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第1章・ウィリアム・エリード

第5話・選ばれし加護

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「ふぅ……」

  使い慣れたベッドに腰かけ、小さくため息を吐いた。ユキは既に眠そうにしながら布団の下でモゾモゾと頭を動かしている。

ーーーどうしたもんかな……。

  父親が自分を大切に思ってくれていることは分かっている。わざわざお見合いという形を取っているのもそのためだろう。もしも本当に加護が与えられなかったら、結婚どころではなくなる。その前に身を固めてしまえば、多少なり味方を増やすことはできる。ホーエンハイム家がそれに足り得るからこそ聖女様を選んだと考えられる。
  しかし、そのホーエンハイム家を全く知らない自分からすれば協力を期待することなど簡単にはできない。それに加え、自分のために1人の女性の人生を曲げてしまうのは目覚めが良いものではない。貴族としては政略結婚に私情を挟むなど許されないのだろうが、一般論だからといって疑問を持たず従うのは抵抗があるのだ。

「寝よう……」

  眠気のある頭で大事なことを考えても、良い結論は出ないだろう。見合いの話を聞いたのは先の夕食時が初めてだし、見合いそのものはまだしばらく先のはず。
  そう思い、布団に潜り込んだ。やっと来たかと言うように、ユキが布団の中で身を寄せてくる。

  不安を暖かさでかき消すように、俺は目を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……さい」

  何処からか、声が聞こえる。

「起きなさい、ウィリアム・エリード」

  懐かしいような声だ。もう聞くことは無くなってしまった、彼のような……。

「ん……ここは……」

  ゆっくりと目を開ける。そこは優しい明るさに包まれた、真っ白な空間だった。
  声の方へ目をやると、不思議な姿をした男女が4人、こちらを見つめていた。そしてその姿には見覚えがある。

「目覚めたようじゃのう」

「やっと起きたか! よし、俺を選べ!」

「こらガリア、まだ目を覚ましたばかりで何も知らないでしょ? 落ち着きなさい」

「どう? 記憶は安定してる?」

  恐らく、いや、間違いない。この人達は……。

「四神様……?」

  この世界には、4種類の神が存在する。それぞれの神によって与えられる加護が異なり、その姿は各地の教会で神像や神画として見ることができる。かつてウィリアムも目にしたその姿は、はっきりと目の前に存在している。

「すまんの、長い間待たせた。こちらでも色々とトラブルがあってのう」
  
  白い衣服に身を包み、同じく白い髭を伸ばし穏やかに語る老人のような神。
  創造神、エンディルス。

「ったくよ、最初から俺の加護でいいってんのにコイツらがごねるからだ」

  黒く輝く鎧に身を包んだ、雄々しい青年のような神。
  闘争神、ガリア。

「当たり前よ。こんなに優しい心の持ち主なんだから私の加護の方が相応しいに決まってるわ」

  桃色の衣服に身を包み、長い髪を輝く髪飾りで纏めた美しい女性のような神。
  慈愛神、マナリア。

「いや、それよりも僕の加護を与えるべきさ。あのスノウウルフと分かり合うくらいだよ? 彼は自然に愛される才能を持ってる」

  薄緑色の衣服に身を包み、短い髪に木の葉の形をした飾りを付ける少年のような神。
  自然神、フィール。

  誰しもが焦がれ、祈り、願い続けている神々の姿が目の前にある。まず何よりも、困惑するしかなかった。
  加護を与えられるといっても、その加護を司る神と会ったりはしない。ふと目を覚ましたら得ているのが通例であり、近しいものでも光の中で一方的に声が聞こえた程度なのだ。こんな風に会話が成立し姿が見えるなど、ましてや四神が揃っているなど聞いたことがない。

「えっと、俺は……」

  誰も会ったことがない神々を相手に、どんな態度をとればいいというのか。分かるはずもない。

「いいのよ、私たちのことは友人のように思ってくれて。その方がこっちも気楽だわ」

「えっ……」

  マナリア様の言葉に、思わず声が漏れる。
  加護を司る神を相手に、友人感覚で接した人間がいるものだろうか。もしもそんな人間がいたら、国中がきっと大騒ぎになるだろう。

「そうじゃよ。お主に与えるべき加護を与えず、こんな所まで呼び出したんじゃ。畏まる必要など無い」

  エンディルス様は優しげな口調でそう告げた。その声はやはり、かつての師を思い出させる。

「エンディルス様、それにマナリア様……ですよね?」

「うむ。こっちがガリアとフィールじゃ」

  そう言ってエンディルスは残りの二神を指差した。

「おいおい、神でも指差すもんじゃねえぞ爺さん」

「あ、僕らも気軽に接してね」

  気軽に、と言われてもこのような奇天烈な状況に即座に適応できる訳がない。未だに頭の半分は混乱している。

「えーと、俺はどうしてここに……?」

  誰に向けるでもなく、そう呟く。すると、呆れたような顔をしてエンディルスが語りだした。

「うむ、まずは謝らなくてはならんな。お主の加護がまだ与えられていないのは、こやつらが揉めておったからなんじゃよ」

「も、揉めてたんですか?」

  加護を与える仕組みは、人間には分かっていない。気付いた時には世界のルールになっていた。恩師はそう言っていた。そのルールを、かの神々は自らの口で語ってくれた。

「本来加護というのは儂ら四神で話し合い相応しいものを選び、人間に与えておる。じゃが時々例外もおってな、適切な加護が1つに定まらないことがあるんじゃ」

  定まらないとしても、加護が2つ以上与えられることは無い。それが常識だ。

「その時は何かしらの勝負で加護を決めるんじゃ。少し時期が遅れるのも、それが原因でな」

  こんな形で加護の仕組みが分かるとは思っていなかった。この情報だけでも、伝えるべき場所へ伝えれば大騒ぎになりそうだ。

「肝心のお主じゃが、適正加護が多すぎたんじゃよ。じゃからマナリアたちも自分の加護を与えると言って譲らなくてな。ずっと言い争いを続けて来たが、いよいよお主の人生に影響が出そうになってきたからこうやって呼び出したんじゃよ」

  神とは存外に気が利くようだ。確かにこれ以上引き伸ばされては、見合い話も含め多方面に影響が出始める。いよいよ家出の準備もしようとしていたところだ。

「そうなってはお主に申し訳が立たない。加護は万人に平等に与えられなくてはならんからな。じゃからお主にはここで加護を選んでいってほしいのじゃよ」

「加護を選ぶ……」

  実感が無さすぎて空返事のようになってしまった。加護を自分で選べるなど、にわかには信じられるはずがない。ここで優れた加護を選択すれば、豊かな人生が保証されるに等しいのだ。それほどまでに、加護の力というものは大きい。
  すると、エンディルスの奥で立っていたガリアが待ち切れないという様子で歩み寄ってきた。

「おいウィル、俺の加護を選べ! お前なら誰よりも強い剣士になれるぜ! 努力だけであそこまで剣の腕を極めた奴なんか俺は見たことねぇ! その力があれば、もっと多くの人間を救えるんだ!」

  彼は両手を掴むと、そう熱く語った。その目は真っ直ぐで、フィール以上に幼く純粋に感じた。
  そんなガリアを、マナリアが押し退ける。

「いいえ、ウィル、貴方には私の加護が相応しいわ! 貴方ほど優しさに溢れる人は、戦いよりも誰かを助けて生きる方がいい。回復魔法も修復魔法も、貴方なら必ず使いこなせるようになるわ!」

「うるせぇババァ! 退いてろ!」

「何よクソガキ! 私はまだ3400歳よ!」

  やがて二神は争い始めてしまった。そんな二神を、エンディルスとフィールはやれやれといった様子で眺めている。とんでもないことを聞いてしまったような気もしたが、黙っておくのが正しいだろう。どの世界でも、女性の前で歳の話は厳禁だ。
  苦笑いしていると、柔らかな笑みを浮かべたフィールが歩み寄ってきた。

「えーと、あんなふうに争う気は無いけどさ。ウィル君にはたぶん僕の加護が合ってると思うよ。君の自然に愛される才能は滅多に無いんだ。属性魔法も職人技も、きっと誰よりも極められるよ」

  一通りのセールスを終えた後、争い続ける二神を他所に再びエンディルスが口を開いた。

「先も言ったが、お主が得たい加護を選べばよい。何か希望があれば聞くぞい?」

「えと、そうですね……」

  得たい加護、というよりはできるようになって欲しいことならば1つ思い当たるものがあった。
  共に育った、もう1匹の家族の声を聞きたい。ユキの気持ちを知りたい。

「動物の言葉が分かるようになれる加護、とかはありますか? ユキの……家族のこと、もっと知りたいんです」

「ふむ……となると……」

  エンディルスは若干困ったような顔をした。フィールも苦笑いを浮かべながら、エンディルスの方を見ている。

「儂が加護を与えることになるかのう」

「な、何か不味いことが……?」

「いや、そういう訳ではないがの」

  エンディルスの表情には見覚えがある。父様が母様に怒られてる時にこっちを向いた時の、あれだ。明らかに強がりだと分かる、あの顔。

「あはは、実はね。エンディルス様は基本的に加護を与えないから、力の調節が下手なんだよ。それに僕はともかくあそこの2人がごねるだろうしね」

「じゃがお主の希望ならば叶えるのが儂らの義務じゃ」

  そう言って、エンディルスはどこからともなく取り出した木製らしき杖を振り上げた。

「ウィリアム・エリードよ。そなたに『従魔術士テイマー』の加護を与える。その美しき心とこの力で、世界を見るがよい。そしてこの世界を力強く生き抜いて見せよ」

  体の底から力が湧き上がってくるのを感じる。そして、自然と体が動いた。
  片膝をつき、両手を胸の前に合わせる。

「御心のままに」

  その言葉もまた、自然と口から零れた。そんな自分を見て、フィールがクスッと笑う。

「君がそんな古い作法を知ってるなんてね。なかなか様になってるよ」

  からかわれたような気がして、少しだけ気恥ずかしくなった。確かに、自分はなぜあのような行動をしたのだろうか。
  そう思ったのも束の間、エンディルスが少し疲れた様子で話し始める。

「ふう、そろそろ時間じゃな」

「ありゃ、もうそんなに経ったの?」

  フィールは少し不服そうに言う。

「まあまたすぐに会うことになるじゃろう。それまで健やかに生きるとよい」

「あそこの2人には説明しとくから、明日からまた頑張ってね。期待してるよ」

  何やらお別れの時間のようだ。未だに理解が追いつかない部分はあるが、彼らが自分にとって良い存在であることだけは分かる。
  そう思うと、自然と頭を下げていた。

「本当にありがとうございました。また会える時を楽しみにしてますね」

「うむ」

「うん!」

  出来る限りの笑顔で別れを告げると、二神もまた満足気に笑顔を浮かべた。

  それを最後に、再び意識は闇の中へと消えていくのだった。
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