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第1章・ウィリアム・エリード

第7話・自由

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「あ~、やっぱり今日は降りそうだな……」

「傘、持ってきて正解でしたねウィル様」

  エリード公爵家の屋敷の周りに広がる草原の中、街へと繋がる整備された道。その上を歩くのはいつもと少し異なる顔ぶれだった。
  というのも、本来はメイドたちが交代制で担当している買い出しが今日はとある用事で人手不足だからなのである。そのメイドたちは別件の仕事で慌ただしく働いており、手が空いていたカナエと相棒不在のウィリアムが代わりに街へと出向くことになったのだ。

ーーーユキのやつ、今頃大変だろうなぁ……。

  屋敷に取り残された相棒のことを思い出し、クスッと笑う。きっと彼女は、今頃着せ替え人形のように沢山の服を着せられては脱がされを繰り返しているのだろう。元来面倒事を嫌う彼女だ、どんな顔をしているかは想像に難くない。

  人型になったユキを待ち構えていたのは、フィリーとメイドたちのお世話の数々だった。その耳と尻尾を堪能されたのはもちろんのこと、契約後の姿が全裸だったこともあり今頃は屋敷でメイドたちがユキに合う服を見繕っている最中だろう。
  曲がりなりにも公爵家の一員として、人の姿を得たからにはそれなりの格好をさせるとフィリーは豪語していた。が、実際には自分たちの欲求を満たす方が大事なのだろう。ユキもまた、フィリーたちのことは何だかんだで信頼しているから逃亡を図ったりはしない。

  そんなわけで、現在はウィリアムとカナエ2人でお送りしている。

「それにしても凄いですね、ユニーク加護なんて」

  何となくウィリアムが考えていることを察したのか、カナエは押し殺していた興奮を呼び戻すように言った。

「まあ、珍しいことは確かだね」

  だが、どんな加護を得ようが結局は能力の詳細とその使い方次第。自分の努力と創意工夫で出来ることの幅は限りなく広がる。
  可能な限りそれを活かし、手の届く範囲の大切なものを守るのが自分の役目だ。隣を歩く、黒髪のメイドも含めて。
  
「ユキちゃんもあんなに可愛くなって。私もモフモフしたかったなぁ……」

  何故かは分からないが、カナエはユキの世話係には任命されなかったらしい。別段ユキに嫌われているわけでもないのだが、どういうことなのだろうか。

「まあそのうち頼めばいいんじゃない? カナエならユキも断らないと思うよ」

「それもそうですね。またお願いしてみます!」

  わきわきと手を動かしながら良い笑顔を浮かべるカナエ。我ながら本人のいないところで無責任なことを言った気もするが、そこは考えないようにしておこう。
  そうだ、折角だし苦労しているであろう相棒に土産でも買っていこうか。家に帰れば愚痴を聞かされるのだろうが、何か気が紛れる物の1つでも買って帰れば多少は機嫌を直してくれるかもしれない。

  あれこれ考えてはいるが、2人の足取りはいつもよりも軽快だった。
  10歳を過ぎたあたりから背負い続けてきた重荷をようやく降ろすことが出来たのだ。いつまでも浮かれている訳にはいかないだろうが、せめて今くらいはこの清々しい気分を満喫しても怒られはしないだろう。
  そしてそれは隣を歩くカナエにも言えることだった。かつてウィリアムが加護のことで悩んでいた時、両親と同じかそれ以上の時間を共に過ごし、傍で支え続けたのは他でもないカナエなのだ。無論そのことは数年前のことであり、仮に今それをウィリアムに話せば彼は顔を赤くしてそのことを恥じるだろう。 
  だがそれこそがウィリアムの中でのカナエという存在であり、ウィリアムを身近な場所から支えてきたというカナエの自負でもある。だからこそ、カナエはウィリアムが加護を得られたことが自分のことのように嬉しいのだった。

「あ、そういえばウィル様」

「ん~?」

  そんな嬉しさを感じている時、カナエはとあることを思い出した。

「聖女様とのお見合いはどうするんですか?」

「あっ、そういえば……」

  父親には考えると言ったが、貴族間での見合い話など受けるのが当然のマナーではある。そもそも本来は見合いではなく結婚することを決められるのが通例なのだ。それが貴族の宿命の1つでもある。
  しかし、今はステリアムが見合い話を持ってきた時とは状況が異なる。加護について万が一の事態が起きた時の対応策として企画された今回の見合い話は、ウィリアムが無事に加護を得た時点でエリード家にとってのメリットは無くなるのだ。焦る必要も相手がホーエンハイム家である必要も無い。

ーーーユニーク加護を貰った今なら、断っても父様は怒らないだろうけど……。

  メリットは無くとも、相手への失礼にあたることは間違いない。こちらの都合で持ち掛けた見合い話を相手は厚意で受けてくれたというのに、またもやこちらの都合でそれを取り消そうとしているのだから。ウィリアムが加護を得る前に成立した話だからこそ、ホーエンハイム家はきっと思慮を重ねた上でこちらの望む答えを出してくれたのだろう。
  それを無下にするのは、貴族としてではなく1人の人間として気が引けるのだ。

「まあ、とりあえずは受けてみるよ。やっぱり加護が得られたから取消で、なんてホーエンハイム家にも聖女様にも失礼だからね」

  急遽決まった今回の見合い話は、少なからず聖女ユリアにも驚きを与えたはずだ。いくら身分が上の公爵家の人間でも、会ったこともない上に加護を貰えるのが異様に遅い、要するに「普通ではなさそうな」男と結婚させられるなど聖女本人からしたらたまったものではない。
  ましてやそれを再び無かったことにされれば、ホーエンハイム家は事情を知る者たちからすれば嘲笑の的になるのとも考えられる。彼らに全く非が無くても、それが階級制社会というものなのだ。

  それに加えて、そういったことを覚悟していなかった訳ではない。公爵家の人間である以上、多かれ少なかれ決められた道を歩かなければならないことは分かっていたのだ。だからこそ家族は出来る限り自分に自由を与えてくれている。
  次は、自分がそれに応える番なのだろう。

「そ、そうなんですね」

  考えを巡らせるウィリアムの横で、カナエは小さく、だが確かに悲しそうな顔をしていた。
  無論、その表情はウィリアムの目には入らないのだった。



  

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