴーレムと言えど、敬愛する神たちから授かった力と神狼族であるユキの力を受ければタダでは済まないはずだ。
ーーー次で決める。
予想通り、起き上がったゴーレムの胸部には亀裂が広がり、その動きは緩慢になっている。今の力でもう一撃を食らわせれば決着はつくだろう。
「ふぅー……」
両腕に力を込める。体の奥から溢れ出る力は大切な相棒のそれであり、敵に立ち向かう勇気をくれる。
「疾爪烈波!」
迫り来るゴーレムを、相棒から託された技で迎え撃つ。
鋭い爪による凄まじい連続攻撃はヒビだらけのゴーレムの胸部を破壊し、そのまま胴体部分に備わる魔力核まで達した。破損した核から大量の魔力を漏出させた後、やがてゴーレムは動きを止め、地面に崩れ落ちた。
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